130.赤毛の情報屋が、嘘だろ?
前回この庭に来た時は、侍女達によってテーブルセットが用意されていた。ウルスラを紹介された時か。
かなり前にこの庭で見かけた、大きなトカゲっぽいドラゴンが寝そべっていた。一応分類は竜なのに、どこから見てもイグアナ系の外見だ。スノーはファンタジー映画のドラゴン形態なので、種類が違う感じがした。一緒くたにしたらスノーが怒るかも知れない。
この庭でリアムと勉強を始めた頃にソファ代わりにしたドラゴンは、出て行くつもりがない様子だ。するとレイルがぽんと腹の辺りを叩いた。寝そべっていたドラゴンがくるりと尻尾を巻く。その真ん中に絨毯を敷いて、ペタンと座り込んだ。
数本の絨毯が用意されているので、これを使えということか。素直に絨毯を受け取ると、後ろからヒジリに奪われた。自分の分は自分でもらって来いと文句を言いかけたオレの前で、大型化したヒジリがくてんと丸くなる。腹部分に絨毯を引き寄せて待っていた。
「え、いいの? ヒジリ」
『主殿と嫁までだ』
対象者はソファになる聖獣側の指名らしい。
「ありがとう、聖獣殿」
「さすがイケメン聖獣ヒジリだ」
黒い毛皮を撫でれば、黒い尻尾がひらひら揺れた。近づいたブラウも大きくなり、ごろんと目の前に寝転がる。腹を見せてくねくね誘うが、オレはにやりと笑って手を振った。
「悪いが、ヒジリで間に合ってる。足置きになるなら、良きにはからえ」
一度言ってみたかった。「良きにはからえ」は王族や江戸の将軍様のイメージだ。ヒジリを始めとしたこの世界では上手に翻訳されず首を傾げられるものの、ブラウは「どこの江戸時代」と笑い転げた。通じて良かった。散々笑った後、ブラウがきりっと指摘した。
『でも使い方間違ってるっぽくない?』
「JKみたいな言葉遣い、やめろ」
ここで一旦話を打ち切り、コウコとスノーを絨毯の端に乗せた。それからリアムの手を取り、まずは左側に座らせる。当然隣にオレが腰を下ろした。
向かいでは同じように絨毯を敷いて、シンとシフェルが座る。侍女が心得たように入ってきた。中央に丸いテーブル板のようなものを置いて、お茶のセットを用意する。この国に帰って宴会した翌日に作った異世界クッキーを取り出したオレは、菓子が盛られた皿の横に並べた。お皿ごと収納しておいて良かったよ。
「久しぶりだ」
「ああ、連絡するつもりはなかったからな」
シンがレイルに挨拶すると、タメ口でレイルが肩を竦める。孤児で傭兵、情報屋の元締め――ナイフ戦を得意とするし、毒の扱いにも長けた年上の友人。そんな認識だったレイルが、王族とタメ口で話す姿は、どこか不思議だった。
北の王太子であるシンの民族衣装である漢服みたいな格好とよく似た、ゆったりした服を纏うレイルにぽんと手を叩く。なるほど! 気やすい彼らの様子から、風貌が似ていると感じた理由を察した。もしかして親戚、とか?
「親戚?」
お行儀悪いが、義兄と友人を交互に指でさす。隣で「こら」とリアムが指先を掴んで下ろさせた。同じ地位にあるとはいえ、王太子は王族の中でもトップクラスの階級だ。失礼に当たるのだが……当人たちは大して気にしていなかった。その証拠にシンは苦笑いし、怒った様子なく肩を竦める。
「従兄弟だ」
いとこ……つまり、レイルの親は北の王族だった? あれ? 孤児で傭兵になって、途中で情報屋に――いや、そこじゃない。シンとレイルが従兄弟なら、オレも従兄弟じゃん? 義理だけど。
「え? ええええええ!?」
リアムの下した指でもう一度彼らを指差した。
「くくっ、お前のそういうとこ、嫌いじゃないぞ」
「好きなくせに」
憎まれ口よろしく反射的に言い返してしまった。レイルの口調はいつも通りで、王族だった過去なんて感じさせない。その気安さが、ついオレの口を軽くした。
「そうだな。お前のことは気に入ってる」
締め括るように肯定されると、今度は何も言えなくなった。口を噤んだオレに、シンは「後で教えてやる」と約束する。頷いた時点で、レイルの過去については後回しとなった。
「今回の騒動で、宮廷内の膿をかなり出すことができました。お礼を言います、キヨヒト殿」
「え、普通に呼べよ。今さらになって肩書変わったら「殿」とか付けられても、違和感しかない」
「……あなたらしいですね、キヨ」
突然口調や敬称をつけられても、気味が悪い。呼び捨てだったケンカ友達に「キヨヒト君」とか呼ばれたら、顔面グーパンだから。シフェルは納得したのか、いつもの呼び方に直してくれた。公的な場では仕方ないが、今後も同じように呼んで欲しい。
「膿をかなり……ってことは、まだ残ってる?」
「ええ、今回動かなかった勢力があります」
厄介だな。様子見をしたのか、何か察知して身を伏せたのか。前者なら何か手を打てば引っかけられるが、後者のタイプだと排除に時間がかかりそうだ。
「その勢力って、どのくらいの規模?」
「人数は少ないのですが、面倒くさい事情がありまして……」
ちらりとシン達を見て濁された。どうやら他国の人間がいる場所では言えない話のようだ。この辺はいわゆる大人の事情なので、オレもさらりと流した。
「ふーん。もう一回断罪シーンをやらないとダメか」
「しばらく命を狙われると思いますので、シン殿もキヨも気を付けてくださいね」
「ああ、わかった」
すぐに了承するあたり、王太子の肩書は伊達じゃなかった。いつも狙われてるのかよ。普通は命狙われてますと宣言されて、すぐに「わかった」とか言えない。
ヒジリが尻尾を振って、近づいた薔薇の蔓を追い払った。横でパチンと猫パンチを繰り出す青猫は、飛んでくる蔓と遊んでいる。楽しそうだな、おい。
お茶のポットに手を伸ばしたシフェルがお湯を注いでカップに分けていくのをぼんやり見つめ、一番最初に口をつけた。この場にいるのは毒見が必要な連中ばっかりだ。そう考えたオレが一口飲み干したのを見て、レイルが頭を抱える。
「お前さ、この場で毒見役はおれかシフェルだから」
「え? オレじゃなくて?」
異世界人で毒が効きにくくて、聖獣と契約してるから解毒してもらえるオレじゃないの!? 思わず叫んだ途端、リアムが笑い出した。
「そういえば、余の毒見役と護衛を兼ねていたな」
そんな設定すっかり忘れてた。シフェルが苦笑いしながら尋ねる。
「問題なさそうですね」
「うん、痺れないし苦しくない」
「毒ではありません。シン殿との関係です」
毒見した直後に聞かれたら、毒の有無だと思うよな? そう思いながら首をかしげると、シンは笑いながら「まだ兄と呼んでもらえない」と愚痴った。
「え? シンは兄さんと呼んで欲しい人?」
今まで王太子殿下と呼称してきた相手に、いきなりお兄さんと呼びかけたら失礼かと気を使った結果なんだけど。シン呼びはアウトか。
つんつんと隣から袖を引くリアムを振り返れば、きらきらと青い目を輝かせていた。この場でもっとも権威のある最高権力者様は、無邪気にのたまう。
「セイが、シン殿と同じ民族衣装を着たところが見たい」
「いいよ」
どんな無理難題を吹っ掛けられるのかと心配したけど、思ったより無邪気で簡単なお願いだった。あっさり頷くと、シンも立ち上がりかけて膝をついた状態で「いいのか?」と念押ししてくる。
『我も見たい!』
『あたくしも』
『暗い赤とか似合いそうです』
ヒジリ、コウコ、スノーも賛同した。いいけどね、着替えるくらい……七五三姿になっても笑うなよ? 多分似合わないから……そういえば、1匹静かだな。この騒動に我関せずの青猫を探せば、ブラウは薔薇と猫パンチ合戦を繰り広げていた。




