106.結界に魔法陣なんて使うの?
「ちょ……マジ怖いんだけど」
結界の実験は構わない。森の若木に結界を張ったときのように、何かに張るのだと思った。まさか自分自身に張る羽目になるとは……。
「大丈夫ですよ。当たらないのでしょう?」
いい笑顔を見せるシフェルだが、もしかしてオレを暗殺しようとしてないか? 事故に見せかけて殺す気だろ、殺気を向けるな! 逃げるオレの足元や背中に銃弾が飛んできた。
「動く的だとやる気が出て撃ちやすいですね」
そういや、訓練の時もそんなこと口にしてたな。恐ろしいにも程がある。
以前と同じ訓練場を逃げ回っているが……よく考えたら別に逃げる必要はなかった。気づいて立ち止まると、シフェルが残念そうな顔をする。どれだけ狩り気分だったんだ? ただの実験だろうが!
「……楽しんでないか?」
「いいえ、これは実験ですから」
信じられない建前を振りかざした男を睨みつける。顔がいいからってすべて許されると思うなよ。射撃の音に反応した傭兵達が周囲を取り囲んだので、逃げられる範囲が狭くなった。お前ら、敵なのか味方なのかはっきりしろ。
逃げ道を塞ぐ彼らが巻き添えを食わぬよう、人影が少ない方向へ移動する。
飛んできた銃弾がカチンと硬い音を立てて落ちた。この結界は実戦でも使用したので、よく考えたら展開した後は寝ていても構わなかった。走って乱れた息を整え、吹き出した汗を拭う。足元の影からヒジリが顔を出した。
「あれ? ヒジリは入れるんだ」
何のための結界なのかと思ったら、意外な事実が明かされた。
『主殿、半円の結界だと地面から侵入されるぞ』
「半円……確かに」
いままでオレが使ってきた魔法は、すべて前世界で観たアニメや映画、ゲームの知識を基にしている。そのためイメージは明確で、かなり再現性が高かった。その再現された形が問題なのだ。
結界の形を球体にせず、半円にしたのは下が地面だから。足元から侵入される可能性はかなり低く、銃弾も地面の中から放たれる可能性は考えなかった。おかげで地面は無防備だ。
「でも地面から侵入できる奴なんているの?」
「いますよ」
ヒジリと話すことに夢中で目を離した男が、するりと入り込んできた。目の前に銃口を突きつけられ、もう1枚結界を張る。鼻先の鉄筒は、ほんのりと熱を伝えてきた。危機感が煽られるので、とりあえず1枚張った後でもう1枚重ねる。
緑の瞳を細めたシフェルが感心したように呟く。
「おや、魔力の巡りが早いですね」
「誰かさんの訓練が命がけだったからな」
うっかりすると三途の川を渡りそうな目にあわされれば、嫌でも魔力の扱いがうまくなる。
「この距離でも防げますか?」
「試していいよ。2枚張った」
言い終わる直前にトリガーが引かれ、銃弾が耳をつんざいた。至近距離だとやっぱり音が一番の凶器だ。傷みすら感じて耳を両手で押さえた。
『主殿?』
「音を防ぐの忘れた」
失敗したとぼやきながら、顔を上げるとシフェルの後ろを走ってくるリアムが見えた。護衛の手を振り切ったらしく、後ろの騎士も必死に追いかけてくる。
「リアム?」
声をかけてシフェルに手を上げる。それから結界を解除して歩き出した。駆け寄る彼女を受け止めると、息を切らしながら手で顔や肩をチェックされる。撫でまわす手が擽ったいが、彼女が心配してくれたのもわかるので、大人しくしていた。
「無事だよ」
「うん」
安心したリアムが離れると、眉尻を下げたシフェルが「やりすぎましたかね」と呟いた。多少は反省して欲しいが、しおらしいと気持ち悪い。太々しいくらいがシフェルだよな。
芝の上にシートを出して座り、隣にリアムを座らせた。手招きするとシフェルも少し離れた場所に膝をつく。護衛の騎士は守るようにリアムの後ろに立っていた。
「悪いと思うなら、オレの要望を叶えるよう努力してくれ」
茶化す口調で無理を押し付ける。彼の独断で決められないと知っているから、わざと明るい口調で言い放った。ついでに「頼りにしてる」と肩を叩いてやる。嫌そうにオレの手を払ったシフェルが、溜め息を吐いた。
「可能な範囲ですよ」
努力してくれるらしい。言ってみるものだ。夕暮れが近づいて肌寒いので、上着を取り出してリアムの肩にかけた。不敬だと怒られるかと思ったが、シフェルも護衛の騎士も何も言わない。嬉しそうなリアムが「ありがとう」と礼を言って微笑んだ。
嫁が可愛すぎて、襲いそうです。抱き寄せたい手をわきわき動かしながら我慢したオレだが、その手をヒジリに噛まれた。
「痛っ」
「仲良しだな」
リアム、よく見てくれ。めっちゃ牙が食い込んでるからな? 噛む習性があるのはともかく、事前に一言断って欲しいものだ。もちろん逃げるけどな。噛んだ後は治療タイムだった。ぺろぺろ舐めまわして唾液でびっしょりになる。何の罰ゲームなんだか。
「結界は納得した?」
「そうですね。確かに銃弾を防いでいます。実用性があるので、あとで魔法陣を提出してください」
「うん? 魔法陣?」
「え? 当然でしょう」
シフェルとオレの間に風が吹き抜ける。ついでに沈黙も落ちる。互いを「何言ってんだ、コイツ」って目でじっくり観察したあと、同時に口を開いた。
「「おかしなこと言う(のですね)」」
きょとんとした顔のリアムが「仲がいい」と羨ましそうに呟く。しょんぼりした彼女を慰めるため、黒髪を撫でながら、オレは互いの疑問を擦り合わせることにした。
「魔法陣なんて知らないぞ」
「では、どうやって魔法を発動するのですか」
嘘おっしゃいと言わんばかりのシフェルに、魔法陣も詠唱もなしで炎を作って見せる。凝視する彼の様子に違和感を覚えた。みんな、どうやって魔法使ってるの?
「え? こう……イメージしたら出来るじゃん」
「結界も?」
「うん」
そこでシフェルが沈黙した。黙って聞いていた傭兵達がざわつく。
「キヨは規格外だからな」
「異世界人は魔法陣がいらないのか」
「発動が早くて便利だな」
……またオレがおかしい設定ですか。何が違うのか説明してくれないと、またやらかすぞ?
「魔術師が魔法陣を使っていたのは、知っていますよね」
シフェルの確認に頷く。確かに転移魔法陣は使ってたけど、入り口と出口に同じ魔法陣が必要だからだと思っていた。結界なんて勢いで張ってたぞ。
傭兵は半分ほどが中に戻っていく。きっと夕方になったので食事当番だろう。だって、残念そうにしながらノアが戻っていく。オカンは食事作る際の司令塔だから、危険がなければオレより当番を優先して欲しい。じゃないと空腹の奴らにオレが責められそう。
また伸びた髪をぐしゃぐしゃかき回しながら、溜め息を吐いた。
「結界の魔法陣なんて見たことないぞ?」
「「「「「え?」」」」」
口を揃えた面々の中に、恋人リアムも含まれていたことが地味にショックだ。
「発動した原理がわかりません」
「オレはお前らの発動条件が不思議。魔法使うときにイチイチ魔法陣見てたか?」
風の魔法を使って野菜を刻んだ奴は、別に魔法陣を眺めてから使わなかったぞ。そんなニュアンスで不思議そうにすると、シフェルが「これは一般常識です」と言いながら、細かく説明してくれた。
「魔法陣は覚えるのですよ。暗記はわかりますか?」
「うん」
「暗記して魔法陣の模様を焼き付けます。そのため簡単な魔法は、思い浮かべるだけで使えるのです。キヨが違う方法で発動したとしたら、数千年ぶりの大革命になりますよ」
「セイはいつも余の予想を超えてくるな!」
目をきらきらさせて喜ぶ皇帝陛下の賛辞に、周囲の騎士から尊敬の目が向けられる。傭兵は「ボスがまたやらかした」みたいな眼差しで、温度差がすごい。
「異世界人が重宝される原因がわかった」
こういう無自覚で余計なことをするから、世界で追いかけまわして捕獲しようとするわけか。これを狙ってカミサマに放り込まれたんだろう。いわゆる技術革命の切っ掛けとして――理解は出来るが納得は出来ない。カミサマ、お願い。一度でいいから殴らせてください!!
いつもお読みいただき、ありがとうございます(o´-ω-)o)ペコッ
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