141.オレも大概イイ性格だよね
こそこそ打ち合わせを終え、傷の痛みや毒の怠さも抜けたオレは機嫌がよかった。今回はリアムにきちんと事前説明ができたので、変な心配をさせる心配もない。毒殺未遂犯と狙撃依頼犯を締める案は、シンやレイルもあっさり協力を表明した。
ならば元気に外へ! とならないのが、この集団の厄介なところだった。リアムは「甘え足りない」と駄々をこねるし、シフェルは不埒な行動がないよう監視する。クリスティーンは我関せずで、ブラウを膝にのせて撫でていた。
「……私はまだ納得していない」
むすっとした口調で文句を並べるシンへ、レイルが「諦めろ」と効果のない説得を続けていた。この年齢でオレに婚約者ができるのも、それが現在男装状態の皇帝陛下なのも、オレ達が両思いなのも気に入らないのだ。
ヤンデレ兄としては……いずれ嫁に行く妹は諦めたが、弟は一生手元においておけると思っていたらしい。どう考えても無理だろ、それ。オレと同じ意見のレイルが「だから、お前と出会う前から両想いなんだぞ」と強調する。
くすくす笑うリアムは「お兄さんはセイを弟として大切にしてくれるんだな」と微笑ましいエピソードのように語るが、ヤンデレだぞ? 気に入った者を監禁しようとする危険人物だし、それを可能にする権力も持ってるのが怖い。
揉める2人を横目に、オレはリアムにクッキーを運ぶ。口を開いたリアムがもぐもぐと動かす唇は、化粧をしていないはずなのに、ほんのり赤くて……じっと見つめてしまう。そんなオレを後ろからがっちり監視するシフェルがいなければ、キスしたかった。
前世というか、前の世界では女の子とキスしたことないから。柔らかそうな唇を見つめながら、また1枚クッキーを運んだ。隙を窺いながら、少しだけ指を触れさせる。リアムに気づいた様子はなく、さくさくといい音をさせて菓子を咀嚼した。
「キヨ、気づいていますよ」
「す、すんません」
びくりと肩が揺れた。リアムの唇に少しだけ触れた指先をじっと見つめていた仕草で、何があったかバレたらしい。気持ち悪いとか言うなよ。出来心っていうか、ちょっとした好奇心なんだからな。間接キスがしたかったわけじゃないぞ。
内心で盛大に言い訳して、きょとんとした顔のリアムにまたクッキーを差し出した。この行為自体は禁止されていないので、これ以上目を付けられる行動は控えよう。給餌行為が禁止されたら泣ける。
「キヨ、お前の話だぞ。参戦しろ」
「いや、そろそろ外行くよ」
どれだけ説明してもスルーするシンに辟易したレイルに、オレはけろりと切り返した。結界のせいで音や視線が遮られてるから感覚鈍いけど、もう外側は盛り上がってる時間帯だろう。
時折外を覗いて戻ってくるヒジリが細かく教えてくれた。本当に役立つイケメン聖獣だ。美女の胸の重さを背に感じつつ撫でられる、非常に羨ましい青猫とは大違いだった。
「もういっそ、ここで休憩して夜会を終えても……」
「お兄ちゃん! ……何か、言った?」
にっこり笑顔で尋ねたのに、なぜか青ざめた顔で首を横に振られた。首がもげて落ちるんじゃないかと心配になる勢いで振った後、ふらついて椅子に崩れ落ちる。何がそんなに怖いんだろう、変だね――お兄ちゃん?
「ブラウ」
『聞こえなぁ~い』
「ヒジリ、いいよ。食べちゃって!」
ぐわっと黒豹が大きな口を開いた。噛みつく仕草に、ブラウが毛を逆立てて飛び起きる。くつろいでいたクリスティーンの膝から下りて逃げ出した。しかし逃げる先は影の中なので、ヒジリに首を咥えられ戻される。
「ブラウ、気が変わった?」
『変わった! すっごく働きたい!』
ゴメンなさいポーズで両手を合わせる青猫に満足し、オレが頷くと絨毯の上にぽとりと獲物を落としたヒジリが伏せる。両手で床に青猫を抑えつけた黒豹の鼻先を撫でて褒めた。
「えらいぞ、ヒジリ」
「……セイは笑ってる時の方が怖い」
ぼそっと呟いたリアムの言葉は笑顔でスルーした。聞こえないフリが大人の対応だろう? さっさと外へ出て敵を排除する必要がある。
「キヨ、これが敵の情報な」
「ありがとう。きちんと礼はするよ」
オレ用予算とかあったから、そこから捻出してもらおう。床の上で踏みつけられるブラウを回収し、耳元で手順を言い聞かせる。従順に頷くブラウが影に戻っていき、見送ったオレはもらった情報が書かれた書類をテーブル上に並べた。
記された情報に、リアムが眉を顰める。見覚えのある名前ばかりだった。自国の貴族であり、信頼していたまで言えないが、重鎮として長く帝国の要職に就く一族の家名が並ぶ。向かいから逆さに読んだシフェルは、クリスティーンと顔を見合わせて溜め息をついた。彼らの調査結果と近いのだろう。
「資料の出どころ、どこにしたい?」
オレはシフェルに話を向ける。ここに書かれた情報の信ぴょう性を疑う余地はない。レイルが組織の名に懸けて出した情報を疑うなら、頼まなければいいのだ。全面的に信じられる情報として話を進めた。
並んだ家名に程度の差はあれ、皇帝陛下の耳に入り目に留まった以上、いずれ没落の憂き目は間違いない。その情報源を誰にするか。近衛騎士団の手柄にしてもいい。裏組織である情報屋を公表する気がないレイルは除外された。ならば、誰が情報を持ち込んだことにするのが一番利益になるか。
狡猾なオレの質問の意味をくみ取ったシフェルが「あなた、でしょうね」と答えをはじき出した。異世界人は特殊な能力を持っている、そう吹聴して曖昧にしてしまえ。返った答えは想定内だった。
近衛騎士団が情報を得たとするなら、根拠を示す必要がある。有罪確定としても黒かグレーかで、のらりくらりと逃げられる可能性があった。相手が貴族だからこそ、反論の余地を与えてはならないのだ。時間的猶予があれば、反撃される。
「じゃあ、オレの見せ場だな……本気出しますか」
今までより気合を入れて潰しましょう。そう匂わせて、オレは立ち上がった。




