10.保護者達の眠れぬ夜(2)
「そ、れ、で?」
一言ずつ区切る声から怒りが滲んでオレを責めていた。威圧感たっぷりの声に、下を向いたまま言い訳を始める。
砂利の上に正座したオレは、痺れはじめた足をもぞもぞ動かした。
やばい――血が止まってきてて、じわじわする。
「えっと……ちょっと楽しくなって、軽くぶっ放したら穴が開いて」
ちらり視線を向けた先、この戦場で本部として使われていた建物がある。正しくは、本部である建物の『瓦礫』が積まれていた。
そう、煉瓦の建物は崩壊している。見事なほどに粉々だった。
大きな穴が開いた正面玄関付近は黒い煙が立ち上っているし、左右対称の建物の右側は黒く焼け焦げている。かろうじて左側は火事を免れたが、形が分からないほど崩れていた。
敵はすべて退けたが、どうみても敗戦した本部の様相を呈している。他の建物が無事だっただけに、瓦礫は余計目立った。
原因であるオレはもちろん、お目付け役のノアも隣で項垂れている。巻き込んで、本当に申し訳ないが……正直、一人で叱られないで済むのは嬉しい。
並んで座ったノアは正座せず、胡坐を組んでいた。
……くそ、オレも胡坐にすればよかったのに。叱られて反射的に姿勢を正した際、つい正座した己の条件反射を恨む。
「軽く? 言葉が違うのではありませんか?」
ブロンズ色の髪を揺らして腕を組んだ青年の言葉がぐさりと刺さった。
すみません、自覚はあります。軽くなかったと思います。
「そもそも、そのバズーカ砲はどこから……」
「敵から奪いました!」
敬礼したノアの報告に、シフェルの後ろにいたジャックが項垂れる。それはそうだろう。敵襲で本部を守る筈の部隊が、敵から奪った大型兵器を使って本部を破壊したのだ。
「ごめんなさい。オレが悪い」
「そこは否定しません。ですが、ノア。あなたは止めるべき立場でしょう」
子供の特権とばかり謝ってみたが、シフェルは誤魔化されてくれなかった。
敵が構えたバズーカ砲を見つけて奪ったのはいい。そのバズーカ砲を持っていた敵を排除したのも正しい。どうしてその砲を自軍の本部へ向けたのか――ここが問題だった。
「使ってみたかっ……じゃなくて、逃げる敵を撃とうとしたら、そのっ、あの……」
間違えて当たった。
言い訳としては形が整っているが、見透かされていた。それはもう完璧に、シフェルはオレの本音を読んでいたのだ。
「そうですか――逃げる敵が、一番厳重に警備されている本部の玄関へ向かった? それを撃ったから悪くない、と? 玄関はジャックを含めた味方がいたのに?」
顔を近づけて、言い聞かせるように『言い訳』を先取りされる。
シフェルの言う通りだった。敵は確かに逃げていた。逃がさず捕らえようとした判断は否定しないが、徒歩で銃片手に走る敵へ、重火器を向けるのは――間違っている。
普通に考えて後ろの建物が自軍のものならば、被害を考えて小銃などを使うべきだろう。自軍の本部を吹き飛ばすくらいなら、数人の敵を取り逃しても許された。
そもそも逃走ルートの延長上に本部はあったが、別に彼らは玄関へ向かったわけじゃない。やや右側へ逃げた連中に狙いをつけて撃った反動で銃口がブレて正面玄関が吹き飛び、慌てて砲を抱きとめたらもう1発出ちゃって――本部の右側半分が砕けて、最終的に焼けた。
慌てふためいてバズーカ砲を放り出したとき、最後の砲弾が建物の左上を撃ち抜いてしまっただけのこと。そう、言葉にすればこれだけの事件だった。
もちろん、周囲が「これだけ」と思ってくれる筈もなく。
「陛下からの呼び出し、明日になりましたから」
最後通牒のように告げられ、「ひっ」と悲鳴を上げる。整った顔にいい笑顔を浮かべて詰め寄られると、本当に恐怖しか感じない。このまま殺されるかもしれないとすら思った。
「え? 冗談……」
保護者役に決まったジャックの悲痛な声に、シフェルは怖いほど綺麗な笑顔で振り返った。
「ご安心ください。保護者はノアさんにお願いしますから」
「あっ、でも」
「ノアさんにお願いします。構いませんね?」
すでにジャックに決まったから。そんなノアの逃げ道はふさがれ、どう考えても「陛下の前で当事者として謝罪をするべきはノアさんですよね」という意味の圧力が掛けられた。
「………はい」
頷くしかないノアの表情が泣きそうで、下から覗いてしまったオレはそっと目を逸らした。
本当にごめん、本物のバズーカ砲なんて初めて触ったから――撃ってみたかったんです。
いまさら口に出来ない理由を、ごくりと喉を鳴らして飲み込んだ。
シフェルに叱られている間に、バズーカ砲をぶっ放した犯人は兵舎中に知れ渡ってしまった。
「とりあえず……ノアは反省してこい。でもってキヨ、お前は魔力の制御を覚えてもらう」
ジャックの言葉にただ頷いた。
周囲を取り囲む正規兵は厳しい表情だが、逆に傭兵達は「たいしたもんだ」と呆れ半分に評価してくれる。これは立場の違いもあるが、彼らの境遇や考え方もあるのだろう。
正規兵は自軍の施設を壊されたわけだし、規律を守らない傭兵にいい感情はもたない。それが子供でも同様だった。つい先ほど溶かした煉瓦の片付けに追われていた兵から見たら、暴走したオレは紛うことなき疫病神だ。
しかし傭兵連中は違う。彼らにとって力はどんな形であれ評価の対象だった。大きな力を持っているならば、それは有効な戦力と考えるのだ。
己の力ひとつで戦場を駆け抜ける傭兵だからこそ、幼い外見で強大な力を示したオレは『将来有望な傭兵候補』なのだろう。
バズーカ砲は戦車も撃ちぬく重火器だ。本部を瓦礫に変えた威力から見ても、大量の魔力を必要とした。つまり魔力制御が何かも理解しないくせに、バズーカ砲を3発も放ってけろりとしているオレは、珍獣に近い扱いなのだ。
「こんなガキがねえ……」
「大したもんだ」
立ち上がったオレがぐらつくほど、彼らは手荒に頭を撫でてくれる。立ったばかりで足はまだ痺れていて、じわじわ血が巡る感じが擽ったい。笑ってしまう顔を引き締めようと頑張っているオレに、周囲はとにかく甘かった。
「頑張れよ」
ぽんと背を押され、乱れた髪のまま頭を下げたオレは慌ててジャックを追った。