114.よく味わい、残さず、お代わり自由
全員の前に料理が並んだところで、ノアに指摘されて気づいた。
「キヨ、ずっと醤油とハーブ塩連れて歩いてるぞ」
「あ、本当だ。やべっ」
魔法はイメージなんだが、後ろをついてくるトランクケースを思い浮かべながら調味料の入れ物に使ったら、本当についてくるようになった。すごく便利なのだが、時々後ろの調味料をしまい忘れてしまう。ペットのように後ろをペンやら調味料やら、何かの入れ物がついて歩く姿は戦時中から傭兵達の娯楽だった。
知らない間に賭けの対象にされたくらいだ。「次は何を連れ歩くか?」ってやつ……ちなみに、ノアは結構当てるらしい。先日お礼にとお菓子をもらった。これって賄賂じゃね? まあ貰うけど。
調味料を収納口へ放り込み、驚いているシフェルの向かいに座る。当然ながら、隣は可愛いお嫁様予定のリアムが陣取った。粗末な木製テーブルに白い新品シーツを代用したテーブルクロスなので、場違い感が半端じゃない。
「ちょっと食事の挨拶が長いから、付き合ってね」
先にお断りを入れておく。よくわからないリアムは首をかしげるが、素直に頷いた。こういうところは育ちの良さがにじみ出てる。湯気の立つ料理を前に「待て」させるオレを許してくれ。
ベンチタイプの硬い椅子から下りて、行儀が悪いが上に足で立った。ちゃんと靴は脱いだので、そこは見逃して欲しい。身長が足りないのだ。ガタイが大きい傭兵達が座っても、立ってるオレの頭がちょこんと覗く程度なのが悔しい。絶対に大きくなって見返してやると決意しながら、いつ通りの挨拶を始めた。
「はい! 注目!! 今日はローストビーフもどきとタレ焼肉、肉と海鮮のスープ、チーズトーストです。スープにつけようと肉を乗せようとパンの食べ方は自由。直接かぶりつかないで、手で千切って食べる。口を閉じられない程頬張らない。口の中に食べ物があるときは話さないこと! ナイフとフォークは先日教えた通りに使う! あと、一番大事なこと――よく味わって食え、残すな! お代わり自由」
「「「「「よく味わう、残さない、お代わり自由」」」」」
繰り返される唱和の声に頷き、オレは拳を振り上げた。
「では、いただきます!!」
「「「「「いただきます」」」」」
ここからは食堂が戦場だった。我先にと料理をかっこみ、すごい勢いで鍋や大皿の前に並ぶ傭兵達。ざわざわと騒々しいが、無駄なおしゃべりはない。なぜなら食べる速度が落ちて、欲しい物をGETできなくなるからだ。
埃が舞いそうな騒々しさに慣れているので、オレは椅子から下りて靴を履いた。
「今の挨拶は毎回なのか?」
「うん。こいつらは孤児ばっかりだから、躾してくれる親がいなかったじゃん。食べ方を知らなくて頬張るから、きちんと教えようと思って。それより味はどう? 口に合いそう?」
驚いた顔のリアムが場に似合わぬ優雅な所作で薔薇色の薄肉を切り分け、口に運ぶ。驚いたように目を瞠り、向かいのシフェルに勧め始めた。
「この肉はすごい。初めて食べる味だ」
「そうですか? では……確かに、素晴らしい火加減ですね。ソースも馴染んだ味より深い気がします」
シフェル絶賛のローストビーフは、足元で食べるコウコの尽力なしでは完成しない。肉を見守る役も当然大切だが、火加減担当はもっと大切だった。ソースも醤油があまり馴染ないから、シフェルには複雑な味に感じるのだろう。
「うん。コウコが得意だから、全面的に任せてる。信頼できるんだよ」
料理にかけて褒めた言葉に、ミニチュア龍が照れたように『主人ったら』と身をくねらせる。当初は蛇にしか見えなかったが、よく見れば爪やら手があって龍としての形が整っていた。いつか龍玉を持たせてみたい。
嬉しそうな顔をしたリアムが、そっとチーズトーストを千切って赤龍に差しだした。
「聖獣殿、こちらはいかがか?」
『いただくわ』
相手が人間だと遠慮のないコウコがぱくりと食べる。自らの手から聖獣に餌……げふん、表現を間違えた……食事を与えたことで、リアムは感動したらしい。ちなみに黒豹はローストビーフの洋わさびが苦手なようで、皿の端に残してあった。
『主様、薄肉が食べたいです』
「追加やるぞ」
実は多めに焼いた肉を収納して保管しているが、それとは別にオレ達のテーブルだけ中皿に乗せたお代わりが置いてある。あの傭兵が集るカウンターテーブルから、リアムやシフェルに追加を取ってこいというのは気の毒だと考えた苦肉の策だった。
2~3枚を乗せてやると、白いチビドラゴンはもぐもぐと両手で持って食べ始めた。なんだろう、リスやハムスターに似てるな。小動物特有の可愛さがある。
『主ぃ、これ伸びるぅ』
お前の語尾もいつも伸びてるから丁度いいだろ。そんな文句を言いながら、チーズの糸に絡まったブラウの顔をタオルで拭いてやった。毎度のことだが、食事のたびに忙しいのは聖獣のせいだと思う。獣姿だからしょうがないが、マナー云々以前の問題だった。
「キヨが世話を焼いているのは意外ですね」
誰かにやらせると思ってたらしいが、聖獣達が言うことを聞くのは主であるオレだけ。いきなり顔をタオルで拭いたりしたら、絶対マジ噛みされるぞ。光栄とか言う間もなくあの世行きだ。わかってて任せられるわけがなかった。
「どちらかと言えば世話を焼かれる方に見える」
リアムにもそう見えるのか。確かにノアやジャックには面倒かけてる自覚あるけど、オレだってやればできる子だぞ。もぐもぐと口の中のチーズトーストを噛み続ける。
自分が言い出したルールなので、食べ物が口に入ってる時は話さない。ごくんと飲み込んでからようやく反論を始めた。
「普段はいいんだよ。オレがボスだもん、面倒見るのはあいつらの仕事も兼ねてるから。でもペットの世話は飼い主の責任だろ」
『ペットではありませぬぞ、主殿』
「わかってるって。ペットは火起こし手伝ったり、オレを守って戦ったりしないもんな。ヒジリなんて食事用の狩猟まで担当してくれて、本当に頼りになる」
偉い偉いと撫でれば、あっさり黒豹が陥落した。おまえ、ちょろいぞ? 再びペット呼ばわりされたことに気づかなかったらしい。ご機嫌で尻尾を振りながら、照れたように顔を洗い始めた。
いつものやり取りなので、周囲は気にせずお代わり! 一時期、聖獣の存在にびくびくしてたのが嘘のように馴染んでしまった。
「随分と自由で、楽しそうだ」
羨ましそうなリアムの呟きに、シフェルは無言だった。一人で取る食事が味気ないと悲しそうな顔をする皇帝の姿を知っている。それでも毒殺未遂や身分の差が邪魔をして、彼女と一緒に食事を摂れる人間は限られた。
家族である皇族同士ならば同じテーブルを囲めたのだが……それすらリアムには望めなかった。彼女の血縁者は途絶えてしまったのだから。
「うん。出来るだけ一緒に食べるようにするけど、たまにはこっちに来て食べたら? シフェルが忙しいならクリスや別の騎士を連れて来ればいいじゃん」
簡単そうに難しいことを提案する。希望を持たせる発言をした裏には、今のシフェルが断りづらい状況を利用するオレの狡さも滲んでいた。なんだかんだシフェルはリアムに甘い。
「……たまになら、よいか?」
上目づかいで尋ねるリアムの遠慮がちな声が震える。断られることを怖がってるみたいだけど、言わせてもらおう。その上目遣いと潤んだ青瞳、何より可愛い赤い唇からのお強請りに逆らえる奴は男じゃない!!
「わかりました。護衛は必ず近衛騎士2名以上、キヨがいないときは諦める。料理の毒見と送迎はキヨの責任です。構いませんね」
なんかオレの負担が大きいけど、ここは彼女の願いを叶えるのが恋人ってもんでしょう。
「「わかった」」
リアムと声を揃えて頷き、再び食事に手を付けた。
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