11.拘束状態での拝謁(1)
連れてこられた皇帝の宮殿は、思ったより……地味だった。
石造りのビル、いや高さはさほどなく……どこかで見たような建物だが。そこで日本の国会議事堂に似ていると気付いて「ああ」と手を叩いた。
そうか、国会議事堂が一番近い。重いグレーの佇まいや無駄に装飾が多い壁面、やたらに大仰な警備の人と玄関の赤い絨毯まで似ていた。
修学旅行以来だな……なんて懐かしく感じる。だが中に入ると豪華さがぜんぜん違った。
口をぽかんと開けてシャンデリアを見つめながら、シフェルに引き摺られて通り過ぎる。廊下の壷や絵画も、おそらく高価な物だろう。
残念ながら価値を推し量る能力はないが。
軽い気持ちで触れて壊したら弁償できない。すでに建物をひとつ溶かしている前科があるので、大人しく手を引っ込めてシフェルの後に続いた。
最初に湯浴みをさせられ、丁寧にシャンプーや石鹸で身体を洗う。目上の人に会うのだし、清潔にするのは異議なし。ついでに日本人だから風呂も好きだ。
こないだからケガばかりだ。あちこち傷だらけの手足にお湯が沁みて痛い。だが、一部のケガはすでに完治していた。
人攫いに踏まれた右手の骨折は完治したが、一番最初にジャックの塹壕にスライディングした膝の擦り傷や、人攫いに蹴られた打ち身は残っている。残った傷と治ったケガの違いがわからないが、早く治るのは歓迎なので、首を傾げる程度の違和感で片付けた。
どうせ悩んだって、異世界の事情なんてわからないのだ。諦めて放り出したとも言えるが、人に迷惑をかけていないのでOKだろう。
戦場で埃だらけになった頭も丁寧に洗ってもらえた。ちなみに、侍女がおばさんだったのはご愛嬌だ。クリスみたいな美人を期待してたわけじゃないが、新人より洗うのが上手だった筈……と己を慰める。
本音を言うなら、髪を拭く際のお姉さんの豊満な胸の感触を感じたかった。頭の上、いや顔でもいい。いっそ窒息しても構わないから、お姉さんの胸に……。
そんな妄想をしている間に、手際よく洋服を着せられた。
シャツの上から制服に似た紺色のブレザーを合わせた姿で、くるりと鏡の前で回ってみせる。サイズはぴったりで、驚いて尋ねると生地に秘密があるらしい。魔法である程度のサイズは自動調整が出来ると聞いて、その便利さに目を見開いた。
機嫌がよかったのはここまで。
その後は最悪だった。
じゃら……鎖の音が冷たく響く。状況がよく理解できていないが、とりあえず大量の装飾品を身体中に取り付けられた。そう、ほとんど拘束具と変わらない。
宝石や金銀を使った拘束具――そう判断した理由は、つけるたびに封じられていく魔力が原因だった。確実にオレが暴走出来ないよう手を打ったらしい。
膨大な魔力があるから、それを装飾品で封じて使えなくしたら『火薬を抜いた銃弾』空砲状態になると考えたのだろう。つまり、危険物扱い。
シフェルあたりの諫言か。
ネックレスとかいう首輪を付けられ、手首にも変な記号が刻まれたリボンを巻かれた。指輪が両手にひとつずつ、白金の髪は撫で付けてから余った部分を後ろで括られる。髪飾りと称して簪のような物が差し込まれた。
重い……。
付けられた飾りも重いが、何より身体が重い。ひどく怠いのは、魔力を無理やり抑え込まれる影響だ。最後に当然とばかりピアスを刺そうとして……侍女の手が止まった。
「あら、ピアス穴は開けていないのですね」
言われて気付く。前の世界でも開けていなかったから、ピアスはつけられない。不思議そうな侍女の態度から思い出してみれば、ジャックやレイルを含め、シフェル、クリスも全員がピアスをしていた。たぶん……。
目の前の侍女さんもしっかりピアス装着済み。彼女の態度を見るに、どうやらこの世界では男女関わらず普通にピアスはつけるらしい。
「ピアスするのか?」
これ以上の拘束具が必要か? そう告げたつもりだが、侍女は別の意味に取ったようだ。謁見用のマントを確認していたシフェルへ声をかけた。
「シフェル様、いかがいたしましょう?」
「ああ、私が」
私が……? どうするのか。
シフェルに様をつける違和感に口元を緩めていると、歩み寄ったシフェルがひょいっとオレを抱き上げた。じたばた暴れても足が付かない。
く……屈辱だ!
「離せっ!!」
「暴れないでください。落としますよ」
ジャックより15cmほど身長が高いシフェルが意地悪い笑みを浮かべる。落ちるじゃなくて、落とすって言ったか、こいつ。笑顔の裏で、本当に性格悪い。
「落とせっ!!」
「嫌です」
きっぱり笑顔で切り捨てられ、子供の手足では敵わないまま椅子に座らされる。足が付かない高さなので、ぶらぶら足を揺らして顔を顰めた。
異世界転移って、生まれ変わりじゃないよな。どうして手足が短いお子様になってしまったんだろう。顔は変えてくれと頼んだ。確かに整った顔になっていたが、子供にしてくれと注文した覚えはない。
小さくなった己の手をじっと見つめる。銃のトリガーもぎりぎりだし、こんな世界に子供の姿で落とすのは『やり直す時間を得るための温情』か、『何かの手違い』で縮んだのか。
「動かないでくださいね」
後ろから耳を掴まれて一瞬で焼ける痛みが走る。
「痛っ」
「傷口は焼いておきますから」
焼いておく……肉じゃないんだから。いや、肉だけど。肉だけど……違う。
親切そうに言われても痛いものは痛い。右耳に走った痛みに顔を顰めている間に、左側も同じように焼かれてしまった。
顔を顰めるオレの前に、手鏡が出される。その所作に見覚えがあって、凝視してしまった。手の指は消えないのに、間から物が出てくるこの感じ――収納魔法みたいなやつ!
「どうぞ」
差し出された鏡を受け取りながら、「そういやノアに聞こうと思って忘れてた」と呟く。いろいろありすぎて、頭の許容量を超えた部分がはみ出してたらしい。最初に見た魔法らしい魔法に、異世界に来た実感が湧いて、ちょっとだけ頬を緩めた。