124.皇帝陛下のおもてなし
「楽しんだようで何よりだ」
笑いながらお茶を口にするリアムへ、肩を竦めた。彼女が望むまま、オレのやらかした口喧嘩が暴露されていく。シフェルの説明を聞き直すと、オレがすごく性格悪いみたいじゃん? いや、良いとは言い切れないけど。
実物の2割増しくらい、悪い奴っぽい。話の合間に焼き菓子をリアムに差し出した。ぱくりと食べる姿が可愛くて、微笑みながら秘密の恋人を見つめる。こんなに綺麗な子が未来のお嫁さんなのだ。そう思うだけで、嫌味なおっさんとの口喧嘩や王侯貴族の面倒臭い儀式もこなせる気がした。
「礼儀作法の勉強は捗ってるか?」
「うん、一応教師役のクリスから満点もらったし、先日のウルスラも褒めてくれたぞ」
最低限の嗜みとして、貴族としてのマナーは学んだ。その上で将来を見据えて皇族としての振る舞いも覚えてきた。にっこり笑って断言すると、リアムが興味深そうに肘をついて見つめてくる。そのまま笑顔で応じていると、笑いながら視線を逸らした。
「確かにその胡散臭い笑顔は、貴族らしい」
「褒められた気がしない」
「褒めていないですよ」
リアムに微妙な言葉をいただき、オレが渋い顔をしたところに、シフェルに止めを刺された。
「うう……頑張ってるじゃん」
褒めてくれとぼやいたら、足元で寝ていた黒豹に足首噛まれた。違う、そういうのは求めてないから。呻きながら治癒されていると、頭にぽんと手が乗った。そのまま撫でられる。
「頑張っていて偉いぞ」
魔力を使う機会が多いので、伸びた分だけ切っている。肩の肩甲骨に触れるあたりで揃えた理由は、結べる長さだ。毎朝欠かさない戦闘訓練はもちろん、料理の時も短い方が絶対に楽だった。魔力を使うたびに伸びて首筋で止まると、結べなくて不便なのだ。苦肉の策として結べる長さをキープしていた。
その白金の髪がお気に入りのリアムが、優しく撫でてくれる。ふわりと良い香りがして「女の子っていいな」と呟いた。心の中の声が盛大に漏れてしまう。
「あ、ありがとう」
照れて真っ赤なリアムが俯く。残念ながら撫でてくれていた手が離れてしまった。
「あの……オレのデビュー戦に合わせて、リアムが舞台を設えてくれるって聞いたんだけど」
微妙に落ちた沈黙の間、シフェルは呆れ顔で紅茶を味わっていた。たぶん、心の中で「このリア充め!」をすごく上品にした言葉で罵られてたと思う。
慌てて話を別の方へ向けた。
「5日後に貴族を集めて祝賀会を行う予定がある。戦勝祝いだが……セイの舞台にぴったりだろう?」
リアムの無邪気な発言に、シフェルが補足した。元々予定のあった祝賀会だから罠を疑われる可能性が低く、幸いにして西の国の王族を呼んでいるそうだ。他国の目もある場所でやり込めたらすっきりするんじゃないか? そんなニュアンスの話に、オレの口元が緩んだ。
「西の国の王族って……処刑しなかったっけ?」
国王や跡取りの首を落としたと聞いた気がする。記憶を手探りで引っ張り出せば、シフェルが「よく覚えていましたね」と感心してるフリでバカにされた。だが情報自体は正しかったらしい。
「国王と王太子は首を落としましたが、王女殿下が残っています」
「お嬢殿下?」
ぐいっと耳たぶを引っ張るの、やめてぇ。マジ痛い。引っ張られた分だけ立ち上がって身を乗り出す。千切れそうな痛みに呻きが漏れた。
「キヨ、きちんと聞く気はありますか?」
必死で頷くと、手を離してくれた。耳が真っ赤になってるんじゃないか? 可哀そうなオレの耳……撫でながら座り直すと、シフェルが続きを教えてくれた。
「王太子の妹姫で、とても大人しい方です。偶然ですがあの戦争の最中、南の国の王太子と縁組の顔合わせで留守にしていました」
縁組の顔合わせ?
「ああ、お見合いか」
「オミアイ……?」
この単語は異世界語らしい。通じなかった。遠回しな表現された時は、異世界に該当する言葉がないと考えた方が良さそうだ。
「お見合い。さっきの縁談の顔合わせのこと」
「異世界の表現ですか」
「うん、そんなとこ。世話好きな周囲の人が勝手に、この人とこの人は合うんじゃないかしら? と縁談を持ちかけて、2人を会わせる行事かな」
引き篭もった当初に、近所の世話好きなおばさんが、「キヨヒト君も彼女が出来たら外に出るわよ」と勝手に女性を連れてきたことがあった。会う気もなくてドア越しに断った記憶は、後から考えると相手に失礼だったよな。彼女だって無理やり連れてこられた可能性があって、顔見て互いに納得して断った方が礼儀正しかったと思う。
まあ異世界に来た今となっては、相手にトラウマとか植え付けずに済んだから怪我の功名みたいな? あれ、使い方間違ってるかも。
「キヨ、聞いてますか?」
「うん、一応」
オレの説明の後、祝賀パーティーの話してくれたシフェルが、念を押してくる。ちゃんと理解してるぞ。
あの侯爵のおっさんを煽るために、入場したリアムと1曲踊ってから離れる。リアムの護衛と毒見はシフェルが担当して、西の国の王女様はクリスがお相手するらしい。近衛兵はお仕事、味方である傭兵は会場に入れない。つまりオレの味方が誰もいない状況を作り出したわけ。
根性悪いよな。餌を単独で泳がせて、おとり作戦じゃん。美人局みたいな状況だよな? オレがあれこれ言われてしょげたところに、皇帝陛下自ら暴露したいんだろ。リアムが浮き浮きしてるのが伝わってきた。
「作戦は理解したよ。合図はどうする?」
「そうですね……キヨはまだ飲酒年齢に達していませんから、お酒を手にしたところで介入します。わかりやすいよう、手元に赤いお酒のグラスを用意させましょう」
「飲むフリしたら、シフェルが止めに入る――それが合図ね」
打ち合わせは簡単すぎるほど短い。何しろオレのやる方法は、かなり反則技だから。臨機応変にオレが相手を煽って、怒らせて手を出させる必要があった。理性で抑えられないほど怒らせるのがオレの役目で、止めるフリして介入するのがシフェル、最後に止めを差すのが皇帝陛下であるリアムだ。
不思議と全員の性格の悪い部分が生かされる作戦じゃないか? リアムの悪戯好き、シフェルの底意地悪いとこ、オレの口の悪さが総動員されていた。
「あ、ヒジリ達はどうしよう」
連れて行かない選択肢はない。問題はどれを表に出して、どれを隠すか。いっそ全部外へ出してもいいが、過剰戦力過ぎて相手に避けられそうだった。
「黒豹殿は行くとおっしゃるでしょうね」
シフェルもヒジリは外せないと思うのか。やっぱりイケメン聖獣だからな。嬉しそうに尻尾を振るヒジリの髭が、感情を示してぴくぴく動いた。得意げなドヤ顔が可愛い。
『私が出ましょうか』
ドラゴン騒動で有名だろうと名乗りを上げるスノーに、コウコが異議を唱えた。
『それなら凱旋パレードで華々しく場を彩った、あたくしの出番ではなくて?』
『僕は寝てるから任せる』
ブラウは声のみ送ってきた。不参加決定の青猫を放置して、残りの2匹が火花を散らす……前に、オレは決定事項を告げた。
「2匹とも留守番」
『『えええ!?』』
「オレのいた世界にはこういう諺があるんだよ――真打は最後に登場する。つまり、主役は遅れてくるものだぞ」
『わかったわ』
『そういうことなら』
納得した2匹が影に引っ込んだのを確認し、リアムが真理を突いた。
「主役はセイだぞ?」
その言葉にヒジリを含めた3人は顔を見合わせて、吹き出す。きょとんとしたリアムだけが、不思議そうに首をかしげていた。
――オレの嫁(予定)が可愛すぎる。
いつもお読みいただき、ありがとうございます(o´-ω-)o)ペコッ
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