138.やっと夜会にたどり着いた
「捕まえた?」
『ほら~。僕って優秀な狩人だからさ』
いらっとする口ぶりで、足元の影からずるりと人の手を引っ張り出す……この時点で犯人の死亡が確定した。聖獣以外の生き物は入らない影から出てきた手を、シフェルが引っ張り出す。公爵家当主が、この場で一番の下っ端になっちゃったからな。
ブラウが次々と引っ張り出す犯人とその仲間達は5人。溜め息をついたところに、ノックの音が響いた。全員が一斉に伏せて銃やナイフを抜いたのは、仕方ないと思う。返答がないので開かないドアに苦笑いして、オレはナイフを収納へ放り込んだ。
隣でレイルが再び銃をしまい、シフェルも安全装置を掛け直す。うーん、抜く速さはシフェルが一番かも知れん。さすが皇帝陛下の近衛騎士団長殿だった。シンは手にした針に似た武器を袖に隠す。
「ちょ……、シン……じゃなくて、お兄ちゃん」
「どうした?」
手にしてた針……あれだよな? あの暗殺者が持ってるやつ! 太くて首筋にどすっと刺して仕留める武器だ。暗器って表現でアニメで観たし、時代劇でも使ってた。
「さっきの針見せて」
「何の話だ?」
ちらりとシフェルを視線で示され、「今はダメ」と示された。くそっ、こういう時に面倒くさいな。中央の国と北の国、もう合併しちゃえ。互いに言えない秘密が多すぎて、真ん中にいるオレの立場が微妙なんだよ。シフェルも聞かないフリしろっての。何ガン見してんだ!
「キヨ、お前……バカなんだな」
可哀そうと溜め息を吐いて、レイルがぐしゃぐしゃに髪を乱した。
「うぎゃああ! 何しやがる」
これからリアムに会うんだから! 夜会という名の戦場に出陣する戦士に対して、ひどくね? 手櫛で髪を直すオレ達の様子に、シフェルは諦めてドアを開いた。一言二言会話すると、くるりとこちらを振り向く。
「順番が来ましたが……どうしますか」
毒殺未遂があったし、狙撃事件もあった。このまま夜会に出ない理由は大量に揃っていますが……? そんな疑問形の声に、オレはきっぱり返した。
「10倍にして返す主義だから」
「わかりました。では死体の処理はこちらで」
手招きして衛兵に近衛兵に伝言を頼む。死体の回収をお願いするシフェルの背を見ながら、レイルが顔を寄せた。
「おい、今回の騒動の黒幕を調査させるぞ」
「頼む」
短いやり取りで契約終了。レイルの情報は信用できるからな。金はちゃんと払うぞ。法外に吹っ掛けそうな奴だけど、今は身内価格を適用してもらおう。出世払い契約もあるから、遠慮なくこき使う気だった。
「私はおまえが心配だ。外へ出ないように……」
「いやいやいや、大丈夫。全然平気、ほら聖獣も護ってくれるから」
最強の盾であるヒジリを目の前に突き出し、オレはヤンデレ兄の束縛を回避すべく必死に戦う。最後まで聞いたら閉じ込められそうだ。
「シン、嫌われるぞ。おまえの愛情は重すぎる」
レイルに諭され、オレに拒否られ、しょんぼりとシンが肩を落とした。哀れだが同情したら監禁生活まっしぐらなので、にっこり笑って話を逸らす。
「お兄ちゃんが隣にいると心強いけど、夜会では少し距離を置いてね。オレは罠を仕掛けてる最中だから」
ここはしっかり念押ししておく。ヤンデレ発揮して邪魔されたら、リアムの敵を炙り出す作戦が台無しだった。王族であるシンも、そこは流石に理解したらしい。素直に頷いてくれた。
「キヨの髪を整えさせて欲しい」
シフェルに順番を変更するよう、シンが希望を口にした。了承したシフェルが部屋を出る。王族の身支度だからか? 今更の仲だが、公的な立場もあるから肩を竦めて見送った。
勧められた椅子に座るオレの後ろに回り込み、シンは器用に髪を弄り始めた。自分が長いから慣れているのだろう。無言で髪を梳かして結う手が、途中で止まった。
「キヨ、危険なのではないか? 今回は見送って」
「やだ。リアムの敵はオレの敵だ。それに……毒殺されかけた後に狙撃までするほど、奴らは焦ってる。チャンスだぞ」
にやっと笑うが、後ろのシンには見えなかった。だが茶化した口調と真剣な声色に肩を竦めて、緩く上げた髪を絡めた。そこでレイルが簪を差し出す。
「キヨはおまえに守られる奴じゃない。扱い方を間違えるなよ」
警告めいた言葉を残し、レイルは鏡の前で身嗜みチェックを始めた。赤い短髪に、何かを絡めて固定する。宝石が揺れる鎖のようだった。
簪に絡めて、同じような鎖を付けられる。首をかしげると、しゃらんと耳に心地よい音がした。
「これは王族の身分を示す飾りだから、必要になったら外しなさい」
立場を尊重する発言に、くるっと向きを変えて頷いた。にっこり笑うと、嬉しそうに頬を撫でられる。
こういう関係の兄弟を希望します。眼差しで伝えながら、鼻をすり寄せるヒジリの顎を擽った。
「ブラウ、コウコとスノーを頼む」
『ふん……任された』
にやっと笑って影に潜って行く。見送って立ち上がったオレに、ヒジリが上に乗れと促した。
「でもヒジリがいると、奴ら手出しして来ないんじゃない?」
『主殿は毒で殺されかけた、そうであろう?』
毒で殺されかけた話も上手に利用して、夜会の武器にすればいい。分かりやすい手法だが、これもひとつの戦い方だった。ヒジリの悪い笑みを、喉を擽って崩す。聖獣である彼らは死なないと聞いた。ならば主人と決めた人が死ぬのは恐いだろう。彼らが得た恐怖も、しっかり返してやるのがオレの役目だ。
「なるほど、そういう設定ね」
理解したと頷いて、しゃらりと鳴る飾りの先を指で摘む。肩に届くほど長い装飾の鎖は、先端に青紫の石が飾られていた。
「これ、宝石?」
「おまえのピアスと同じだ」
魔力を封じたり制御したりする宝石類らしい。この世界で大量のアクセサリー付けてるやつは、ほとんどが魔力豊富な属性だった。赤瞳の竜という最高位の魔力量をもつらしいオレは、ピアスだけで10個以上あるし、ネックレスと簪、公式の場では大量の髪飾りや指輪までつけられる始末だ。
暴走の危険を考えてるのがひとつ、オレが要注意人物だと周囲に知らしめるのがひとつ。皇帝の庇護対象であると示すことも含まれるだろう。何しろ、着けたアクセサリーのほとんどがリアムのプレゼントだった。
レイルが収納から取り出した指輪を、右手の中指に差し込んだ。サイズは自動調整されて、ぴたりと指に収まる。赤い宝石はカボションカットになっていた。いわゆる半月形の丸いやつ、埋め込まれて爪がない。つるんとした石が金の地金から浮き出したようなデザインだった。
「なにこれ、レイルから指輪貰うような関係じゃないんだけど」
「面白いから着けておけ。気づく奴が居たら凄いぞ」
何やら曰く付きらしい。嫌そうな顔をしたシンが、整えた髪を一房崩して流した。白金の髪が右側に垂れて、視界に入る。
「これでいい」
完成だと言われ、ヒジリの上に跨った。最終点検をしてくれたレイルが満足そうに頷く。ちょうどこの場で、近衛兵が呼びに来た。公爵家のシフェルは先に入場したはずだ。中で彼のフォローは期待できない。ならばもうひとつ隠し玉を用意しておこう。
「レイル、頼みがある……シンは怒らないで我慢して欲しい」
お兄ちゃんの呼び名を封印したオレの険しい表情に、シンは少しだけ悲しそうな顔をした。肩に手を置いて見つめたあと、諦めたように頷く。レイルは事情を理解しているらしく、隠し持つ銃を再び握っていた。
「そこまで必要かね~」
行儀悪く煙草を咥えるレイルが、嫌そうに顔をしかめる。薄情そうな物言いや行動が多いけど、身内に甘いのがレイルだ。懐に一度入り込めば、簡単に切り捨てられない。だから嫌がるのは想定済みだった。
「うん、頼む」
迷った末、歩かないからと足元をめくった。漢服の礼装によく似た民族衣装は、一口で言えば着物に近い構造だ。礼装だから上は着物、胸のすぐ下からスカートみたいに布を巻いてベルトに似た帯で留める。前垂れの布をまくって足を差し出せば、レイルは「麻酔代わりだ」と甘い香りの煙草を寄こした。
受け取って吸い込むと、煙たさより酩酊感に似たふわりとする眩暈に襲われた。人生初めての煙草だが咽ることなく、思い切り吸い込んでいた。麻薬って……こんな感じなのかな。ぼんやりと考えながら足元に目をやると、太腿にクッションが当てられトリガーに指がかかる。
「本当にいいんだな?」
「必要だもん」
にやっと笑えば、肩を竦めたレイルがトリガーを引いた。音はくぐもって響かず、代わりに痛みが……思ったよりない。ちょっと太い針が刺さった程度で、逆に怖くなった。
「やばい、痛みがないのって……神経やった?」
「おれの腕前に対する侮辱だぞ」
くつくつ笑いながら、レイルが短くなった煙草を取り上げた。
「あと吸い過ぎ。効きすぎて目が潤んでやがる」
揶揄う口調で頬に手を這わせ、覗き込んだレイルが「バッドトリップじゃねえよな?」と心配そうに呟いた。何でもいいや。痛みが薄れたのは幸いだった。
「ヒジリの治癒能力はまだあまり知られてないから、これで誤魔化せると思う」
「キヨ、自分の身をもっと大切にしなさい。それと……血の臭いなら少し皮ふを切るだけでよかったんじゃないか?」
「……今頃遅いよ、お兄ちゃん」
その提案を先にして欲しかった。狙撃された設定だから撃たれないと! って思ったけど、確かに人前でこの衣装を捲って、王族が肌見せるのおかしいじゃん。ちょっと血が滲む程度でよかった気がして、失敗したと肩を落とす。
「シンの言う通りだ。おれもうっかりしてた」
げらげら笑いだしたレイルも、麻薬めいた煙草のせいでおかしいようだ。いつも吸ってるから慣れてるんだろうけど、まだぐらぐらする。足元が柔らかく地に足が付いてない感じを味わいながら、ヒジリの上によじ登ろうとした。
ケガした時に、普段使わないと思ってた筋肉を使って痛い思いすることある。逆に力が入らなくて苦労したことも……あれと同じ現象が起きた。簡単に登れると考えたのに、足を持ち上げられず転がりそうになる。
しゃらんと鳴った飾りの音で気づいたシンが受け止め、優しく抱き上げて黒豹の上に乗せてくれた。ぺたりと首に抱き着くと、艶のある黒い毛皮が冷たくて気持ちいい。
『主殿、その煙草は今後止めた方がよいぞ』
「うん。もう吸わない」
ふにゃふにゃ笑いながら、適当に約束した。迎えに来た騎士に先導され、大広間へ続く扉の前に立つ。もう待っている貴族はいないらしく、扉を守る衛兵以外は誰もいなかった。ゆっくりと扉が開き、正面奥の玉座までまっすぐに赤い絨毯の道が開かれる。
――さあ出陣だ。




