118.異世界人と書いて非常識と読む
きょとんとして、横たわったまま見上げる。涙を滲ませて飛び込んだリアムは、オレの冷えた手を握って唇を噛みしめた。どうやら涙のせいで視界が悪いらしい。
声をかけて驚かせるといけないので、握られた手を握り返してみた。
「う、うわぁ! 動いたっ!!」
「いや、死んでないから」
ツッコミを入れて、起き上がろうとしたらヒジリがのしっと上に乗った。左手だけじゃなく、全身がヒジリの下敷きになる。胸が圧迫されて苦しいので、正直どいて欲しい。
「ヒジリぃ、重い……」
『主殿が起きぬというなら、避けてもよい』
聖獣様が偉そう、実際偉いんだと思うけど。オレは主だよね? 本人も言った通り主君なわけで、全身でのしかかって潰す相手じゃないはず。押し戻そうとしたが、筋肉質の猫科大型獣は持ち上がりませんでした……まる。
腰を抜かしたのか、ずりずり近づいたリアムが顔を覗き込んだ。綺麗な青い瞳に目を奪われる。驚いた時も離さなかった手に力を入れて、黒い毛皮の隙間から頭を脱出させた。器用に体重移動したヒジリが動いたことで、右半身が軽くなる。
「リアム。ごめんね、慌てさせちゃった」
「……頭を狙撃されたと聞いて……その、運ばれた時に血塗れだったというし」
言い訳をごにょごにょと口の中で呟く姿に、思わず「可愛い」と声が出ていた。途端にライアンが後ずさり、ドアに群がった傭兵達もざわっと動揺が走る。様子を窺う傭兵達は「同性愛者でも差別はいけない」と頷きあった。扉の外は「キヨはやはり皇帝陛下(男)の愛人だった」がまことしやかに囁かれている。
リアムの護衛でついてきたクリスが複雑そうな顔で溜め息を吐いた。主に同性愛の辺りを訂正したいが、機密事項なので訂正できない。まだ公表できないあれこれを思い、結局口を噤む道しか残っていなかった。
『銃弾ならばブラウが防いだぞ』
ヒジリがつまらなそうに呟く。
「え? アイツなの?」
『風を使うゆえ、魔力の展開が一番早いのが青猫だ。結界を編むのが間に合わず、弾いたため銃弾が砕けて破片でケガをしたのだろう』
不満そうに唸りながらも顛末を教えてくれる。喉を撫でてやり、頭や耳の付け根も丁寧に撫でてから抱き着いた。
「治してくれてありがとう、ヒジリ」
『……当然だ』
憮然とした口調はそのままだが、機嫌は直ったらしい。自分が守りたかったのに、気づいたらブラウに先を越されたのが不満だった。気づいてしまうと、物騒な黒豹が飼い猫レベルで可愛い。
「聖獣殿、狙撃手はどうなった?」
リアムの質問に、ヒジリは何でもなさそうにとんでもない答えを返した。
『我が治療している間、スノーが結界を張った。ブラウとコウコが競った結果、狙撃手ごと建物を切り裂いて溶かしたゆえ、銃も犯人も残っておらぬ』
「犯人は残して欲しかったな~」
これでは狙撃を命じた奴を特定できないじゃないか。そんなオレのぼやきを、ヒジリは不思議そうに受け止めた。
『なんだ、主殿は自ら手を下したい派か』
「物騒な言い方しない! そうじゃなくて、命じた奴に繋がる糸だから生かして捕まえて欲しかったの」
丁寧に言い聞かせたオレに、足元から出てきたコウコが首をかしげた。
『そんなもの、とうにブラウが追ってるわ』
「追ってる? どうやって追うのさ」
『風の聖獣だもの。簡単よ』
『コウコ、主殿は異世界人だ』
今、副音声で非常識だって言わなかったか? または異世界人と書いて、非常識と仮名を振っただろ。顔を引きつらせながら起き上がろうとして、またヒジリに押さえられた。
『治癒の後は体力がない。動いてはならぬ』
聞き分けの悪い子供に言い聞かせる態度で、ヒジリが体重をかけてオレをベッドに圧し潰した。うっ、苦しい。じたばた手足の先を動かして暴れていると、右手を握ったリアムが羨ましそうに呟いた。
「聖獣殿とすごく仲が良いのだな」
寂しいと滲んだ声に、慌てて顔を彼女に向けた。青い瞳が伏せられている。ここにシフェルがいれば茶化すなりしてもらえるが、クリスにそれを望むのは酷だろう。
「オレが一番好きなのはリアムだから」
「本当か?」
「マジで、真剣に、本当だから」
繰り返して納得させるオレは知らない。ドアの外はさらに沸いていたことを。頭を抱えて唸るクリスの苦悩を置き去りに、オレは必死にリアムを口説いていた。
『主、盛り上がってるとこ邪魔するね』
「邪魔するな」
速攻で切り捨てて、握ったリアムの手を頬に押し当てた。熱があるのか、冷たい肌が気持ちいい。すりすりと頬ずりしてから、ちゅっと音を立ててキスをした。真っ赤な顔で手を預けたリアムが可愛い。やばい、この愛らしさでオレの嫁になるとか……暴走する未来しか見えない。
照れてるのに、手を振りほどかないとこが本当に優しくて好き。
うっとりしていると、下からベッドに飛び上がったブラウが顔によじ登ってきた。重いし苦しいし、毛皮が湿っててなんか臭い。
「臭いぞ、ブラウ」
『え? うそ、濡れたから? じゃなくって! 狙撃を命じた奴を見つけたよ』
驚いて固まったあと、本音が漏れた。
「マジで? ブラウが初めてカッコいい聖獣に見えた」
『僕は普段からカッコイイから! おかしなこと言わないで。そもそも僕の扱いだけ酷いよね、猫だからで許される部分まで文句言われるし』
いや、そりゃ言うだろ。お前、他の聖獣に比べてほとんど役に立たない上、仕事しないし、文句ばっかり言うくせに、勝手に飯食うし……褒める要素はふかふかの毛皮くらいだ。
苦情を並べる青猫が顔を洗う。あ、今夜から雨かも知れん。この世界でも通用するかわからないが、猫が顔を洗うと雨が降るらしいからな。衝撃的過ぎる働くブラウの姿に現実逃避を始めた脳を、当事者のブラウが現実に引き戻した。
『命じた奴、面倒だから持ってきた』
表現がおかしい。連れて来たんじゃなく、持ってきたのか? まるで物体みたいな言い方じゃないか。自動翻訳が壊れたかも……不安に駆られたオレの視線がブラウに向かう。
左半身に乗っかる黒豹、顔面近くに青猫、首に絡んだ赤蛇。1人動物園状態なオレの手を握る黒髪美人! カオスすぎる状況で、ツッコミ役のシフェルが不在となれば……現場は硬直状態に陥るわけです。困惑しながら視線を合わせれば、金の瞳を瞬いたブラウがからりと笑った。
『ほら、これ。重かったけど、まあ僕の敵じゃないよね~』
この世界で聖獣相手に勝てる奴は少ないだろ。ツッコミながら視線を向けた足元に、何かが覗いていた。タコみたいで、わずかに白い毛がついている。つるりとした形状に見覚えがあった。
人の、あたま?
「クリス、ちょっとリアムを預かって。あとブラウとヒジリはどいて」
不満そうに唸るが、ヒジリは大人しく命令に従ってくれた。堰き止められた血が左半身に流れて、血行がよくなる。皮膚の表面が痒い気がした。ぽりぽり腕を掻きながら身を起こせば、駆け寄ったノアが支えてくれる。
本当に面倒見のいいオカンだ。
「ありがと、ノア」
安全のためにクリスがリアムを背に庇う。この国一番の権力者の足元に、得体の知れないタコが出現すれば、騎士として当然の対応だった。床に生えたタコの正体はまだ不明だが、ぴくりとも動かないのが気になる。
「動かしても平気か?」
『もう動かないから全然大丈夫。僕は優秀な猫だから、ちゃんと飼い主に獲物をプレゼントするわけさ』
ジト目になってしまう。確か猫が飼い主に獲物を運んでくるのは、異性への求愛行動じゃなければ……「このどんくさい飼い主に獲物を与えてやらないと、食事もできないんだろ? しょうがねえな、オレに任しとけよ」という意味だと聞いた。
今回は絶対に後者だ。にやりと口元を笑みに歪めながら、こちらを見るブラウの顔が意地悪く見えるのは、オレの気持ちの持ちようか? いや、たぶん実際そんな笑い顔だと思うわけだ。ぐいんと口に手を突っ込んで両側に引っ張ってやった。
「これ、外に出して」
『主、卒倒したりしない? そんなことになったら、僕が怒られるじゃん』
ヒジリやコウコに怒られる。上手に後半を濁したブラウに「問題ない」と当てにならない約束をした。正直、見てみなきゃ判断できない。卒倒なんてしたくてするもんじゃないからな。悪代官みたいな顔をしてたと思うが、合図がわりにオレは顎でしゃくってやった。
ベッドから飛び降りたブラウが元の大きさに戻り、タコの少し下へ手を入れる。何かを爪に引っかけて引きずり出した。次の瞬間、部屋の中は阿鼻叫喚の騒動となった。
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