121.昨日の敵はもう仲間
情報整理をしながら、レイルはひとつ欠伸をした。最近見つけた子供の相手をしていたから、大量の情報が渋滞している。早く整理して各方面へ流す必要があった。
二つ名持ちの友人達には悪いが、命懸けで戦うより効果的な勝ち方をレイルは知っている。情報を取捨選択して、噂と真実をあやふやにした上で混乱を招けばいい。この世界では卑怯だと言われることが多い手法だった。
しかし死者を確実に減らせる。厳しい前線で使い捨てにされるのは、いつでも孤児だった。レイル自身も親の顔を知らない。誰も助けてくれない環境で育ったからこそ、生き残ることへの執着は人一倍強かった。
必要な情報を得るために参加した作戦で、銃を持たない子供を見つけた。最前線の危険な壕の中で、何も武器を持たない。それどころか戦い方も知らない様子だった。迷い込んだのかと思ったが、話す言葉に僅かな癖がある。
面倒見のいいジャックの元へ送り込む際、ちょっとした気まぐれで予備の銃を貸した。もし敵なら銃口をこちらに向けるはずだ。そう考えたから1発目は空砲にした。しかし子供は銃を見て目を輝かせただけ。
少年兵なら手にタコがあるが、この子供は綺麗な手をしている。それどころか、拐われて売られそうな顔だった。そういう意味でも、傭兵の中で良識的なジャックのグループは安全だ。そう考えて預けたのに、すぐに誘拐されたと連絡があった。
濃い目に淹れた渋いお茶を飲みながら、レイルは喉を震わせて笑った。
「変な奴だよな」
属性や生まれがすべての世界で、異世界から来て何も持たないくせに、運の良さは天下一品。挙句に赤瞳の竜なんて最高の属性を引き当てた。見た目のいい子供が誘拐されたら、運が良くて性奴隷、運が悪いとバラ売りされる。そんな状況でも生き延びた。
中央の国の近衛騎士団長と対等に口を利き、皇帝陛下のお気に入りに上り詰めた。たいしたもんだと感心したら、なんとおれを含めた傭兵に戦い方を学ぶという。変わり者にも程度がある。あいつの変わり具合は、過去最高レベルだろう。
この世界で傭兵は底辺に近い職業だ。血に汚れて国を守る意味では兵士と同じなのに、孤児だっただけで差別される。誰もが当たり前だと諦めて受け入れる状況を、あの子供は泣いて怒った。それどころか誰の言葉も聞かなかった傭兵達が、前向きに変化を受け入れている。
いっそ同じ人間じゃないと言ってくれたら、その方が真実味があるくらいだ。
「仕方ねえから、協力してやるよ」
面倒ごとを持ち込まれた自覚はある。裏工作は得意だが、王族がらみはこっちにも飛び火する可能性があった。今まで手を出してこなかった分野だが、あの子供が何をやらかすのか興味がある。多少の手助けで新しい世界を見せてくれるなら、この腐った世界を変えるなら、協力は惜しまない。
渋いお茶を最後まで飲み干し、手元の情報をお気に入りの子供に流すため、通信用のピアスに魔力を通した。
レイルからの通信で、準備が整ったことを知る。官舎は元々オレが訓練を受けるために住み着いた建物だ。一時的に雇った護衛や傭兵連中を、他の兵士と区別する目的で建てられたらしい。おかげで場所は外も外。整えた芝の庭があり、その先は宮殿を囲む大きな森が広がるほど、外縁に建っていた。
おかげで外から人を招いても気付かれにくい。二つ名の一端を担う赤い短髪のレイルがふらりと顔を見せた。彼のもつネットワークを使えば、宮殿内でも侵入は容易だ。それでも招待状を出したのは理由があった。
「元気? ちゃんとご飯出てる? シン」
すこし窶れた気がする。そう思って尋ねれば、青年は苦笑いして頷いた。レイルに頼んだのは、ある人物の運搬だ。ここに居てはいけない青年は……特権階級の頂点に立つ、いまのオレにとって重要な存在だった。
「……食べているが、お前の料理よりまずい」
「あ、それは悪いな。オレの管轄じゃないけど、近いうちに手を打つよ」
味の改善要請って、ウルスラの担当であってるだろうか。まあ捕虜に飯を食わせるだけ良心的なのだが、唯一の楽しみである食事がまずいのは申し訳ない。しかもシンは王太子殿下だし?
美味しい食べ物に慣れた舌は、簡単に粗食に馴染めないだろう。オレだったら暴れる事案だ。部下を大切にする王子様に、これ以上我慢させるのは気の毒だった。
驚いた顔をする北の国の王太子に、くすくす笑うレイルが声をかけた。
「だから言っただろ? 文句の一つ二つ気にしないって」
「そりゃそうさ、オレは北の国を利用させてもらうんだぞ。大切な切り札だもんな〜」
意味ありげに話を振るオレに、シンは苦笑いした。
「私だけでなく、部下も助けてくれるなら……安いものだ」
「取引成立!」
笑顔でオレはシンと握手を交わした。異世界人という不安定な地位の足元に、しっかりした土台が出来た。
傭兵達を信頼しているが、この取引の意思確認は地下室で行った。オレの訓練初日に壊した地下室の隣の部屋だ。
「折角だし、みんなに差し入れ。収納使える?」
「ああ」
頷いたシンの前にパンに挟んだウィンナーを並べて受け渡す。大量の食料は、北の国の捕虜みんなの分を用意した。ノア達にも調理の手伝いを頼んだので、ジャック班に事情を説明してある。この世界でオカンとオトンしてくれる奴らだから、隠し事は要らないだろう。
「ありがとな、レイル」
お礼を言うといつもそっぽを向いた。感謝しろと騒ぐくせに、本当に感謝すると照れて無言になるところが好ましい。人馴れしてない野良犬感あるよな。
「ところで、巻き込まれて得をする私が言うのも何だが、キヨヒトはどうして手を差し伸べた?」
普通は切り捨てる、そう告げるシンヘにっこり笑って答えた。
「オレのいた世界じゃ、昨日の敵は今日の友って言葉がある。もう仲間だろ」
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