119.薔薇の下の秘密、みたいな?
タコには頭の下にいきなり足が生えてる形をイメージする。もちろん、オレだって本物のタコじゃないと理解はしていた。タコみたいな外見の別の何か……それが人間なのは分かってたけど。
ブラウが軽々と影から引っ張り出したのは、ハゲ頭のおっさんだった。やっぱり人か、そんな溜め息をつく。やたら身なりが良かった。きんきら輝く装飾品をつけて、高そうな生地の服を着ている、と思う。
数人が悲鳴をあげて部屋の向こうへ駆けていく。あれは新人さんか。
「こりゃ……ひどい」
「元の姿がちょっと想像できない」
「やりすぎじゃね?」
戦場で凄惨な状況に慣れた傭兵ですら眉をひそめる状態のおっさんは、ごろりと床に転がった。ちなみに「ごろり」は比喩表現じゃなくて、本当にごろんと転がったんだ、首が。
「ブラウ、なにこれ」
『やだな、主。ボケちゃったの? さっき言ったじゃない。犯人だよ』
『……青猫よ、これでは判別が大変ではないか』
「いや、問題点そこじゃないぞ、ヒジリ。そりゃ判別も大事だけど?」
思わず突っ込んだオレの後ろから、冷静にリアムが呟いた。
「落ち着け、セイ。お前もかなり混乱している」
逆に何でリアムは落ち着いてるのかな? 護衛のクリスも顔をしかめる死体だぞ。しかも猟奇系の惨殺。
両手両足もバラバラなら、頭も転げた。胴体もざくざくに切れていて、無事な部分を探すのが大変なくらい。血や汚物の臭いも部屋に漂い出し、数人が外でゲロった。
自分たちで片付けろよ。つうか、部屋の中で出したことに後悔が半端ない。これはオレの失敗だ。部屋の掃除は手伝う……けど。
「ブラウ、一回しまおうか」
『主ったら、メンタル豆腐なんだから』
「うるさい。しまえ!」
異世界から余計な知識だけ得てくる青猫は、蹴飛ばして死体をしまった。
「え? オレの影の中にしまう、の?」
『だって、この中から出したんだから当然じゃん』
この青猫、オレの影をなんだと思ってやがる! ここは死体を出し入れする場所じゃないぞ。足元にいつも死体が埋まってると思うと、足を踏み出すのが本気で怖いんだが? マジ、恐いんだが?
「……キヨの足元ってこええ」
「オレも怖い」
聖獣達が出入りするのは我慢する。しかし死体はできるだけ早く処分してもらいたい。この後、シフェルに引き取ってもらおうと決めた。
「生きたまま連れてくればいいじゃないか」
『どうせ殺すんだから同じだよ。それに生きてると入れられないし』
入れられない? 奇妙な言い方が気になる。首をかしげたオレの様子に、首に絡んでいたコウコが腕に下りながら説明してくれた。
『影に入れるのは聖獣と、物だけなの』
「つまり?」
『生きていると「者」でしょう? だから死んだ「物」にしないと入らないわ』
言われて思い浮かべたのは、ヒジリが捕まえた獲物だった。食料になる肉を捕獲してくれたが、全部死んでいた。魔獣や動物だから気にしなかったが、もしかして……生きてると持ち帰れなかった、のか。
新鮮な肉の食料提供は歓迎だが、新鮮な死体の差し入れは御免被りたい。同じ空間に入れた肉を食べるのも、気分的にめげる。この辺はあとで説明して理解してもらおう。
「なんとなくわかったけど……ブラウ、なぜ死体にした」
まずは前提条件の確認だった。犯人を捕まえてくると飛び出したのは良いが、死体で持ち帰るとは聞いてない。奴も殺すとは言わなかったし。そもそも命じた首謀者は生かして捕獲する対象だろ。殺したら動機や仲間の有無がわからなくなる。
ベッドに座ったままのオレの隣に、ぺたんとリアムが腰掛けた。足を床から浮かしているのは、あれか? 影から逃げてるって意味で合ってる? オレの影を踏まない遊びが流行りそうな傭兵連中だが、半数は顔をしかめた程度だった。
『持ち帰るため~』
「捕まえて咥えて運ぶんじゃダメなのか」
『これ重いし臭いし、無理』
即答された。そうか、血の臭いで分からなかったが臭いのか。おっさんだし、足とか脇とか臭かったのかもしれない。もう永遠にわからない謎だけど。
思わず納得してしまった。
「殺すのは仕方ないとして、原型留めて欲しかった」
『僕もね、加減したよ。でも脆いし、煩いし、喚くし、煩いんだもん』
よほど泣き叫んで逃げ回ったらしい。煩いが二度来た。まあ猫の加減したは当てにならないのでスルーして、強烈猫パンチでも食らわした可能性がある。
ご機嫌で揺れる尻尾が、ブラウの言葉の真偽を物語っていた。
「オレが狙撃された理由がわからなくなった」
恨みがましくぼやくと、けろりと答えが降ってきた。
「あなたが邪魔だからに決まってるでしょう。貴族にどれだけ疎まれているか、自覚した方がよいのでは?」
丁寧な口調で厭味ったらしい声で、じわりと毒を吐いたシフェルが顔を見せる。呆れ顔で溜め息をついて見せる仕草に、わざとらしさを感じた。コイツ、何か隠してやがる。
「シフェル、もしかしてオレを囮にした?」
「いいえ、囮役を頼む前に狙われましたので」
オレの行き先を知ってる奴は限られる。上位貴族でなければ、オレがもらう予定の土地を知らないし、今日視察に行く予定だって普通は軍事機密だろ。英雄様の行動が駄々洩れって……間違いなく漏洩して利用した奴がいる。目の前で涼しい顔で笑う誰かさんとか、誰かさんだよな?!
「セイに何かあったらどうするつもりだった!」
オレが怒るより先にリアムが叱りつける。近衛騎士団長はきっちり敬礼を返してから、皇帝陛下に答えた。
「聖獣殿が付き添う以上、キヨに何かあるはずがありません」
信用されているんだろう。実力を認められている――オレじゃなくて、聖獣の。複雑な思いで乾いた笑いを漏らす。
「ふふっ、そうか。ヒジリ達の実力を信用してたと……へぇ」
呟きながらヒジリを振り返る。黒豹の喉を撫でてやり、猫なで声で頼みごとをした。
「ヒジリ、シフェルにお土産あげて。さっきのブラウが持ち帰ったタコ」
『主殿、悪い顔をしておるぞ』
苦言を呈しながらも、ヒジリも多少思うところがあったらしい。わざわざシフェルの目の前に蹴飛ばした。転がる生首、切断された手足、最後にデカイボロ雑巾のような胴体。絶句するシフェルに、ヒジリ曰くの悪い顔で言い放つ。
「シフェルが信用してる聖獣ブラウの持ち帰ったお土産、きちんと素性を調べて首謀者の周辺も捕まえといて。優秀な騎士様なら出来るよね?」
「……セイは怒らせると怖いな」
ぼそっと呟く嫁に「そんなことないよ」とフォローは忘れない。しんと静まり返った隣室の傭兵達の空気が重い。空気を読まないノアが、すたすた歩いて来てお茶を淹れ始めた。
「キヨ、これを飲んでおけ。そっちのお偉いさんは飲むのか?」
「淹れて!」
もらったカップの中身に口をつけてから、隣のリアムに渡す。ほうじ茶の香りに目を輝かせ、リアムは初めての味を口に含んだ。驚いたように目を瞠る。同じようにノアから受け取ったほうじ茶を飲んだオレは、次の言葉に動きを止めた。
「上品な皇帝陛下の口に合わねえだろ」
悪口じゃない。ただ素直なノアの気持ちだった。声に悪意はなくて、口に合わないなら無理をして飲むなという気遣いすら感じる。
なぜだろう、悔しいような不思議な気持ちが胸を襲った。熱くて苦しい感情に名前が付けられない。
「いや、美味しいぞ。飲んだことがない味だが、すごく香りがいい」
答えるリアムにも気負いはなかった。褒めるために言葉を取り繕った様子もなく、また口をつける。オレが普段使うカップも高価なものじゃない。傭兵連中が使ってる普通の、どこにでもある安いカップだった。
この国の最高権力者に渡したオレもオレだが、差別意識も先入観もなく飲むリアムも大概だと思う。止めないシフェルやクリスは何を考えてるんだろう。
いっぱいになった感情を込めた溜め息を吐いた。すこしだけ楽になる。
「キヨ、大切な話があります」
「うん、行くよ」
気が抜けた感じで返事をして、リアムと手を繋ぐ。狙撃されたオレを心配してくれた傭兵達に「夕食までに帰る」と約束させられ、シフェル先導で歩き出した。尻尾を揺らしながらついてくるヒジリ、影の中から出てこないブラウとコウコ。スノーに至ってはずっと顔を見せない。
足元の影がいつもより暗く感じる。前にドラマで「薔薇の下に死体を埋めて秘密を共有する」話があったな……ぼんやりと怖い記憶を探りながら、珍しく恐い顔をしたシフェルの後を追った。
いつもお読みいただき、ありがとうございます(o´-ω-)o)ペコッ
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