115.法律を守る側ではなく作る側でした
屋外に勝手に作った平らな地面とドーム、その中での宴会状況を根掘り葉掘り聞かれながらお茶を飲んだオレは、リアムと一緒に図書室にいた。法律関係の書物を積み上げて、片っ端から頭に流し込んでいく。
意外だろうが暗記は得意だ。一度読んだ本の内容も結構覚えてるので、記憶力は高い方だと思う。ただ……やる気がないだけ。実は高校入るくらいまで暗記能力のみで切り抜けたオレだが、高校生の後半から応用力を求められるようになる。そこで脱落したわけだ。
暗記というメッキを重ねたオレの知識は、応用が利かなくて役立たなかった。実際社会に出たら基本も大事だが、応用力やコミュ力で切り抜けるものだ。そういう意味で、社会に馴染めなかったかも。
「セイは読むのが早い」
感心した様子で呟くリアムだが、図書館なのにお茶を持ち込んでいいのか? この宮殿の本がすべて皇族の物だとしたら、本人が許可したら許されるのかも知れない。管理人が嫌そうな顔を……してなかった。うん、皇帝陛下に逆らわないのは賢い選択だ。
個人的に本を読むときは紅茶より珈琲派のオレだが、今のところリアムは紅茶派らしい。綺麗に透き通った砂糖菓子を摘まみ、彼女は隣でときどき解説してくれた。
「この法律は新しいものだ。こちらより後に出来たから、前の法律は上書きされる」
「なるほど。新しい法律優先ね」
その理論で行くと、最新の法律書を読まないと知識が古くて使えないな。唸りながら、古くてボロボロの表紙が崩れそうな書物を避け、新しい革張りの本を手に取った。
「ところで、何を調べている?」
「今さらだけど、孤児院作るにあたって必要な知識を詰め込んでる」
「なぜだ」
疑問ですらないリアムの声に顔をあげ、小首をかしげる。オレとしては彼女が賛同しない理由がわからない。だって、必要な知識を覚えるんだぞ?
孤児院を作ってもいいって言ったじゃないか。
互いに無言で見つめ合い、かしげていた首を元に戻す。たくさんの叙勲やら表彰をして忙しかったから、頼みごとが記憶から抜けてるのかも。きっと悪気はないと思いながら、素直にもう一度願いを口にした。
「だって、孤児院作っていいんだろ?」
「ああ、許可は出すが……それと法律知識の必要性がつながらない」
どうも根本的な部分がズレてる気がしてきた。異世界だからなのか、引きこもりだったオレが世間知らずだったから?
目の前に用意された紅茶を一口飲むと、いつもと香りが違った。甘酸っぱい香りがするのに、味は酸っぱさを感じない。でも匂いだけで口の中に唾液が溜まる。梅干を口に入れる前に匂いだけ嗅ぐと唾液が出る、あの感じだ。
そういや梅干しも食べたいな……日の丸弁当。この世界にはなさそうだけど。
「この世界で新しい施設を作るとき、現行法を調べて適用しないのか?」
前世界で言うなら、建物の耐震基準やら建築基準法、土地の利用制限とか……大量の法律があった。さらに施設の運営に関しても役所の許可がいるんだろう。それらを調べないと困る。
「前例がない施設を望むのだから、施設が出来てから必要な法を作ればよい」
あ、これ世界の違いじゃなくて、育ちの違いだった。ようやくすれ違う会話の根本がわかる。オレは庶民だから『偉い人が作った法律を守る側』だったけど、彼女は『必要な法律を制定する側』なんだ。そこの考え方が違うから、話はどこまでも平行線だった。
「うん、話が噛み合わない理由がわかったぞ。作られた法律に従う立場だったんだよね、オレ。でもリアムは国民や貴族の意見を聞いて法律を作る人だから、必要なら作ったり直せばいいと考えるんだ」
「なるほど……その違いは気づかなかった」
彼女にとっての常識と、オレが知ってる感覚の違いはこれからも出てくるだろう。そのたびに、こうして互いに話を詰めて擦り合わせる作業は、あと何回ある? 面倒だと思うより、楽しみだと考えることにした。
リアムの考え方は大きくて広い視野を持ってる。局地的に目の前のことを片づけることに長けたオレがいる。両方揃ったら、世界はどこまで優しくなるのか。試してみたくなるじゃないか!
「毎回、あれ? と思ったら、こうやって話を合わせてみようぜ。違った視点で物が見れるの、楽しみだね」
気づかなかったことに表情を曇らせたリアムは、心の中で自分を責めてそうだ。そんな必要はないと明るく笑って「楽しみ」と口にする。きょとんとした後、彼女はにっこり笑った。
うん、やっぱり美人さんは笑顔が似合う。
「調べなくていいなら、法関連は後にする。孤児院を作るために必要な物を揃えるから手を貸して」
「もちろんだ。これは英雄殿への褒美だからな」
皇帝らしい物言いに、くすくす笑いながら「光栄です、陛下」と返してみる。指を絡めて手を繋ぎ、空いた左手でメモを取り始めた。
「まず、土地。孤児院の建物、職員もいるか」
「その辺は宰相の担当だな」
「ウルスラさんだっけ? じゃあ、あとで相談するよ。風呂や食堂の打ち合わせもしたいから」
税金で建てる孤児院だから、宰相であるローゼンダール女侯爵が絡んでくるのは納得だ。彼女ならしっかりしてるから、オレが土地探して詐欺られるより安全だろう。いや、土地買うときはレイルに仲介頼むつもりだったぞ。自衛策のひとつだ。多少情報料を払っても、安全優先だから。
メモした内容の隣にカッコを書いて、ウルスラさんの名前を追加する。
「次は孤児用のベッドとかの家具、服、食器、細々した雑貨か」
女の子がいれば櫛だったり、様々な小物がいる。歯磨きの道具や掃除もしなきゃいけないか。いくつか書き出してみたが思い浮かばない。起きてからの行動を思い出しながら、タオルなど追加した。
「セイ、孤児の中には孤児院の物を盗む子供もいるだろう。法律はどうする?」
「孤児院の子供が? させないよ」
法律なんていらない。そんなので雁字搦めにしてたら、子供が自由に育たないだろ。家の中で法を振りかざして育てる親はいないから。彼らの家になる場所に、堅苦しい考えを持ち込みたくなかった。
でもこの世界で、孤児は泥棒や犯罪者と同じ感覚だろう。ならば税金を投入する以上、貴族を納得させる言い分が必要だった。あれだ、嘘も方便……使い方が違う?
「盗んだら罰する法を作るより、盗まれないように手を打つのさ」
首をかしげるリアムに説明を始める。
「たとえばそう。服やブラシ、靴に名前を刻むんだよ。それで本人達に与える」
「持ち帰ってしまうだろう」
「うーん。これは説明が難しいかな。彼らは自分の持ち物がない状態で、お腹が空いて、寒い場所で寝てたわけ。自分だけの名前が入った服は嬉しいから大切にするだろ? しかもその施設に留まれば、ご飯が食べられて、温かくて柔らかい布団で寝られる――外の冷たい世界に戻りたいか? 盗んで持ち出してもすぐに売ってなくなっちゃうのに?」
リアムは自分が知る事例に置き換えて理解しようとする。何も持たない状況で、物をもらったら持って逃げる。それが当然なのに、違うと言われて混乱している様子だった。
「ここにネックレスがあるとして、オレはリアムのプレゼントだから大切にして身につける。もし失くしたら必死で探す。でも知らない人にもらったら? きっと身につけないし、失くしても気づかないと思うぞ」
別の例えで話をすると、唸っていたリアムがぽんと手を叩いた。基本的に頭の回転はオレより全然上なので、理解する切っ掛けがあれば足りる。
性善説と性悪説、どちらを支持するかって違いなんだ。
「わかった。つまり自分の居場所を守ろうとして、盗みをやめるのだな?」
「うん。盗んで追い出されたら次はない。でも大人しく勉強して施設で生活したら、食事も寝る場所も服も貰えるんだ。どっちを選ぶのが得か、すぐにわかるはずだ」
リアムと意見交換すると、自分が賢い気がする。でもこれは異世界のチート知識で、いわゆるカンニングで、試験に出る内容を前日に知ってたのと同じだった。だから理解の早いリアムを素直に凄いと感じる。
「盗んだら、この施設への出入りは禁止とする――この一言だけでいいんだ」
「法で縛るより、ずっと拘束力が高そうだ」
くすくす笑うリアムの呟きに、腹黒さを見抜かれた気がしてオレは笑って誤魔化した。
いつもお読みいただき、ありがとうございます(o´-ω-)o)ペコッ
感想やコメント、評価をいただけると飛び上がって喜びます!
☆・゜:*(人´ω`*)。。☆




