125.敵は熱いうちに打て!(2)
作戦変更だ。おっさんに喋らせて尻尾を掴むため、オレは被った猫を1匹捨てることにした。
「そういうお前は名乗らないのか?」
言葉遣いが少し悪くなるが、後ろのお嬢さんから「ギャップ萌え」という言葉をいただいたので、笑顔を振りまいた。そう、いろいろ素行が悪いので忘れられかけた設定だが、カミサマ曰く「こっちの基準で美形」に仕上げてもらったオレの外見は女性受けする。しかも今なら可愛いと撫で繰り回せる外見年齢なのだ。
お嬢様や奥様方がすすっと距離を縮めた。ボンネットだっけ? ぶわっと広がった大きなスカートの中でちょこちょこ動かした足で近づく。ちらりと視線を向けると、先頭のお嬢さんが意味ありげに笑った。お顔も大変整っておられますが、どこかで見たような髪色ですね。
この世界でいろんな髪色を見てきたが、赤銅色の髪は珍しい。真っ赤なのはいるけど……明らかにブロンズ系だよね? その髪色の騎士様は、ご令嬢の親族かも……裏工作が得意そうな公爵閣下兼騎士団長の顔を思い浮かべ、オレは目の前のおっさん集団に向き直った。
シフェルに比べると小物感がすごいな。
「お前ごときに名乗る家名ではない」
言い切った狐男に、オレは驚いた顔を作った。それから気の毒そうに眉尻を下げる。この辺の顔芸は鏡の前で滅茶苦茶練習した。おかげで、傭兵連中に熱が出てないか確認されること十数回の新記録達成だ。
「それはそれは……申し訳ない。名乗れるほどの家名がない方が出席できる場と思わず、失礼しました。もう名乗らずとも結構ですよ」
功績も何もなく恥ずかしくて家名が名乗れないと言い切り、オレは穏やかに微笑んで見せた。最後の辺りは気遣うフリして退場宣告しておく。真っ赤になった顔でぱくぱくと声にならない文句を吐き出そうとする狐男へ、首を横に振って否定する。
「いいんですよ。オレの配慮が足りなくて恥をかかせてしまったので、お詫びにこちらを」
大量につけられた宝飾品から腕輪をひとつ外して、そっと手の上に乗せてやる。握り込む形で腕輪を持たせて、顔を見上げた。
「さっさと消えろ」
邪魔者排除のために、ちょっとだけ殺気を見せる。これは傭兵達と命がけで戦場を駆けたオレの脅しだった。あまり聞き分けないと処分しなきゃならない。護身も兼ねて手筈は整えているが、こんな序盤から手の内を見せる気はなかった。
安全な宮廷生活しか知らない狐男はびくりと肩を震わせ、唇まで青ざめて後ろに下がった。そのまま数歩後ろへよろけた後にぺたんと腰が抜けて座り込む。
「貴様、何をした!」
「こんなもので誤魔化されるか!!」
殺気を向けられていない取り巻きは元気だ。しかしオレの後ろのお嬢様や奥様方も、彼ら以上にお元気だった。
「あら、こんな子供相手に大人気ないわ」
「そうよ、可哀そうじゃない」
大人が寄ってたかってみっともない。そんなニュアンスの女性達がすすっと前に進み出る。あっという間に彼女達のスカートの合間に挟まれた。不思議な安心感……家の中は女性が強いものだが、この世界は社交界でも女性が強いらしい。
まあ、子供を産んで育てるのは女性だし……全員お母さんから生まれるんだから、女性がのびのびと過ごせる世界はいいよね。前世界も含めてずっと男だけど、うちは女性が強い家系だから違和感ない。逆にこうして女性が前に出てくれると安心しちゃうヘタレなもんで。
「失礼なガキは躾が必要なのですよ、レディ」
狐男の後ろに控えていた青年が口を挟む。この状況でお嬢様方に逆らうなんて、命知らずだな~と感心しながら、物知らずな子供のフリで俯いた。
「そもそも、ぽっとでのガキが貴族のフリをしてるのもおかしい」
「その派手な服装も、目立とうとする浅ましさの表れだ」
暴言が次々と投げつけられる。侯爵家のおっさんの後ろにいた取り巻きは、おそらく辺境伯のオレより地位が低いのだろう。だが、おっさんの威を借るなんとやら……元気いっぱいに罵ってくれた。思惑通り過ぎて口元が緩み、隠すために近くの奥様のスカートの陰に顔を埋めた。
斜め後ろの奥様が抱き締めてくれる。社交界で奥様方は髪をすべて結い上げるし、未婚女性は前髪を垂らすのが服装規定だ。きっちり結い上げた奥様のふくよかな胸と柔らかな腕に包まれ、ぽつりと呟いた。
「お詫びの品は気に入りませんか? 困ったな」
「こんなものっ!」
腰を抜かした狐男から取り上げた腕輪を投げ寄こした。これは偶然だが、背の低いオレじゃなくて隣のお嬢様の腕に当たって落ちる。悲鳴を上げたお嬢様に、青ざめたのは向こう側だった。
「まあ! なんて不作法な!」
「っ、大丈夫でしたか? レディ」
憤る役は先頭のブロンズ髪のお嬢様に譲り、被害者に心配の言葉を向ける。落ちた腕輪を拾い、ぼそりと一つ目の罠を作動させた。
「こんなもの、ね……陛下にもらったんだけど」
そう、今日のオレの服はもちろん装飾品はすべて『皇帝陛下からの賜り品』だ。先ほど勢いよく罵ってくれた内容は、用意してくれた皇帝陛下への暴言に当たる。
「陛下からの……それは大変ですわ」
ブロンズの髪のお姉さんが大げさに騒ぎ立てる。その騒動に、周囲の貴族の視線がこの場に集中した。もう少しやっつけたら、シフェルを呼ぶために……あれ? 近くに置いたって言う赤ワインが見つからないんだけど?
先に手元に用意しておこうと思ったのに、見回す周囲にあるのは白ワインばかり。多少泡が出てたりするけど、全部白系……これはどうしたものか。赤が目立つように白を置いたテーブルの近くを指定されたのに、肝心の赤ワインが届いてない様子。
少し時間を引き延ばすしかない。
「ええ、皇帝陛下がご自分の腕から外してくださった腕輪ですが……そうですか。オレが手にしたせいで『こんなもの』と言われるなんて、陛下になんとお詫び申し上げたらいいか」
悲しそうな顔を作る。これはハリウッド映画の主役張りに練習した。あのシフェルでさえ「見事な顔芸」と褒めた(?)くらいの実力だ。こんなガキでも演技派ですから。緩みそうになる口元を引き締めると、ぴくぴくと動いてしまう。
「お可哀想に……」
「なんてひどい方々なのでしょう」
ひそひそと周囲で観戦してらした貴族が参戦しはじめる。祝賀会はほぼすべての貴族に『招集』がかかる。これは招待ではない。強制的な意味合いを持つ命令なのだ。普段は顔を見せない地方の貴族も多く集まるため、日和見して動かない貴族も多いのが特徴だった。
だが日和見という傾向は、こちらの立場が有利だと思わせれば一気に味方が増やせる。事実、お嬢様や奥様方が騒いでいた時は見ているだけだった貴族が、こちらの後ろや横を固め始めた。
皇帝陛下のお気に入りに取り入る方が、後の自分に有利だと気づいたのだ。数人が動けば、慌てて味方だと表明する連中も現れる。会場内の人がざわつきながら動き始めた。
『主殿』
ひょこっと顔を出したヒジリの背に乗ると、後ろからコウコが顔を見せた。するすると左腕に絡みつく。黒豹の背に乗る正装の少年、腕にミニチュア赤龍を巻く――どこの厨二ラノベ主人公!? ことんと肩に重さが増したので右側を振り返ると、ウィンクするイケメンチビ竜と目があった。
そもそも聖獣はラスボスだから、こんな序盤に顔出しちゃダメだろう。得意げなドヤ顔してる場合じゃないからね。あと青猫で勢揃いじゃん。皆このままだと出番がなく終わりそうな予感がして、慌てて出てきたようだ。確かにオレのチートも揮う機会がないまま、終わりそうですよ。
貴族ってこんなに簡単に陣営を変えるの? オレが読んだ「ざまぁ」系ラノベはもっと敵が抵抗してきたんだが、現実と小説はここまで違うなんて……用意したオレのあれこれは無駄に終わりそうで、残念さに溜め息が漏れた。
いつもお読みいただき、ありがとうございます(o´-ω-)o)ペコッ
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