120.卑怯でも汚い手でも使うさ
リアムは謁見があると言われ、クリス付き添いで渋々部屋に戻された。人に聞かれたくない話のようで、庭を歩きながら説明するという。後ろから突進したヒジリの背に乗って、庭の奥へ移動した。ヒジリの過保護さって、オカン・ノアと同レベルな気がする。
黒豹に跨った子供を連れた騎士が足を止めたのは、かなり奥へ進んでからだった。
「キヨ、先ほども言いましたが……貴族の一部にあなたを排除する動きが出ています」
「ふーん」
考えながら唸ると、軽く受け流されたと思ったシフェルが語気を荒らげる。
「あなたが考えるより大物ばかりです。上位貴族なので、陛下のご威光をもってしても簡単には……」
「ストップ」
手をあげてシフェルを遮る。いま、聞き捨てならないこと言っただろ。日が落ちて暗くなり始めた庭の奥は、木々が生い茂る森のようだ。ざわりと木々が揺れて、冷たい風が吹いた。
「あのさ、オレは別に『皇帝陛下のご威光』だの『庇護』をかさに着る気はないわけ。上位貴族ってことは、公爵やら侯爵あたり? そいつらがオレに仕掛けたとして、負けると思う?」
ヒジリが低い声で唸る。その首筋をポンポン叩いてやると、不満そうだが堪えてくれた。
「戦場であなたを殺せる相手は多くないでしょう。ですが宮廷闘争となれば話は別です。悪手をうてば、処断される可能性があります。我々が庇いきれないかもしれません」
本気で心配してくれてる。それがわかるから、手の内をすこしだけ晒すことにした。
「オレが持ってる知識って、前の世界から持ち込んだものだから多少ズレてる。確認したいのは、5つの国の貴族の立ち位置だ。例えば中央の国の公爵と別の国の公爵、どちらが上?」
「難しいですね。王族や皇族は別格ですが、国同士の力関係により左右されます」
前提条件は確認した。だいたいオレが知る小説の知識と大差ない。ならばこの方法が使えるだろう。
「王族は別格なんだよね、それは王族ならいいの?」
「王族同士は国力や立場の違いが影響しますが、属国であろうと王族は貴族に対して尊重され優先します。……もしかして、キヨはそのために」
にやりと笑って手をかざした。それ以上の言葉はこの場で必要ない。誰も聞いていないとしても、切り札は最後まで伏せておくものだ。最後の最後に捲って顔に叩きつけるのが楽しいのだから。にやりと笑ったオレに、シフェルが額を押さえて溜め息を吐いた。
「どうしてそんな方法を思いついたのか、教えてください」
知っておけば何かあっても助けの手を伸ばせる。シフェルの緑の瞳が語る優しさに、オレはもう少しだけ教えておくことにした。この国の公爵家、それも皇帝の信任厚い騎士団長の後見や支持は得たい。
「オレがいた世界は娯楽が豊富でさ、この世界みたいな話もたくさん読めた。そこで得た知識だよ。王や皇帝は特別な存在で、隣に立つのは英雄であっても平民じゃ難しい。だったら並び立つ地位を得ればいいんだ。方法はどんなだっていい。リアムの隣にいるために、オレは汚い手も平気で使うよ」
この世界に来て執着した相手だ。初めて見惚れた。触れたいと思った人で、でも手が届かないと諦めかけた。
「子供はね、手が届かない月に手を伸ばす存在なんだぞ」
諦めが悪くて、世の中のルールなんて無視できる。そして傲慢が許されるだけの能力をオレは手にした。くすくす笑って付け足すと、シフェルは納得したらしい。
「気を付けてくださいね」
「うん。狙撃や襲撃はヒジリ達もいるから。問題があるとすれば、オレの周囲に手を出されることかな」
貴族は搦手が得意だ。オレに直接攻撃が通らなければ、何か理由をつけて足を引っ張ることを考え始める。裏切らせたり、彼らを攻撃対象として傷つけることを狙ってくるはずだった。
「対策をしたいんだけど、予算をちょっと融通してよ」
遠慮なく巻き込むオレの姿勢に、シフェルの表情が意地悪いものに変わる。日が完全に沈んで、周囲が暗くなった。薄暗い時間帯は物が見えにくい。それでも互いに視線を合わせて、出方を窺う時間が流れた。
「いいでしょう。申請を通せるようウルスラに話をしますから、内容を書いて提出してください」
「うん。ところで、ウルスラと親しいの?」
宰相のローゼンダール女侯爵をファーストネームで呼ぶのは、既婚者としてどうなのよ。クリスに言いつけるぞと匂わせると、彼は簡単そうに教えてくれた。
「彼女は私の従姉妹です」
「……貴族の近親婚か」
直接の兄弟や親子での結婚はさすがにないだろうが、希少な竜が生まれればその血を引き継ごうと親族が群がる。脳裏に浮かんだ図式に溜め息を吐いた。
これは……うかうかしていると、オレがもつ竜属性目当てに娘を宛がおうとする貴族が出てきそうだ。夜這いかけられたら、リアムに疑われてしまう。しっかり防衛する魔法を開発しようと心に決めた。
「他に援助が必要ですか?」
「レイルに通行証だして。頼みたいことがあるんだ」
「赤い悪魔ですか? ろくでもない頼み事じゃないでしょうね」
不信感を示すが、シフェルの顔は口調ほど渋くない。つまり表面上の抵抗だから、突破は簡単だった。こう言えばいい。
「オレがろくでもないのに、友達が真面なわけないだろ」
くすくす笑い出したシフェルが「そうでした」と同意したことで、レイルの通行証問題は解決だ。ずっとオレを背に乗せていたヒジリが、黒い尻尾をぱしんと揺らした。
『主殿、夕食を作る時間ぞ』
「おっといけない。帰るぞ、ヒジリ」
ひらりと手を振って、まだ笑いの収まらないシフェルが離れていく。ヒジリの上に乗ったまま、オレは考え事を始めた。
オレが考えている方法は、この世界でも通用する。王侯貴族に関する知識をラノベで得たことは、大きな財産だった。ほとんどが「ざまぁ」系だったが、おかげで貴族がやりそうな意地悪や嫌味も想像できる。かわす方法もあれこれ思い出した。
『あの男は信用に足るのか、主殿』
「うん。すくなくともリアムに関する部分では信用できる。逆に言えば、リアムを守る為にオレは切り捨てられるだろうね」
これは確信があった。シフェルの中に通った芯は『皇帝であるリアムを守る事』に特化している。ならば彼女に危険が及ぶと判断すれば、助けずにオレを突き放すだろう。そのくらいの覚悟は持っているはずだ。そうでなければ、甘すぎてリアムの警護を任せられない。
『それでよいのか?』
心配そうな響きと優しい金瞳に、オレは擽ったい気分でヒジリに抱き着いた。背に乗った状態だから、前に倒れて首に手を回して抱き締める。引き締まったヒジリの身体はがっしりして頼りがいがあった。
「うん、オレよりリアムを優先してくれる奴じゃなきゃ、任せられない」
複雑そうに黙り込んだヒジリの背を撫でて頬ずりした。猫であるブラウほどじゃないが、ヒジリの毛皮も柔らかくて気持ちがいい。
「そもそもオレは、ヒジリ達に守られてるんだから。これ以上頼れる護衛はいないじゃん」
『そ、そうであったな』
細く黒い尻尾が嬉しそうに揺れる。ご機嫌のヒジリの足元からスノーが顔を見せた。続いてコウコやブラウも出てくる。話し合いをしていたので、気を使ってくれたらしい。
「いつも頼りになる黒豹が守ってくれて、綺麗な赤龍が優しくしてくれる。沈んだら青猫が笑わせてくれるし、カッコいい白竜も加わった。オレに不安はないよ」
官舎に着くまでの間に勢ぞろいした聖獣達はご機嫌で、用意された食材を手早く調理していく。手伝ってくれる彼らと傭兵の関係も良く、オレは安心して調味係を担当した。
「難しい話をしてきたようだが、相談位のれるぞ」
よそった食事を前にした挨拶を終えたオレに、ノアが心配そうに声をかける。向かいでジークムンドがスープを掻っ込みながら頷いた。ジャックやライアン、サシャも同じように心を向けてくれる。だから本心から笑って言えた。
「うん、困ったらちゃんと頼る。卑怯だって罵られても、オレは生き抜くからね」
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