112.勝手に肩書きが増えた
昨夜はリアムの部屋で泊まる約束を反故にしかけ、慌てたレイルに部屋の前に捨てられた。酔ったオレを傭兵達は親切にも、布団で包んで寝かせてくれたのだ。おかげで風邪も引かなかったが、危うく皇帝陛下のお誘いをブッチするところだった。
レイルには後で感謝の歌でも送ってやろう。嫌がらせじゃないぞ? なんなら踊りもつけてやる。
真面目な騎士様が皇帝陛下にお伺いを立ててくれたので、無事部屋に収納された。今にして思えば、オレに酒はまだ早かったな。あと数年は飲むのを控えよう。少なくとも泣いたり暴れたりする酒癖の悪さはなかったのが、不幸中の幸いだ。
オレが魔法使って暴れたら、止められる奴がいないだろう。最悪の事態を招く前に、緊急時ストップボタン役をヒジリに頼む必要がある。
「ヒジリも治してくれたら良かったのに」
『主殿が要らぬと申したではないか』
知らなかった。治癒をオレが断ったんだ? というか、治癒魔法の対象なんだな……二日酔い。
あれ? もしかして朝起きた時点でヒジリに治療してもらえば、二日酔いに苦しまなくて済んだんじゃね? ……あ、無理。リアムの前で黒豹とベロチューとか、完全に罰ゲームだった。
花火が終わったので、リアムにかけた結界を解除する。これは大きな音で驚かさないよう、音を制限する結界だった。いわゆる本物の花火と違って外側の殻がないので、頭上から落ちてくるのは粉や灰くらいだ。
ケガをする心配がないので、音だけ半分ほど遮断しておいた。そのため結界がない傭兵や兵士は驚いたが、音が半分しか聞こえないリアムは無邪気に喜んでいたのだ。
「爆発音がしたぞ!」
「こっちだ」
リアムと手を繋いでニコニコしていたら、兵士が突然飛び込んできた。といっても衛兵や近衛兵らしい。制服がちょっと豪華バージョンで、立ち振る舞いもしっかりしてる。教育された感じが滲み出てた。
「こ、皇帝陛下?!」
慌てて敬礼して壁際に張り付く近衛兵に、リアムは軽く首をかしげた。黒髪がさらりと首筋を滑り、なんとなく色っぽい。可愛いって正義だよな、ずるいくらい美人なリアムの隣で見惚れる。
「どうした?」
直接問いかけるが、困惑した顔で近衛騎士であるシフェルに視線を向ける。
「先ほどの爆発音は、ハナビです。ドラゴン殺しの英雄であるアシュレイ侯爵キヨヒト殿が、異世界の知識として陛下にお見せした際の音ですね。事前通達を出すのが間に合わず、騒がせました」
穏やかにシフェルが説明する。内容は半分ほど合ってるが、半分ほどおかしい。なに? その侯爵の肩書き! オレは貰ってないし、了承してないけど??
口をパクパクさせるが声にならず、抗議する間もなく納得されてしまった。
「いえ。役目ですので失礼いたします」
確認を終えたことで納得した近衛兵が敬礼してUターンする。踵を返すときの身のこなしがカッコいい。あれは真似したいな……現実逃避したオレは溜め息をついて現実に戻ってきた。
異世界人で、二つ名が死神。皇帝陛下の秘密の婚約者になり、ドラゴン殺しの英雄も兼任。肩書きは売るほどあるぞ。
「あのさ、肩書き増えたの? なに、そのダッシュトイレ侯爵って」
「アシュレイ侯爵です。直系は途絶えましたが、名家ですよ」
笑いながらシフェルに訂正される。確かにトイレへダッシュはないわ、うん。
『主殿』
足元にのそりと入り込んだヒジリが立ち上がり、体重をかけてオレに寄りかかる。重いと文句を言おうとした口がべろりと舐められた。慌てて口を閉じるが間に合わず、生臭い舌で散々口を蹂躙される。
「う゛……ヒジリのばかぁ」
治癒で治ったはずの吐き気に襲われる。間違いなく二日酔いじゃなくて、生臭さのせいだからな。目眩や頭痛も含めて、舐められなかった鼻血も収まっている。そこは感謝するが他の治癒方法を考えて欲しかった。
「リアムぅ……」
「仲がいいな。羨ましいぞ」
恋人に助けを求めたら、笑顔でとどめを差される。リアム達この世界の住人にとって、聖獣の噛み痕は誇りらしい。その理論でいけば、聖獣とのベロチューも愛情表現として微笑ましい光景なのかも知れない。オレには罰ゲームだが。
「聖獣様に祝福をもらっていたぞ」
ベロチューは祝福扱いか? コイツ、肉食だから臭いぞ。
「すごいな、聖獣様も初めて見た」
「4匹も契約したらしい」
「なんだと?!」
大騒ぎする兵士達の声を背に受けるオレは、癒しを求めてリアムに抱きついた。しかし手前でシフェルに邪魔され、なぜかシフェルの腕に抱きつく格好になった。
「くそ……馬に蹴られてしね!」
人の恋路を邪魔する奴は蹴られちゃうんだぞ。そんな諺はこの世界で通用しなかった。
「意味は分かりませんが、悪口なのはわかりますよ」
ぐいっと両方の頬を掴まれ、無理やり引っ張られた。
「ぃひゃい〜。はなへぇ!」
「そのまま聞いてくださいね。昨夜、あなたが外で酔っ払っている間に勲章と爵位の授与がありました。今朝起きた時点で、あなたは侯爵家当主です」
びみょーんと伸ばされた頬をなんとか取り戻し、ひりひり痛い頬を両手で覆った。せっかくカミサマに美形にしてもらったのに、残念な顔になって戻らなくなったらどうしてくれる気だ?
「お昼をご一緒しましょうか。その際に説明します」
「あ、今日は無理。オレが食事当番だもん」
右手を上げて無理無理と手を振る。驚いた顔で固まるシフェルを置いて、リアムににっこり笑いかけた。
「リアム、オレが作るけど食べる?」
「うん」
素直でよろしい。手を繋いで歩きかけたオレの襟を、シフェルが掴んだ。身長差があると、こういう時に逃げづらい。じたばたするオレの腕にコウコが絡まってきた。暴れるオレと掴むシフェルを交互に見た後、金色の瞳を細めて尋ねる。
『主人は困ってるの?』
「困ってるけど、焼いたり焦がしたりしなくていい」
いくらシフェルが頑丈そうでも、聖獣に焼かれたらこんがり狐色に焦げそうだ。真っ黒な炭にされても寝覚めが悪い。きっぱり断ると、ひとつ欠伸をしたブラウが『嫌よ嫌よも好きのうち』と誤解を招く言い方をしたので、尻尾を踏んでおいた。
ペットの躾は飼い主の仕事だ。
スノーは影の中から出てこない。虐待だと騒ぐブラウは、黒豹が影に沈めてしまった。何をどうしたのか、青猫は顔を見せない。影の世界の法則はわからないので、放置することにした。
「それで?」
シフェルに視線を向けると、ようやっと床に下ろしてくれた。医務室で騒いでるが、これって迷惑だろう。使う予定の奴が困ってるはずだ。部屋に皇帝と公爵と侯爵がいたら、傷薬をもらいに入るのは勇気がいる。
「私の誘いを断って、傭兵の食事当番ですか? それも陛下を連れて?」
「何が問題なんだ。オレの班は『働かざる者食うべからず』が原則で、指揮官にも食事当番があるぞ。しかもオレの料理は人気があるから、掃除当番は免除してもらった」
どやあ! 胸を張って威張ってしまう。野宿の時から安定の料理番だからな! 斬新な前世界の料理知識と日本人ならではの繊細な味覚を活かした味付けは、おそらく新革命を巻き起こすぞ。
「はぁ……」
「なに間抜けな声出してんだよ。それでリアムの料理をオレが作って、オレが味見……じゃなかった。毒見してから食べさせれば問題ないだろ」
「問題だらけです」
きっぱり否定されてオレは首をかしげた。どこに問題があるんだ? シフェルも一緒に食べたいなら、そう言えば良いのに。
「なんだ、お前も誘って欲しかったのか」
「……違いますが、もういいです。そちらにお伺いします」
おバカを諭すような口調で額を押さえる近衛騎士隊長に、傭兵達がざわめいた。傭兵用官舎の食堂に、皇帝陛下と近衛騎士団長が来る。大急ぎで走り出したのはノアだった。慌てて追いかけるサシャ、ジークムンドも部下の半数に命じて帰した。
「すぐに隅々まで掃除しろ!!」
その号令に、男所帯で散らかりまくった食堂の状況を思い出す。そうだった、誘う前に掃除はマナーでした。
いつもお読みいただき、ありがとうございます(o´-ω-)o)ペコッ
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