10.保護者達の眠れぬ夜(1)
「レイルでもいいけど」
1人蚊帳の外で安心している男にも、ちゃんと爆撃しておく。涼しい顔をしていた情報屋は一気に青ざめた。
「冗談! 金積まれてもお断り」
ひらひら手を振って立ち上がると、レイルはオレの頭をぐりぐり撫でて顔を覗き込む。視線を合わせれば、薄い水色の瞳が興味深そうに細められた。
「まあ、何かあればオレの名を出せ。頼っていいぞ」
破格の条件――なのか?
驚きに目を瞠るジャックからシフェルまで男性陣を順番に確認する。あまりの事態に飲みかけのコーヒーを零すライアンや、口元を押さえるクリスに至るまで……全員が驚愕を露にしていた。
つまり、それだけ普段のレイルは冷淡なのだろう。
あの薄氷色の瞳が示すとおり、とても冷たく他人を突き放す様は想像に難くない。そのくせお人好しなのは間違いなかった。何しろ丸腰の子供に自分の予備の銃を貸してくれたのだから。
持ち逃げされるならともかく、自分に銃口を向けられる可能性を考えたらお人好し過ぎるだろう。
彼は身内と判断した者に優しく、逆に他人を徹底的に排除するタイプだ。そして出会ったばかりのオレの何かが気に入って、身内認定したことに皆は驚いている。
暴走したオレに殺されかけたってのに――?
「うーん、いいの?」
少し唸って首を傾げる。そんなオレの子供じみた仕草に大笑いして、ぐしゃりと白金の髪を乱した。
「お前が見た目どおりじゃないってのは、とっくに知ってるさ。遠慮するな」
それだけ言うと、まだ笑いに肩を震わせながら部屋を出て行った。
「あの人、変わってるな」
呟いたオレに全員が否定なく同意の頷きを寄越す。そして……。
「あっ! 逃げられたっ!?」
レイルが体よく逃げたことに気付いたジャックの叫びで、ノア達が頭を抱える。拝謁の付き添い候補だったレイルが消えたため、残る4人からの選出が決定した。
……やるな、レイル。
心の中で呟いて、騒動の中心であり逃げられないオレは、目の前でじゃんけんを始める保護者たちを見守った。押し付けあう姿に多少、眼差しが生温くなるのは許してほしい。
つうか……貧乏くじ引くのはジャックだろうな。
オレの予想は的中し、数分後、ジャックの付き添いが決定した。
ダーン!!
激しい爆発音に、叩き起こされる。
昼間しっかり寝た――というか、気絶していた――ので、拝謁付き添い決定戦を熱く繰り広げた彼らと夕食をとった後もなかなか寝付けずにいた。
ようやくうとうとしてきたところで、この爆発音だ。
しっかり目が覚めた。
慌てて飛び起きたジャックが枕もとの銃を手に周囲を窺い、ノアが部屋の外を覗く。ライアンはノアの後ろからライフルで援護体勢を整え、サシャが予備の銃をオレに放って寄越した。
「いけるか?」
サシャの確認に、無言で頷いて銃を確認する。上着に袖を通した後、受け取った銃の安全装置を解除した。前回『赤魔』……じゃなかった、レイルに借りた小型銃と違い、拳銃タイプだ。
すこし手の中で大きいのが気になるが、握り込むことは出来た。
「平気」
頷いて小声で返す。サシャの手招きに近づけば、ざらざらと銃弾を渡された。ほぼ空砲に近い弾のため、火薬は入っているが弾頭はない。単体での殺傷能力はゼロだった。
最初に落とされた戦場で覚えたのは、魔力を込めて撃つこと。
ジャック曰く『銃弾に向けて『死ねぇ!!!』って全力で願いを込めて撃て』だそうだ。よくわからないが、事実、それで他国の奴を撃ち抜いたのだから正しいのだろう。
魔力やら気配やら、とにかく人のいる場所を探知しやすくなった異世界のオレは、当然その能力をフル活用する。原理は分からないが、確かに気配のような曖昧な何かを感じた。
たくさん走り回っていて、正確な位置や距離が掴みづらい。
使える能力かと思ったけど、戦場や混乱した場所では役立たず決定だ。真剣に位置を探っていたら、酔ったみたいで気持ち悪くなった。
「敵襲だ!」
シンカーの市場がある南側から敵襲があったらしい。逃げてきた別の部隊から説明を聞いたノアの端的な一言に、一斉に銃の安全装置が外される音が響いた。
深夜の屋外は真っ暗で、どうやら月明かりは期待できそうにない。少し目を凝らせば、なんとか人影は判別できた。
「俺が特攻するから、ノアはキヨと組め。ライアンは狙撃に合流、サシャは後ろを頼む」
慣れた様子でジャックが役割を分担していく。頷いたライアンがすっと暗闇に姿を消した。狙撃する連中が集まる場所といえば、どこか高台だろう。担いだライフルとは別に銃を構え、ライアンが走っていく。
「キヨは初心者だから、あとで魔力の制御をきちんと教えなくちゃな」
苦笑したジャックが肩を竦めた。本当ならシンカーの市場から帰ったら一通り、魔力制御を教えるつもりだったが……あの誘拐騒動と暴走で後回しにされたのだ。
頷いたオレの白金の髪を撫でたジャックが先に戦場へ飛び込んだ。援護に回りながら、建物の影から銃口を向けて警戒する。
「ノア、オレらはどこ行くんだ?」
素直に疑問を口にすれば、ノアが「本部を守る契約だ」と答えた。彼らは傭兵だから、契約に基づいて守る場所が決まっているらしい。
素直に後ろをついて走りながら、思ったより足が速い自分に気付く。かつてはクラス36人中後ろから10番くらいだったんだけど……ジャック達と走っても付いていけた。しかも息も切れない。
「……すごい」
自画自賛している途中、ふと視線を感じて左側に銃口を向ける。人影が見え……一瞬で判断した。
敵だ――『死ねぇ!!』と渾身の念を込めて引き金を引く。そこに人殺しへの禁忌や罪悪感、躊躇なんてなかった。だって相手の銃口もこちらに向いていて、しかもこのまま撃たれたらオレに命中コースだ。
死にたくなければ殺すしかない。
遠慮したら死体になるのは自分なのだから。
パンっ!
軽い銃音の直後、ノアが左側を振り向いた。どうやら殺気を感じたのが今らしい。これじゃ殺されてから気付くタイミングだ。
「片付けたぞ」
戦闘状態になると、過去の口調がちらほら覗く。逆に平時は子供返りしたように、幼い口調になった。使い分けているつもりはないが、いつの間にか馴染んでいる。
「さすがだ」
ノアの褒め言葉に口角を持ち上げた笑みで応じて、一度だけ手をぱちんと合わせた。サバゲーをしていた仲間とのやり取りを思い出す。いつも組んでいたメンバーとも、こんな感じのコミュニケーションを取れていた。
引きこもり寸前だったくせに、サバゲーの仲間とは普通に話していたのだ。……あいつら、元気だろうか。オレの死がトラウマになっていないことを祈る。
戦場となった宿舎周辺を走りながら、オレは過去に思いを馳せた。