105.野菜と果物の定義はあってた
まずスノーが作った水をポットに満たし、コウコが温度を操って沸かす。上から茶葉をいれて、蒸らしたら……先日もらった果物を風でカットした。ヒジリが皮を剥いた実を欲しがるので、半分ほど口に入れてやる。猫科だが、蜜柑たべるのか。
まな板も包丁も出さなくていいし、料理の腕と関係なく綺麗に切れるのもいい。魔法って万能だよなと思いながら、取り出したカップを浄化して果物を並べる。見た目良く配置したら、熱い紅茶を注いだ。
ここまで風魔法を駆使したので、一切茶葉や果物に触ってない。すごく衛生的だと思うわけだ。前世界でも衛生面で革命的だよね。医療分野にも応用できそう……風のメスとか。
ドラマで見た医者の「メス」ってシーンで、呟きながらさっと患者の上で指先を振ると切れる。すぱっと美しい切れ味で真っ二つ――あ、間違えた。グロ映像になった。
「キヨ、キヨ!」
しつこくシフェルに呼ばれ、飛んでいた意識がグロ映像から現実に戻ってくる。目の前の紅茶は甘い香りを漂わせていた。果汁も程よく出たらしく、紅茶が濁る。
「ん? なに?」
「紅茶、ですよね……これ」
ほかに何に見えるんだ? どうみてもフルーツティーだろ。この世界だってジャム入れて飲んだりするから、同じじゃん。
「そうだよ。熱いから気を付けてね、リアム」
ふーふーと温度を冷ましてから渡す。自分の分も冷まして口を付けた。やっぱり甘い。柑橘系の見た目してるくせに、思ったより果糖多いな。お菓子に使った方が向いてるかも。でもパウンドケーキやタルトを焼く技術はない。
正確には分量知らないから、適当に作って爆発させながら実験するしかない。クッキーの時も、覚えるまでに数回爆発したし。粉塵じゃなくても爆発するのが怖かった。しかし恋人を喜ばせるためなら、努力できそう。毒見役の傭兵は沢山いる。まあ……失敗作処理係という表現の方が近いか。
『主殿、我も欲しい』
「最近、何でも欲しがるよね」
聖獣用の食事の器を並べて、紅茶を注いでみた。もちろん蜜柑もどきも一緒に入れる。
「美味しい」
甘いものが好きなリアムの感想に、オレはこっそり決意した。明日はクッキー以外もチャレンジしよう! と。オレが先に毒見をしたので、シフェルやリアムも口を付けた。
「野菜を入れたお茶は初めてですね」
「うん?」
今奇妙な単語が聞こえた。果物じゃなく、野菜――?!
蜜柑もどきの残りを手に取って、シフェルに見せる。
「これって野菜?」
「ええ。果物ではありませんね」
「果物と野菜の定義は……」
「木になる実が果物で、1年で枯れる葉物や蔦になる実が野菜です。地下に実がなる種類も野菜に分類されます」
「……ここまでは前世界と同じだ」
メロンやスイカが野菜扱いなのを思い出しながら頷いた。間違ってない。なのになぜ蜜柑が野菜分類なのか。
「これはどうやって収穫するの?」
「木に絡みつく蔦科の植物に実ります。甘い香りがしたら収穫時期ですね」
「蔦に、蜜柑?」
「状況が掴めた! セイが知る実は「ミカン」で木になるのだろう。だから果物だと思った!」
どうだ! 得意げに胸を反らせて推理を披露するリアムが可愛くて、微笑んで頷いた。
「お見事!」
にこにことコウコやスノーを撫でる皇帝陛下は、実年齢よりさらに幼く見える。この可愛い人を嫁に出来るとか、異世界は最高過ぎて天国みたいだ。
「普段、この実は煮たりスープの材料になります」
だから驚いたのか。煮てスープに使うのは、あれか。南瓜のスープが甘いのと同じ話だ。見た目には抵抗があるが、そういえば晩餐マナー習った時に甘いスープが出たっけ。
たいていの食べ物が同じだから安心してたが、時々バグったみたいに違いが顔を出すので、今後もお騒がせ野郎の肩書は取れそうにないな。
「野菜なら身体に優しいし、侍女にも甘いものを叱られない」
どうやら甘いもの制限があるらしい。リアムが機嫌よく発言したことで、シフェルも頷いた。
「確かに野菜なら咎められませんね」
ぴくりと足元のヒジリが顔をあげる。見ると全員紅茶を飲み干していた。ブラウは自力で薔薇から脱出したらしく、毛繕いの真っ最中だ。リアムの膝の上でスノーが居眠りを始めた。羨ましいぞ、このやろう。
「メッツァラ公爵閣下、準備が整いました」
敬礼した騎士が薔薇の外から声をあげる。届いた声に「わかった」とシフェルが短く返した。どうやらヒジリが反応したのは、近づく騎士の足音だったらしい。
聖獣達の器を片づけながら、オレは飲み終えた紅茶のセットも回収していく。簡単な浄化魔法で食器が綺麗になるのは、とても助かった。この世界の魔法は有機物に作用しない理がある。つまり魔法で人を焼き殺したり、氷で他人を貫いたり出来ないのだ。
この世界はとても優しい――オレが知る魔法はゲームの中や映画で観たものだ。魔法が人殺しの道具になっていたら、きっと殺伐とした世界だっただろう。
銃で戦争をしているが、それは前の世界の延長感覚だった。身近は平和だったけど、他国は銃で人を撃ち戦っていたのだから。最初は物足りなさを覚えたけど、今になれば魔法で人を傷つける世界じゃなくてよかった。
隣の黒髪美人の手を取りエスコートしながら、オレは笑った。
「よし、結界実験をしようか」
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