111.頭が頭痛で鼻血塗れ
過ぎたるは及ばざるがごとし――そんな言葉が頭の中を踊っていく。ヒジリに抱きこまれて目覚めた部屋で、オレは土下座していた。
「ほんっとうに、ごめん」
土下座の姿勢って、正座から頭をこすりつけるので二日酔いの日には向いてない。腹は圧迫されるし、頭を下げるから血が下がって貧血になりそう。吐き気や頭痛と戦いながら、必死に許しを請うた。唇を尖らせて拗ねる愛らしい婚約者は、まだ許す気にならないらしい。組んだ腕が解かれる様子はない。
「リアム、怒ってる? オレを嫌いになった?」
約束を守らなかったのは自分だ。しょぼんとしながら呟くと、頭上で溜め息がもれた。組んでいた腕を解いたリアムが、目の前にぺたんと座る。いわゆるあれだ。女の子座りってやつ。正座を外側に両足とも崩した形で、お尻が足の間に落ちた……可愛い姿だった。
ただ……本当に偶然だが、顔を上げる途中でスカートの中がちらりと見えてしまった。過去も現在も女性経験ゼロのオレには刺激が強すぎる。
「うっ……」
鼻血を押さえて倒れ込んだ。足元の絨毯はオフホワイトなので、鼻血を落としたら大惨事だ。魔法がある世界だけど「消えろ」って洗えるわけじゃない。鼻を指で摘まんで耐えると、逆流して喉の方へ流れ込んだ。
血液特有のぬるりとした感じが気持ち悪い。直後に吐き気に襲われ、手で口を押えた。
「っ、けほっ」
咳き込んだら血を吐いた。いや……元は鼻血なのだが、鮮やかな赤い血が手を汚す。焦って脱いだシャツに顔を突っ込んだ。白いシャツに鼻血の吐血が垂れる。もう自分でも何を言ってるかわからないが、元は鼻血だった血が吐血して口から出た。
「セイ?! 誰か! 誰か、早く! セイが死んでしまう!!」
いや、鼻血で死んだ奴いないから。そう説明したいのだが、二日酔いの吐き気も手伝って言葉が出ない。その間に廊下から飛び込んだクリスティーンが、悲鳴をあげた。
皇帝陛下の部屋で、上半身裸の少年が血塗れ――確かに悲鳴を上げる案件だろう。
「何がありました?」
妻の悲鳴に駆け付けたシフェルが「何をして……キヨ?」と肩を掴んで上向かせ、突然抱き上げた。部屋着のまま追いかけようとしたリアムを振り返り、きちんと言い聞かせる。
「陛下、着替えをなさってください。医務室までクリスが案内しますから、決してお一人にならないように」
言い含めて、オレを抱き上げたまま足早に廊下に出た。
「伝染病か、毒か」
呟いた騎士のセリフに、オレは肩を震わせた。鼻血ですという答えを思い浮かべた笑いを堪えたのだが、彼には違う意味に捉えられてしまう。
「ひとまず、医務室に隔離ですね」
こうして二日酔いで、嫁候補のパンツ見て鼻血噴いた英雄様は――騎士のお姫様抱っこで医務室へ担ぎ込まれた。
非常に情けないが、ベッドに下されるなり嘔吐して、吐血もどきな鼻血も垂らして、最後に咳き込みながら喉の痛みに涙した。もう顔も手もぐしゃぐしゃだ。
「セイ、が……死んでしまう……ぐすっ」
泣きながら手を握ろうとする恋人の手を避ける。こんな吐しゃ物塗れの手で触れるわけがない。しかし誤解したリアムが涙ぐむにいたり……諦めて好きにさせた。シフェルにめっちゃ睨まれてるけど、お前も同じ立場で嫁に手を握らせるか? 鼻血とゲロ塗れだぞ。
「万能の、浄化魔法……ほしい……うっ……げほっ」
無理して声を出したら咳き込んで、再び嘔吐した。なぜだ、なぜ頭が割れそうなほど頭痛で痛いのだ……これが伝え聞く病『二日酔い』か?
ぐったりとシーツに懐いていると、苦笑いしたシフェルが濡れタオルを渡してくれた。まず汚してしまったリアムの手を拭いて、自分の手と顔を綺麗にしてから鼻をかむ。すこしすっきりした。当然のように触れてくるリアムの手を握って、シーツに倒れ込んだ。
「……意外と紳士ですね」
心底不思議そうに言うな。オレのせいで汚したんだから、最優先で綺麗にする対象は恋人の手に決まってるだろうが……。喉が痛いので文句は声にしない。
「魔力酔いか? 坊ちゃん」
「誰が坊ちゃんだ! ……う゛っ」
げろぉ……まだ吐ける内容物があったことが不思議。医務室の入り口は、兵士やら傭兵が詰めかけて大騒ぎだった。よく見るとシフェル以外の騎士も混じっている。考えてみれば、医務室を一番利用する連中だから噂が広まるのも早いんだろう。
「昨日あれだけ魔力を使ったんだ。ありえるな」
「……ねえよ。ただの二日酔いだ」
兵士のバカにしたような言葉に、ジャックが反論した。ぐっと親指を立てて称えておく。満足そうに彼も親指を立てて返事をしてくれた。出会ってからずっとオトン属性発揮し続ける彼は、オレの理解者であり代弁者を自認している。俺も認めてるので、自他ともに認めるオトンだ。
「はあ? なんでガキが酒飲んでるんだよ」
この世界も子供は酒禁止か? 見た目が12歳だが、中身は24歳だぞ。この野郎――ん? この世界の成人って何歳だっけ。24歳でも成人前と言われたらどうしよう。
「生意気言っても所詮ガキだ」
「言い訳だろ」
むっとしたオレの代わりに、今度はジークムンドが口を挟んだ。
「ボス、なんか魔法見せてやれよ。まだ余力あるだろ」
「ぜんっ、ぜん……余裕」
そう返したものの、魔法と言われて咄嗟に思いつかない。爆発させちゃダメだろうし、水浸しにするわけにもいかない。風も部屋が散らかるから……そうだ!
思いついた魔法を見せびらかすために、リアムをまず結界で包む。それを見たシフェルが顔を引きつらせて自分の回りに結界を張った。何かやらかすと気づかれたが、構わず魔力を練る。
火と風、多少の土魔法を混ぜてよ~く練ってから、窓際に移動した。窓枠から身を乗り出した時、ちょっとゲロが落下したのは許して欲しい。外に誰もいなかったのは確認済みだ。けろっとしたら楽になったので、手のひらに集めた魔力を風で上空まで運んで破裂させた。
パーン!!
鼓膜を揺らす派手な音に、集まった兵士がパニックになる。しかし傭兵連中はオレが何かやらかすことに慣れていた。別の窓から外を見て「綺麗だな」とのんびり感想を口にする余裕がある。外で爆発する分には建物に被害もないし、見た目も美しい。
「まだ出来るぞ」
パン! ドン!
再び派手な音をさせて、花火が空に散った。うーん、これは朝より夜に見たい景色だな。
「すごいぞ! セイ。これは何という魔法だ?」
目を輝かせるリアムを特等席にご案内し、土魔法で窓の外の吐しゃ物を隠しておいた。せっかく美しい花火に感動しているのだ。これは最低限の気遣いだろう。
水魔法で作った水で口を濯ぎ、ほっと一息つく。鼻血でごわごわする口元や鼻を丁寧に洗ってから、新しく着せられたシャツの袖で拭こうとしたら、後ろからタオルで顔を拭かれた。
「うっ、ぷ……ぅ」
「ほら、キヨ。後は自分で拭け」
ノアだ。オカン登場である。残った水分も拭いてから、リアムに向き直った。
「まだ作れるよ。オレの世界では『花火』って呼んでた。火薬を土から集めて金属の粉を足して色をつけてから、水分を蒸発させて爆発させるんだ」
「よくわからないが、とても綺麗だ」
「これで、昨日の夜の不作法は許して」
両手を合わせてお願いしたら、くすくす笑い出したリアムが「製法を公開してくれるなら」と条件付きで許してくれた。火薬の成分は適当だったし、混ぜた金属の粉も目分量だったが、製法を公開すれば誰かが研究して突き詰めてくれるだろう。
「よかった、許してくれて」
ほっとしたオレに、リアムはこてりと首をかしげた。
「今のハナビとやらの製法と引き換えにするには、望みが小さいぞ」
「いや、オレにはリアムのご機嫌の方が重要事項です」
きっちり訂正するオレの後ろから傭兵達が揶揄う声が聞こえた。
「ったく、ボスはタラシだな」
「しょうがないだろ。何しろ最愛の皇帝陛下様だ」
「やっぱ男好きなのか」
最後の奴だけは鉄拳制裁しておいたが、それ以外は甘んじて受け止めた。
いつもお読みいただき、ありがとうございます(o´-ω-)o)ペコッ
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