104.自動翻訳は便利だがバグる(2)
『主ぃ、はらへったぁ』
「うっさいわ。空気読め、駄猫」
足を踏まれたお返しにしっかり蹴飛ばす。が、奴もそれなりの運動神経を誇る猫科動物だった。ひらりと避けたため、勢い余って机の脚にぶつかった。
「うっ……」
『愚かな奴よ』
「それ、何のセリフ……だっけ」
机に懐く形で打っ伏したオレに、青猫の無情な声が追い打ちをかけた。
『僕のセリフ』
くそ、そうか。アニメのセリフだと思い込んでた。ブラウが意味ありげに使うから、深読みしたじゃねえか。二重のダメージに沈んでいると、隣のリアムが優しく肩を叩いた。
「セイ、ダネコとはどんな意味だ?」
きらきらした目で、純粋な言葉を吐かないで欲しい。ただの罵りですとは言えず、返答に詰まるから。おそらく自動翻訳がバグった結果、そのまま聞こえたんだろう。駄目猫と言えば通じたかもしれない。しかし聖獣が崇められる世界で、いくらぐだぐだ猫でも公に罵るのはマズイか。
裏を返せばバグった単語は、今後もこの世界の人間に意味がバレる心配がない!
「ブラウを示す言葉だよ」
嘘は言っていない。正しく説明しなかっただけだ。自分を誤魔化すオレに、シフェルの視線が突き刺さった。雰囲気で意味がバレてる気がした。
「孤児院については、私の管轄で動きます。ご報告は後ほど」
ウルスラが時間を気にしながらそう締めくくった。宰相閣下は、仕事に追われているらしい。丁寧にリアムへ別れの挨拶をすると、あたふたと護衛を連れて帰っていった。考えてみれば、オレのいた世界だと官房長官とか大臣クラスの忙しさがあるわけで、いつまでもお茶会で遊んでいられないわけだ。
「シフェルはいいの?」
「今も仕事中ですから」
もしかしてそのお仕事はオレの監視とか言いませんよね? 笑顔で自分の鼻先を指さして首をかしげると、とっても美しい笑顔で頷かれた。やっぱそうか。オレがリアムにあれこれしないように監視してるわけか。
そっちの意味では、まったく信用ゼロだ。突き刺さる視線から逃れようと、話題を強引にねじ曲げた。態とらしいのは承知で、この際、片付ける事案はまとめて解決しておきたい。
「北の王太子はどこに閉じ込めたの?」
「牢屋です」
「オレらの宿舎に入れるわけにいかない?」
「無理です」
さっきから即答しやがって、オレの言うことなんて予想済みだってのか。こうなったら、何としても一緒の部屋にしてやる!!
とりあえず今夜はリアムと泊まるとして……あ、いいこと思いついた。にやりとしたオレの顔に、何か企んでいるのは気づいただろう。しかしこの完璧な作戦は、奴に気づかれずに実行してこそ意味がある。そして翌朝、叫べばいいのだ。
「……セイ、今夜は私の部屋に泊まる約束だぞ」
オレ達のやり取りに不安を隠さない婚約者(仮)に微笑んだ。
「大丈夫だよ、今夜もシフェルが寝ずの番をしてくれるから泊まれるよ」
勝手に約束して口元を歪めた。むっとした顔をするものの、シフェルから反論はない。そうだろうな。だって「ダメ」と言ったらリアムがしょげるし、「無理」と言ったら別の監視役を用意しなきゃならない。
「……あなたの頭は悪知恵ばかりですね」
「そんなことないだろ。孤児対策や食事の改善……ほら、意外と役に立ってるじゃん」
役に立つという単語で、思い出した。
「あとで魔法について書かれた本を貸して」
「それならば、私が前に読んでいた本を貸そう」
「魔法なら一通り習わせたはずですが」
リアムとシフェルの温度差が凄い。リアムは本が欲しいならと与えようとした。シフェルは教えたのにまだ何か調べるのかと……ああ、オレがいつも変なことを始めるんで用心してるのか。
「ありがとう、リアム。あとで貸してね」
テーブルの上を片づける侍女がいなくなってから、シフェルにも声をかけた。
「魔法については、ちょっと気になる事象があったんだけど……魔術師に聞いても無駄だと思ったから、自分で調べるつもりなんだ」
きょとんとした顔で首をかしげるリアムに、より丁寧な説明を付け加える。
「オレが知る魔法はほぼ万能だ。でもこの世界だと制約が多いだろ。生き物に直接攻撃できなかったり、銃弾に魔力を込めないと相手が結界で弾いたり……オレにとって疑問だらけなわけ。ついでに言うなら、オレの結界は銃弾を弾く」
「はぁ……?」
間抜けなシフェルの声が彼の心境を表している。心の中で「このバカおかしなこと言い出した」と呆れてるに1票だ。逆に傭兵連中が検証するまで、オレはなんで銃弾を結界で弾かないのかと思ってたから気持ちはわかる。
「これはジャックやレイルに聞けば知ってる話だけど、西の国に攻め込んだ時に森の中で実験した。オレが結界を張った木を様々な銃弾で襲った結果、全部弾かれて落ちたんだよ」
「……そもそも戦時中に実験を始めた理由をお伺いしても?」
「自分に張った結界が銃弾を防いだから、かな。そしたらヒジリがおかしいと騒いで、周囲の傭兵連中にバレたってわけ」
「あの場にいた傭兵は飼い殺し決定ですね」
物騒な表現だけど、彼らが首切られる未来じゃなくてほっとする。飼い殺しってことは、口封じを兼ねて雇った上でオレの直属扱いにしてもらえばいい。今のところ仲もいいし、彼らも安定した職につけるなら安心だろう。
正直、孤児の保護だって差別をなくす長期計画の一環だ。彼らが『未来の皇帝陛下のお婿さん護衛』として差別されなくなるなら、オレは大歓迎だった。
薔薇の蔦が突然足に絡んだが、ヒジリがぴしゃんと爪で叩き切ってくれた。足元で寝ていてくれるので、安心だ。ところで聖獣とオレは薔薇に狙われるのに、リアムとシフェルが無事な理由が気になる。あとでリアムに聞いてみるか。
『うひゃぁ……そこはらめぇ』
どこぞのAVみたいな声をあげて、ブラウが薔薇に絡まれていた。なぜだろう、助けようという気にならないのは。見送ったオレに従うように、ヒジリも見ているだけ。そもそも自力で逃げられる奴の面倒は後回しだ。
「飼い殺しなら、オレの直属でお願いするね。オレは構わないけど、話が外に漏れるとマズイんだろ? 気を使わないで済むから、傭兵と組むのは楽でいいや」
「その辺はあとで相談しましょう。それより結界です」
めちゃくちゃ結界に食いついてくる。確かに軍事バランスを崩す秘密である可能性が高いから、軍人で騎士のシフェルが興味を示すのはわかってた。
「結界の効力を確かめてみたいのですが……」
「いつでもいいぞ」
疲れるわけじゃないし、戦場での使用状況から判断して魔力酔いもない。あっさり承諾して、ついでに付け加えた。
「あ、明日の午前中はクッキー焼くからダメ」
予定はきっちり伝えないとね。ニート生活じゃなくなったんだから。苦笑したシフェルに「これからでは?」と提案される。ちらりと隣のリアムを見ると、なぜか目を輝かせていた。これはついてくるつもりだ。
「リアムが見たいっぽいから、護衛を増やしておいて」
「ええ、分かってます」
シフェルが立ち上がって騎士達に何かを伝達する。準備が整うまで少しかかりそうなので、片付けられたテーブルの上に紅茶のセットを用意した。続いて果物を取り出して並べる。蜜柑に似たオレンジ色の実、赤いベリー系の実、最後に白いよくわからない巨峰サイズの実だ。
味見のために齧った結果、思ったより甘いけど蜜柑系の果実を選んだ。
いつもお読みいただき、ありがとうございます(o´-ω-)o)ペコッ
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