125.敵は熱いうちに打て!(1)
着飾った紳士淑女――除外あり――が入場していく。以前に観た映画だと下っ端から呼ばれて、最後に偉い人が入場する形だった。しかしこの世界では別の方式が採用される。集まった人から中で寛いで交流を開始するが、王族や皇族だけ途中から参加なのだ。従って、ウルスラやシフェルは会場入りしてるが、リアムはまだいない。
王族や皇族は、専用の控え室にいると聞いた。この会場内にいるのは、貴族や招待者のみだ。一目でわかる聖獣の黒豹に跨り、オレは会場内をウロウロした。
「あら、英雄様じゃない」
「はじめまして。キヨヒトと申します」
聖獣から降りてきちんと挨拶をして、綺麗なお姉さんの手にキスをする。マナーの先生に習った通り振る舞い、その場を離れた。すぐに別の貴族に功績を褒められたので、日本人の美徳である謙遜をして離脱する。貴族の会話にたいした内容は必要ない。この人と話したという実績が必要で声を掛けるだけだった。
ドラゴン殺しの英雄で、皇帝陛下のお気に入り――この肩書は思ったより人を集めた。さらに聖獣を従える子供とあれば、出来るなら養子に迎えて活用したいと考える。思惑は理解できるが、にこにこと作り笑顔で逃げ回り、オレは人々の波を上手に泳いでいた。
舞踏会は水槽のようだ。何かの小説だったか、読んだ本に書いてあった。ひらひらと着飾った金魚が泳ぎ回り、互いにわずかにヒレや尻尾を触れさせて会話をする。しかしそれ以上の意味はない……そんな感じだったかな。思い出しながら、言い得て妙だと口元を緩ませた。
「陛下と同じ年齢だと聞いたけれど、幼く見えるわね」
「そう? 褒められたのかな」
わざと首をかしげて笑みを向ければ、話しかけてきた女性は「可愛いじゃない」と頭を撫でてくれた。この世界に来てやたら頭を撫でられるが、これは習慣の違いらしい。子供の姿をしているため、親しみを込めてのスキンシップだろうと言われた。つまり特に意味はなく、単に可愛い子猫を見たら撫でるのと同じだ。
にこにこと大人しくしていれば、すぐに数人のドレスに囲まれた。若いお姉さん達にしてみたら、パーティーは婚約者探しの場でもある。将来有望そうな男の子がいれば構うのは、彼女達には必然だった。
「お姉さん達、(そのドレスが)綺麗だね」
副音声を除いて声にすれば、はしゃいだ声が降ってくる。
「本当に小さな紳士ね。可愛い」
「陛下と仲がいいと聞いたわ」
香水の匂いが混じって、顔をしかめそうになる。お嬢さん達、つけすぎじゃない? 瓶をひっくり返したのかな。意地悪で聞いてやろうかと思うほど臭いが、ヒジリも同様らしい。鼻を押さえて蹲っていた。
巻き込んだ自覚があるので、申し訳なくて頭を撫でてやった。とんとんと合図を送ってやれば、ヒジリがオレの腕を咥えて歩き出す。引っ張られる形で移動しながら、女性達のドレス包囲網から逃げることに成功した。
「ごめん、何か用があるみたい」
そう言われたら、聖獣を放り出してここにいろと命じられる者はいない。この世界で最上位は聖獣だった。その主人であるオレがさらに上に立つことになるが、今まで聖獣の主人の記録がほとんど残っていないため、オレの立ち位置は保留された形だった。事実はあれど、承認がない状態。
聖獣が望んだことを邪魔する権利は、人間側の誰にもなかった。うちのペット達がチート過ぎる件は、とりあえず保留して手を咥えられてついていく。壁際まで移動すると、ヒジリは背に乗るよう促してきた。
「ありがと、ヒジリ。助かった」
『主殿も何やら花の香りがするぞ』
香水ではないが、髪を撫でつけた侍女さんが何か油を使っていた。それが花の香油だったのだろう。すっとした香りなので、ヒジリも顔をしかめることはない。いつもと違う恰好は肩が凝る。以前の七五三ルックではなく、今回は子供用だが王子様っぽいスタイルだ。
髪色に映えるからと言う理由で、ジャケットもズボンも深い紺色だった。金の刺繍が腕に3本分ぐるっと円状態で入ってる。さらに同じ刺繍で胸元に何本も横線が並んで、じゃらじゃらとチェーンが垂れている。胸元の刺繍の左右を繋ぐ感じの鎖だ。こういうの、何スタイルって言うんだろう?
1700年代の中世ヨーロッパの衣装っぽいかな。胸元に数センチ幅でライン上の飾りがついた服は、軍服ともちょっと違う。オペラの舞台でもないと見ないような、派手で豪華な衣装だった。
髪は前髪を斜めに緩く流してから、後ろで結い上げられている。簪も金細工で、大粒の青い宝石から金鎖が数本垂れていた。先端に紫の宝石が飾られ、白金の髪に映える。
裕福な貴族のお坊ちゃんスタイルで会場を歩けば、顔の良さや陛下のお気に入りの触れ込みで、目立つこと請け合いだった。黙って微笑んでいれば人形みたいで素敵ですよ――腹黒のブロンズ髪の騎士団長お墨付きの仕上がりだ。
遠回しに「口を開くな、正体がバレる」とディスられた気もする。
『主殿、それが食べたい』
うちの聖獣は揃いも揃って、生肉より加工した食事が好きだ。生肉も食べるが、人と一緒にいるなら火を通した食事が食べたいらしい。確かに今までの人生(?)で彼らは生肉を食してたなら、たまには違う味の料理も欲しいだろう。
ヒジリが示した薄切り肉を皿に取って、たっぷりと苔桃の赤いソースをかけた。目の前に置いてやる。ぺろりと皿ごと舐めたヒジリの顎を撫で、口の端に残った血のように赤いソースを上品に拭いた。机を覆う大きなテーブルクロスの端で……。
いや、一応スカーフみたいなのは胸ポケットに飾ってるけど、皇帝陛下の前に出る前に使っていいものか。コーディネートした人が泣くじゃん? 心の中で言い訳して身を起こしたオレは、目当てのお貴族様を見つけた。
あのおっさんだ。間違いない。ふっくらと出っ張った見事な太鼓腹、毛が散らかった隙間だらけのバーコード頭、悪役セリフが似合う残念顔! 思わず顔がにやける。しゃがんだままなので、こちらに気づいていない様子だった。
身を起こすと、目立つようにヒジリの背に飛び乗る。幸いにして濃紺の服にヒジリの黒い毛がついても目立たないので、遠慮はなかった。白っぽい服だったら考えるけど……あれ? そこまで先読みして用意された服かも。
「貴様、このような晴れの場に何故いる!」
おっさんの声に、今気づいたフリで振り返る。小首をかしげて身を乗りだし、しげしげと顔を見た後もう一度反対へ首をかしげた。
「……えっと、どちら様?」
「私を誰だと思っているのだ! 先日会ったのに忘れたとは……」
「だって、一度も名乗ってないよね」
くすくすと笑ったお嬢さんが慌てて口元を扇で隠した。事実を指摘しただけなので、不敬にはならない。心底不思議そうな顔で向こうの出方を窺った。
数人がおっさんの味方をするように後ろについた。途端にドヤ顔で強気になる、分かりやすい悪役だ。あれだな、喧嘩するにも仲間がいないと弱気になる奴。バカになんてしてないぞ。オレだって前の世界じゃ引きこもりだったんだし。
「クラッセン侯爵家当主オットー様をご存じないとは……どこの田舎者でしょうか」
側近らしき細身の狐男が嫌味を言うが、オレはにこにこと笑顔を振りまいた。周囲の女性が「きゃー、可愛い」と味方に付いてくれる。これは楽しいショーになりそうだ。
「これはこれは……侯爵閣下。何の御用で?」
前回と違い、はすっぱな口調は避ける。シフェルやリアムの品位を疑われると困るからな。それと周囲のお嬢様やおば様を味方につけるには、礼儀正しいお坊ちゃまを演じる必要があった。
「貴族でもない子供がこの場にいる理由を述べろ」
「……皇帝陛下のご招待ですし、オレはドラゴン殺しの英雄ですから辺境伯の爵位を賜りましたし」
そんなことも知らないのかと言い返す。知らない間にもらってた爵位だけど、辺境伯は通常国境付近に領地を持つ侯爵位と同等の地位だ。オレがドラゴンを討ち果たした北の国との国境の街、あれが領土扱いになっていた。
自国の貴族や他国へのけん制に使えるので、ドラゴン殺しの英雄の肩書をリアムに貸した形だった。実際に駐屯する必要はないし、領地の管理は直轄領として扱われる。名ばかりの領主だが、一応これでもこの国の貴族だった。
「ぽっと出の辺境伯ごときが、由緒正しき侯爵家に逆らうか!」
残念だが、後ろの狐男の隣に立つ犬っぽい男の発言だった。おっさん、今回は出来るだけ口を噤む作戦か? おっさんが挑発に乗ってくれないとやりづらいな。
いつもお読みいただき、ありがとうございます(o´-ω-)o)ペコッ
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