113.調理場はオレの戦場だ
男所帯の大掃除は、ノア臨時司令官(仮)指揮下、きっちり行われていた。わざわざ遠回りして時間稼ぎした甲斐があるというものだ。
「お疲れさん」
ぐったりしている傭兵達の肩を叩いて労いながら、食堂の奥へ進む。邪魔だからと扉を外した入り口は、オレの意見で暖簾が掛けられている。ちなみに、この世界に暖簾はなかった。味噌や醤油があるのに、誰か伝えなかったのか?
「これは何だ?」
興味津々の皇帝陛下に説明する。指先で摘んだ布に切れ目が入っているのを、不思議そうに眺めている。首かしげる仕草がやたら可愛いぞ、このやろう。惚れた欲目ってやつか、リアムの行動が可愛いフィルター掛かっちゃう病だ。
「暖簾だよ、こうしておけば面倒な扉の開け閉めなしで、潜れるだろう? 料理を運ぶときに扉だと不便だけど、作ってる場所が丸見えになるのは嫌だし、埃除けにもなるし。オレのいた世界では一般家庭にもあったぞ」
「なるほど、合理的だ」
感心しながら、布の厚みなどを確認している。近い将来、あの豪華な宮殿内に暖簾が垂れ下がってるかもしれない。
「公式な場所じゃなければ、これで目隠しの用は足りるじゃん」
予備に作った暖簾を収納空間から引っ張りだし、リアムの手に置いた。真ん中に切れ目を入れて、上に輪っかをつけただけの布だが、彼女は喜んでくれる。
もらった爵位のお返しがコレで申し訳ない。
「ありがとう、セイ。浴室に使おうと思う」
「うーん、出来るなら浴室はがっちり鍵のかかる扉にしてもらいたいんだけど」
「なぜだ?」
「泊まりに行けなくなっちゃうだろ」
「どうして?」
なぜ、どうしてと尋ねるリアムに悪気はない。そして周囲で口笛を吹いて囃し立てる傭兵達のニヤついた顔も、たぶん悪意はない。性別は確実に誤解されてるから、勘違いされてるけど。
「陛下、浴室の扉の交換は認められません」
後ろからシフェルがきっちり釘を刺した。お目付役は、オレの危惧した状況が理解できた様子。むっと唇を尖らせたリアムだが、素直に引き下がる。
「わかった。ならば衣装部屋への続き扉と交換する」
「そのくらいなら……平気、かな?」
衣装部屋といっても、いきなり下着が見えるわけじゃないから。頷いたオレに続いて、後ろのシフェルも許可を出す。しかし仮にも大国の皇帝陛下の私室に、暖簾は庶民的すぎないか?
「オレが料理作ってる間、リアムはシフェルと待っててくれる?」
「やだ」
なぜ即答、しかも幼い感じの言葉遣い。可愛くて何でも許してあげたくなっちゃうだろ。悶えるオレが「でも、調理場は危ないから」と声を絞り出した。萌えすぎて声が震えるのは仕方ない。
「危険なのか?」
調理という作業を、当然ながらリアムは知らないし経験もないはずだ。だから危険という単語と、供される食事の関連性がわからない。脅す気はないが、危険性を説明した方がよさそうだった。
世間知らずのお嫁さんも可愛いが、ある程度の常識は教えておいた方がいい。
「調理すると、まず包丁を使う。刃物だから手を切る可能性があるだろ? あと焼いたり煮たりするから火傷の心配もある。リアムは慣れてないから、余計に危ないと思うぞ」
「キヨがまともな説明してるぞ」
「ほら、皇帝陛下の愛人候補なんだろ?」
傭兵達の発言に、眉をひそめた。なぜオレが愛人なんだ? リアムの性別誤解してるのは構わないから、恋人がよかった。とにかく、オレが調理場にいる間に余計な話を吹き込まないように釘を刺す。
「違うから! お前ら勝手なこと言ってると、給料カットするぞ」
「横暴だ!」
「ひどいぞ、ボス」
「ボスだからいいんだ」
きっぱり言い渡すと、冗談だと気づいた傭兵達が苦笑いして口をつぐんだ。こういう察しの良さは彼らの武器のひとつなんだろう。空気を読む能力は本当に高い。日本人的に好感度高いぞ。
「キヨ、私は陛下とここで待ちます」
「そうしてくれると助かる。うちの調理場は、風魔法やら火魔法が飛び交う戦場だからな〜」
呟いて暖簾をくぐると、ノアがすでに野菜のカットを始めていた。隣でサシャが鍋に水を満たす。全員、魔法を駆使しているのは、オレの指導の賜物だった。
だって魔法で水作れるくせに、鍋の水を汲みにこうとするんだぜ? 魔力酔いの心配があるのかと尋ねれば、それはないらしい。さすがに鍋に水作るくらいで魔力枯渇する奴はいなかった。最初から魔力ない奴は、別の手伝いを頼めばいい。
この世界には魔法があって、魔力も持ってくるのに使い方がおかしい。戦闘時に特化して使うのは、まあ戦時中だから理解できるが……日常生活にほとんど使わないのだ。
オレが見ていた中で彼らが使う日常魔法は、収納のみ。水を作ったり、火を点けたり、風で食材を刻むのは、すべて手作業だった。
やってみせれば真似するんだから、出来ないわけじゃない。単に思いつかなかっただけ。別世界から何人も来てる異世界人、仕事しろ! 魔法がある世界から来ても、オレみたいに魔法がない世界から来ても、誰かが指摘するべき問題だ。
「戦場とはどういう意味でしょうか」
興味半分でリアムと一緒に暖簾の陰から覗くシフェルが絶句した。
そう、コイツもきっと魔法は戦場でだけ使う派だろう。しかし魔法とは日常を便利に出来るアイテムで、しかも公害が発生しないし安上がりときた。国の成長産業として魔法が据えられててもいいと思うぞ。
風魔法で切られた野菜をそのまま鍋に投入。肉も同じように空を飛んでいき、鍋の上で一口大にカットされて沈んでいく。調味料のハーブ塩と醤油を連れた……誤字じゃないぞ……オレが中を覗いて煮え具合を確認した。
「味付けはもう少し後かな。あ、肉が固くなるから弱火にして」
『わかったわ。リヒト、調整して』
火の番はコウコ様様だ。彼女が一番調整が上手だった。そして現在、数人の火魔法の使い手が彼女に弟子入りしている。
「はい、このくらいですか」
『もう少し火力を絞って』
リヒトは一番素質があるらしく、微調整は抜群だ。今日も弱火担当として頑張ってくれてる。ぐつぐつ大きな泡が出ていた鍋の表面は、水面が揺れる程度に収まっていた。
「うん、上手になったな。リヒト」
「ありがとう、キヨ」
嬉しそうに、額の汗を拭う。やっぱり調整は疲れるらしい。そんなオレ達の様子は、この世界で見慣れた調理場の風景とかけ離れていた。
肉を焼く鉄板の前では、真剣に肉を睨む奴が1人。彼に任せたのは肉の内部の温度が60度という火加減だ。前の世界で観たテレビの受け売りだが、ローストビーフを試してもらっている。あの柔らかな半生の薔薇色の肉がもう一度食べたい。
塊肉を睨む男の隣で、別の鉄板で豪快に焼き肉を始める奴もいた。ユハに頼んだのはタレにバラ肉を漬ける作業だ。しっかり味の染みた肉を豪快に焼いていく。醤油のいい香りが漂う調理場に、誰かの腹の音が響いた。
「タレ付き焼肉、ローストビーフ、スープ、パン……チーズがあったな~乗せて焼いちゃうか」
メニューを検討しながら、空いているかまどの前に立つ。
「コウコ、火」
『主人、たまには自分でやりなさいよ』
苦言を呈するフリをするが、ミニチュア龍はくねくねと身体を捩って嬉しそうだ。ツンデレ系なのか? 頼られるといつも浮き浮きして手を貸してくれる。だから文句を言われても気にならないのだ。
「コウコがいるのに、オレが火をつける必要ないじゃん」
『あらやだ、口の上手い主人だこと』
火力が違うコウコの魔法で、あっという間に強火が入ったかまどに鉄板を置く。収納口から取り出した大きなチーズの塊を、鉄板に乗せようとして動きを止めた。
「ブラウ、手伝う気ある?」
『もちろん! 食事のためだから』
なにその、あなたのためだから的な口調。まあいいけど……変な知識ばかり覚えてくる奴だ。もしかして時折姿を消すのは、前世界を覗いてるからか? 魔法使い映画の最終話の結末だけでも、いつか教えてくれると嬉しい。
「このチーズを削ってくれ。細かい方がいいけど、このくらい」
手持ちのナイフで削ってみせると、青猫は簡単そうに真似をした。そこは腐っても聖獣様。あっさりとオレの要求通りのサイズにカットしていく。厚みも申し分ない。熱した鉄板の上は、泡を吹く溶けたチーズの海と化した。
「チーズフォンデュと洒落込みたいが、残念ながら器と火力の問題があるんだよな」
なんとか真似事は出来そうだ。煮詰まりそうなチーズに、先日の酒を少し足して伸ばす。ある程度混ざったところに、バケットタイプのパンを取り出した。戦用に焼いてもらった物だが、これをスッパンスッパン切って、鉄板の熱いチーズの上に並べる。
おわかりいただけただろうか?
チーズトーストだ! チーズフォンデュが無理ならトーストでいいじゃない! 昔のどこぞの王妃様の言葉みたいだが、まあいいだろう。チーズが焦げる匂いに釣られて、数人が調理場に足を踏み入れた。
「よし、そこの奴! ジークの班の奴だよな? 立ってる奴は親でも使えというから、皿に乗せたパンを運んでくれ」
こちらでは通用しない諺や言い回しを連発するオレに慣れているので、大して気にせず「わかった」と皿に取り分けたチーズトーストを運んでいく。別の奴にスープを運ばせ、さらに手ぶらで立っている奴に肉を運ばせた。
「おい、ボス。そろそろ塊の中心が60度だぞ」
魔力の針を刺して温度を確認する方法を教えてやった男から申告に、慌てて駆け寄った。こんがり焼いた表面はかりかりで、中はジューシーなはず。
「薄くスライスして食べる肉だぞ。いいか、すっごく薄く……説明が面倒だからオレが切る」
風魔法を使って、薄くカットした。これまた包丁の切れ味なんて目じゃない。ぺらっぺらに切り分けたオレにジト目の連中の心境はわかってる。
もっと厚く切れ、けち臭い、だろ? でもな、この薄さがキモなんだよ。それから厨房で譲ってもらったデミグラスソースを薄めて、醤油を隠し切れない隠し味にしたタレをかけた。
洋ワサビは幸いにもこの国で普通に使われてたので、分けてもらう。ホールラディッシュとか名前は難しそうだった。見た目は割れた細い大根か、白いワサビって感じだけどな。
擦り下ろす作業も魔法でこなし、上に添える。上品な感じがして、この白はいいアクセントだった。薄切りにしたローストビーフは、きちんと折って並べるのがオレの流儀だ。大量に庭に生えていたクレソンも添えてやろう。
やべっ、今日のメシってば……宮廷料理みたい。
にやにやしながらローストビーフを運んだ。
いつもお読みいただき、ありがとうございます(o´-ω-)o)ペコッ
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