131.条件付き承諾でしたが
剣呑な話が出てくると身構えたお茶会だけど、何事もなく穏やかに終わった。日差しが傾いた角度で時間を計ったシフェルの一言で、あたふたと立ち上がったのはシンだ。
「レイル、お前……黄色の帯ないか?」
「あん? あると思うが」
「キヨを着飾らせるから、手を貸してくれ」
無邪気なシンの提案に、にやりとレイルが笑った。ごめん、その悪そうな笑みに背筋に寒気が走ったぞ。リアムが喜んでるからいいけど。
「国から急ぎ取り寄せた服のサイズを直そう」
シンの頭の中には完成図があるらしく、オレを見ながらにこにこと機嫌がいい。
「シフェル、針子の手配できるか」
シフェルに尋ねるレイルは本来の身分を明かしたからか。敬語はどこかにすっ飛ばしたらしい。被った数匹の重たい猫を脱ぎ捨てたともいう。ちなみにオレの巨大青猫は、まだ猫パンチによる薔薇との攻防を楽しんでいた。
『主殿、黒がいい』
『え? 主人は赤よ』
『私は白に銀刺繍をお勧めします』
全員が自分の色を押してくる聖獣様の圧の凄さよ。困惑顔のシンが「金緑はだめか?」とこぼす。どうやら予定色は緑に金刺繍の派手な衣装のようだが……。
「緑がいい!」
普段選ばないチョイスの色なので、ぽんとリアムが手を叩く。その一言で決まりだった。オレの言動の中心は、隣の黒髪美人だ。いずれ彼女の髪色の黒は着るが、今日は義兄に任せよう。
「じゃあ、金緑で」
嬉しそうなシンは、護衛の兵に案内されて出ていく。レイルも一度アジトに戻ると姿を消した。先ほど頼まれた黄色い帯を探しに行くのだろうか。悪ぶってるけど、レイルっていい奴だよな。身内に甘いから、きっとシンの願いを叶えてやるつもりなんだ。
シフェルが針子を手配したところで、オレの着替えは少し余裕がある。何しろ衣装の寸合わせが終わるまで、着替えは出来ないのだ。シンより20cm低い身長差が憎い。大丈夫、いずれ足も長くなるさ!
「どう? 合格?」
北の王族をオレの後見人にするから、褒美として王太子をください。そう頼んだのはオレだった。事前にリアムに話を聞き、図書室で本を開いて調べた上でのお強請りだ。渋ったウルスラとシフェルも、オレの作戦を聞いて条件付きで許してくれた。
シンやレイルには教えていないが、この条件が意外と厳しかった。先に戦争を仕掛けたのは北の国だが、それは北の国の一部の貴族の暴走が原因だ。コウコと出会った戦場で、貴族は聖獣を狂わせてオレ達に嗾けた。レイルが奴らを皆殺しにしてくれと頼んだ理由が、この貴族だった。
一緒に西の国のユハから同じ依頼があったのは驚いたけど、ユハやルリの親を殺したのもこの貴族率いる盗賊団だったらしい。隣国に侵入して住民を殺し、奴隷として連れ去り、秋の実りを強奪していたのだ。その犠牲者で遺族なのだから、彼らが貴族を殺してくれと望むのは理解できた。
この世界に来てから正義と悪の基準がなくても、他者の死に関する恐怖心は薄れた。自分の手で殺してもさして罪悪感を感じない。もちろん親しい人なら別だけど、名前も知らない人が目の前で殺されても何も思わないだろう。まあ、こんな戦争続きの国で麻痺しない方がおかしいかもね。
そんなわけで、仲間であるレイルやユハの依頼をオレは受けた。北の国に最初に攻め込んだ日の戦は相手を全滅するよう命じたけど、誰も嫌がらなかったな。この世界の傭兵にとって、別に珍しい命令じゃなかったらしい。
後で差別されてると実感した時に気づいたんだ。彼らは汚れ仕事ばかり押し付けられてきた。人が嫌がる仕事を引き受けるから存在を許され、しかし汚れ仕事をするから嫌われる。最悪の扱いだと思う。だから感情移入しちゃうんだよ。
レイルは孤児で傭兵上がりの情報屋だって言ってた。あとで事情を教えてくれる約束だけど、オレに依頼したときの雰囲気から、嘘はついてないと思う。甘い考えかも知れないけど、仲間がオレを信じた依頼なら疑わずに受けたいし、嘘か本当かなんて言葉の裏を探りたくなかった。
……話が逸れた。
「そうですね……レイルさんの正体に関しては意外でしたが、まあ……合格です」
苦笑いしたシフェルが頷く。あの強欲貴族が仕掛けた戦であっても、北の国の王族が西の国と結託して中央を攻める計画をしてたのは事実だ。王族は貴族の暴走に巻き込まれて戦場に引きずり出されたが、そもそも王族は特別な存在のはずだった。なのに、中央も北も貴族に振りまわされている。
オレがこの世界に落とされた原因って――これじゃない?
もっとも大きく権力ある中央の国でさえ、皇帝の権力が蔑ろにされていた。戦が続くのも、一部の貴族の暴走によるものだとしたら……この世界の人類は滅亡へ向かっている。オレが居た世界でも某国に利己的な大統領が生まれたせいで、第三次世界大戦まで秒読みだと言われてたし。
恩を返せって呼び寄せた理由がこれなら、確かに外部から強力な能力で一度体制をぶち壊すのが早い。内服薬で治療する段階を過ぎ、外科手術が必要だったんだ。
「なら、北の王族はオレの家族としてもらうよ」
「お任せします」
シフェルの見極めが済んだ以上、今後の北の王族の動向はオレの責任になる。王が暴走したら義兄と連携して止める必要があるし、義兄シンが攻撃して来たら戦うのはオレの役目。面倒が増えるけど、メリットも大きかった。
リアムと結婚するにあたり必要な『地位と肩書』が手に入る。敗戦国である北の王族に関する権利がオレに譲渡された今、気に入らない王族を処分するのもオレの自由だった。言うこと聞かなければ、斬りおとせばいい。脳の命令に従わない手足なんて、不要だから。
かつてのオレなら厭う残酷な考えが、当たり前のように自分を支配する。これが異世界に来た変化のひとつなら、歓迎すべきだった。
だって――今のオレが大切なのはリアムだけ。彼女を幸せにするために、他を切り捨てるのは当然だろ。
「セイ……本当に、いいのか?」
不安そうなリアムの呟きに、オレは満面の笑みで頷いた。眉尻を下げて困惑の表情で見上げてくる美人さんの頬にキスをする。次に唇を狙った邪な気配を察知されたらしく、シフェルに勢いよくひっぺがされた。首根っこを掴まれた猫みたいで、カッコつかないな。
「オレが望んだ結果だぞ。リアムをお嫁さんにするんだから、多少カッコつけさせて欲しいな」
「だが……お前の自由が」
なくなると語尾を濁した恋人に手を伸ばし、彼女の白い手を掴んだ。指を絡めて繋ぐと、諦めたシフェルがおろしてくれる。膝をついて俯いたリアムを下から見上げた。
「自由より、リアムが欲しいからいいよ。それに不自由な状況って、リアムが置かれてる今の環境じゃないか。一緒に自由になろう」
繋いだ手をしっかり握り返され、嬉しくなる。まだ躊躇いが残るリアムだけど、オレは彼女以外の選択肢なんてなかった。
「……迎えに来たのだが……」
おずおずと声をかけるシンは、マズイ場面を見たとばかりに赤い顔を横に逸らしている。リアムが本当は女性だと知らない彼が、どこから聞いていたのか。この様子だと最後の部分だけだろう。いわゆる、義理の弟となったオレが他国の皇帝陛下(男と思っている)に言い寄ってる状況……カオスすぎる。
「キヨは着替えに行ってください。陛下も準備をいたしましょう」
にっこりと人好きする笑顔で切り捨てたシフェルが、遠慮なくオレとリアムを引き裂いた。名残惜し気に見送ったオレに向けられた義兄の眼差しは、多分に同情を含んでいる。
「あ~、その……まあ、整ったお顔の方だが……同性はちょっと、兄としては……」
「それ以上言わないで」
間違ってるんだけど、訂正できないのが辛い。慰めようと言葉を選ぶシンの気持ちがぐさぐさと、軟いオレのメンタルに突き刺さった。ダメージにふら付きながら、着替えの為に手を繋いで歩き出す。後で気づいたんだが、12歳の外見で兄と手を繋ぐって……どれだけ子ども扱いされてたんだ?




