139.わかりやすい敵対行為の裏は?(2)
正座に近い座り方になったため、礼服が急速に血を吸い込んで赤く染まる。緑に金の刺繍を施した豪華な民族衣装は、血の赤を含んで黒っぽく変色した。
「セイ、そなた……ケガしておるのか?」
「……はい」
否定する必要はないので、頷いてからずるずると赤い絨毯を移動する。駆け寄ったシンが肩を貸してくれるが、身長差がありすぎてぶら下がる形になり、最終的に抱っこに落ち着いた。玉座の真下まで運んだシンへ、下ろしてくれるようお願いする。しかし無視された。
「皇帝陛下、我が弟はこの国の庇護も受けている。そうですね」
確認するシンが何を言いたいのか、察して口を噤んだ。妙なヤンデレ発言がなければ、彼に任せた方が良さそうだ。頷くリアムと視線を合わせ、心配ないぞとウィンクして見せる。目を見開いたリアムはすぐに表情を取り繕った。
貴族達がざわめいている。先ほどの処刑命令もだが、オレが中央の国の辺境伯の肩書や王族の分家である名を持ち、北の王族にもなった経緯を思い出したのだろう。そもそも皇帝より地位が高い聖獣達の主であり、ドラゴン殺しの救世主だ。オレをちらちら見ながらの噂話は、分かりやすく広まった。
「王太子殿下、私が説明をお引き受けしましょう」
レイルの敬語に、首筋が冷えた。似合わねえ。キャラと真逆じゃん。ぞわぞわと落ち着かない気持ち悪さを誤魔化しながら、シンの顔を見上げれば意味ありげに微笑まれた。それ、監禁コースの片道切符じゃないよな? にっこりと無邪気な笑顔を返しておく。
シンの隣に並んだレイルが、膝をついて礼を取る。王族ではあるが、直系じゃないから? この辺のルールはもう一度おさらいする必要があった。あの頃は必要な知識だと思わなくて、さらりと読み流した気がする。
今後の必修科目だわ、これ。王族の立ち振る舞い、復習しなくちゃ絶対ボロボロにボロ出る。
「本日の夜会の控室にて、冷茶が用意されておりました。知らずに注いで飲んだ第二王子殿下が嘔吐され……あの場にメッツァラ公爵閣下もいらっしゃいましたね」
「ええ、その後の狙撃現場にも居合わせました」
悲痛そうな表情を作ったイケメンが俯くと、さらりとブロンズ色の髪が顔を隠す。すごく悲痛な感じが良く出ていた。この茶番劇がリアムの為になるから我慢するけど、そうじゃなかったら腹抱えて笑いながら全員の顔を覗いて回ってるからな。
ヒジリが後ろから身体を支えるように鼻を寄せる。獣の仕草だが、これが聖獣の黒豹というだけで深読みする輩が出るものだ。
「聖獣様も心配しておられるわ」
「契約した主の傷だ、さぞ悔しいでしょうね」
ご婦人方の同情を引いたところで、再び演劇の幕が上がる。
レイルが話を大げさに盛ったため、毒で嘔吐した設定がついてしまった。こんなことになるなら事前にリアムと打ち合わせをするべきだったな。心配で顔色が悪い。演技的にはいいんだけど、本心だから困る。フォローはしっかりしよう。
「……あの、オレのことはいいので夜会を」
スタートしませんか。折角用意したあれこれが無駄になりますよ。そう匂わせると、シフェルが心得た様子で一礼した。
「エミリアス辺境伯であり、シュタインフェルト王家の第二王子殿下のお気遣いです。ここは一度引きませんか? 我々はあちらで詳しくお話を聞きたいと思います」
謁見の間と違い、夜会が行われる大広間はダンスホールもあって見通しがいい。この会場内は基本的に平らだが、王の玉座がある突き当りとその両側に中二階に似た段差があった。階段が5段ほどの高さだ。
上にいる人のスカートの中を覗くほどの高さはなく、下の人と視線が合うことはない。絶妙の高低差で仕上げられた場所は、王族や招待された賓客の休憩スペースだった。この場所にいるときは話しかけたり、不躾な視線を向けてはならない。
高位の者を気遣うルールだった。明文化されていないが、慣習として根付いたものだ。以前に習った知識を引っ張り出した。この休憩スペースの名前は思い出せないが、すべての国の夜会で利用されると聞いて「変なとこで繋がってるんだな」と文化の共通性に驚いたのは覚えてる。
立ち上がったリアムがひらりと手を振った仕草で、ダンスホールの脇にいる指揮者がタクトを振り下ろした。贅沢なことに生演奏が始まる。だがこの世界で録音された音源を見たことがないので、生演奏が標準なんだろう。
ダンスの練習で聞いた単調な音楽が流れる。いわゆる「最初はワルツ」ってやつ。この世界だとワルツって名前じゃないけど、自動翻訳だとワルツと聞こえた。
上位貴族がこぞってパートナーとダンスホールに繰り出す。その間に、中二階へ上がる皇帝陛下と大公閣下、北の国の王族3人がぞろぞろ移動した。後ろから尻尾をゆらゆら動かす黒豹が続き、いつの間にやらブラウも外を歩いている。
お前には仕事を頼んだはずだがな? スノーとコウコはどうした! 睨むと、へらりと舌を見せて笑った。犬みたいな表情に毒気を抜かれ、文句を言う気も失せる。
「こちらへ」
唯一の長椅子にオレを下ろしてくれたのは、寝転がれるように気遣ってくれたらしい。だが今のオレの関心事は、身体や痛みがきついことより恋人の気持ちだった。子供なら3人は座れる長椅子の隣をぽんと叩いて、リアムに手を差し伸べる。
「リアム、座って」
「無礼にあたるぞ、キヨ」
注意する兄だが、シンは隣に座りたいだけだろう。視線から感情が駄々洩れだから、笑顔で退けて彼女の指先をそっと掴んだ。困惑した顔のリアムを引き寄せて、左隣に座らせる。諦めたシンが右側の椅子を陣取り、肩を竦めたレイルがその隣に腰を下ろした。最終的に余ったリアムの隣にシフェル、いつの間に着替えたのかドレス姿の金髪美女クリスティーンが落ち着く。
図らずも最高の配置になった場で、丸テーブルの上の薔薇が花びらを一片散らした。




