102.外交なんて柄じゃない
捕虜の前提条件として、殺されることが決定している。これがこの世界の常識で、今までの慣習に従った現実だった。まれに交換もあるらしいが、珍しい事例らしい。
「捕虜って、元は普通の市民じゃん。屈強な身体の、働き盛りの人間を殺す必要は無いと思うわけ」
「奇妙なことを言いますね。捕虜を生かして、クーデターでも起こされたらどうする気ですか。国内で反乱されたら、制圧が面倒です」
シフェルは一刀両断、まあこの反応は予想してたのでスルーした。オレの常識を彼らが理解するのが大変なように、この世界の慣習をオレが覆すのは難しいはずだ。いちいちしょげる余裕はない。
「今回の捕虜にしてもそう。北の王太子だろ? 上手に使えばいい。交渉材料にするのもひとつだし、彼をこちら側に取り込んでも使える」
すこし考えて、ウルスラが口を挟んだ。
「キヨヒト殿は外交経験がないでしょう。だから思いついたのではありませんか?」
「外交経験がないから、逆に見える部分があるんだよ。今回、オレはずっと捕虜の管理を任された」
ちらりと視線を向けると、その通りだとシフェルが頷いた。
「食事を与える義務はないとジャック達が言ってたけど、オレはちゃんと食べさせた。なぜなら、西の国に誘拐された時にオレは腹が減ったし、扱いが統一されてなくて死にかけたから」
複雑そうな顔をするシフェルと、噛み締めて理解しようとするウルスラが対照的だ。思い出したのか、リアムがテーブルの下で手を握ってくる。しっかり握り返して、平気だと微笑んだ。
「捕虜は交換して互いに殺さなければ、自国の民も守れるだろ。それに協定を結んで、捕虜の扱いを統一すれば、自分の家族が捕虜になっても少しは安心できる」
考え込んだシフェルに畳み掛ける。
「西の国にオレが連れ去られた後、すぐ救出に動いたのは殺される可能性を考慮したからだろ? それがなければ、もっと作戦を練って交渉する方法も取れた」
「……他国が納得するでしょうか」
ウルスラは外交の面で難しいと匂わせる。確かに今までなかった概念を持ち込めば、最初は反発されるだろう。すぐに根付くなんて、楽観的なオレでも考えてない。
「納得させるしかないのさ。これを拒んだら、捕虜を作らないために戦場で全員殺す選択肢しか残らない」
極端な言い方をする。シフェルは静かに反論を切り出す。
「捕虜は見せしめを兼ねています。戦場で殺さずとも、連れ帰って処刑することで戦争の抑止になってきたのですよ」
連れ帰って多くの国民の前で殺せば、確かに宣伝効果が高いだろう。戦場で殺しても価値はない。言い切ったシフェルの軍人としての意見を保留し、オレはウルスラに向き直った。
「シフェルの言い分は軍事面だよな。ウルスラさんは何かある? 殺すことで得られる政治的なメリットを教えてよ」
「メリット、ですか?」
大きく頷く。おそらく政治面で捕虜を殺すメリットはほぼゼロだ。だからこそ、生かした場合のメリットを強調できる。
「セイ、あーん」
途中で隣から焼き菓子が差し出され、ぱくりと食べる。いきなり食べさせる理由が分からなくて、リアムを振り返ると……少し頬が膨らんでいた。尖った唇も可愛い。ピンク色の唇に触れると止まらなくなりそうな予感がしたので、頬をぷすっと指で押した。
「そんな顔しないで。ちゃんとリアムと手を繋いでるだろ」
言いながら、皿の上の焼き菓子を摘まんで食べさせる。素直に受け入れたリアムの膨らんだ頬が笑みに崩れ、嬉しそうな唇が緩んで白い歯を見せてくれた。
「笑ってる方が断然いいよ、リアム」
イケメンなセリフに、斜め後ろで「けっ」と吐き捨てた青猫の尻尾を踏んでおく。なにやら悲鳴を上げて謝っているが、変だな。普通は踏んだ方が謝るんだぞ? 尻尾を踏みにじりながら温い眼差しを向けてやった。
『主殿、そこの騎士殿に似てきたぞ』
「やだな。ヒジリ、そんなわけないじゃん」
笑顔で否定すると「どういう意味でも失礼ですよ」とシフェルが呟く。聞かなかったフリで流し、昼寝を始めた爬虫類2匹を軽く撫でた。ヒジリが足にすり寄って、そっと横たわる。近くにいたいのだろうと首のあたりを撫でてからポンと終了の合図に叩いた。
「いきなりは思いつきません」
ウルスラの呟きを拾って、会議に意識を戻す。
「もし自国民が捕虜交換で帰ってきたら、労働力や戦力の補充が出来るし、家族も喜ぶ。税金を納めてくれる人が増えるから、街もにぎやかになるよね」
そこまでは反論なく、シフェルもウルスラも頷いた。見ると、隣のリアムも考え込みながら頷いてくれる。どうやら一緒に考えてくれているようだ。
「連れ帰った捕虜を生きたまま活用したとする。北の王太子なんか、王族だからそれなりの教育受けてるはずだ。文字が書けて読めるから、文官の雑用位お手の物でしょ。それに人を率いる素質もあるだろうから、仲間にしたら役に立つじゃん」
「人を率いる素質は、クーデターの首謀者の素質ですよ」
軍事面からシフェルが口を挟む。言い分はわかるし、間違ってないけど……常に一方向からしか物も見ないと気づかないんだろうな。
カップに手を伸ばすと、侍女が置いて行ったポットからシフェルが追加を注いでくれた。
「ありがと」
リアムとオレのカップに注がれた紅茶に、リアムが紅茶を口元に運ぶ。思わず途中で手を伸ばして遮っていた。
「このポットの中身、誰も毒見してないぞ。それと……リアムにはまだ熱いと思う」
驚いた顔をしたのはウルスラだった。シフェルは「合格です」と満足そうに呟く。宮殿にいる間はリアムの護衛を兼ねてるし、何より大切な伴侶になる女性に毒を盛られるのも、火傷されるのも御免だった。
先に一口飲んで、やっぱり思ったより熱かったことに眉をひそめた。紅茶のソーサーの上に氷を作り、シフェルに見せる。摘まんで首をかしげると、彼は頷いた。そこで自分の紅茶に入れて温度を冷まして飲む。安全なのを確認させて、リアムのカップに滑り込ませた。
「ありがとう、セイ」
「どういたしまして」
くるりとスプーンでかき回してから渡す。こうして彼女の面倒を見るのが嫌だと感じることはなくて、それこそ全部をオレが手出ししたいくらいだった。ニートだった過去のオレのずぼらさが嘘のようだ。カミサマが与えたチートに『やるき』が含まれていたんだろうか。
後ろから這い寄る薔薇に、ブラウが捕まったらしい。悲鳴を上げて引きずられる青猫は、なんとか蔓を引きちぎって逃げてきた。気の毒になったのか、蔓を尻尾で払うヒジリが毛繕いをしてやっている。あれだよな、怖いときにぶわっと猫の毛が起きる現象がブラウの全身で起きていた。
「話を戻すね。クーデターが起きる原因を考えてよ。扱いが悪いからでしょ? オレだって人扱いされてたら無理に逃げなかった。暗殺者が送り込まれたから、森に逃げたわけ。食料も魔法の扱いもわからない状態でね」
そこで言葉を切って、紅茶を飲む。香りがいいな、何か茶葉をブレンドしたんだろうか。以前にこの宮殿で飲んだ紅茶と味が違う。
「人は好意的に接してくる相手を嫌うのは難しいんだ。実際、北の王太子は『殺されるだろうから、先に礼を言っとく』って頭を下げた。オレが彼の生存を決める権利を持たないのに、媚びる価値がないのはわかってるはずだ。でも『部下に食事をありがとう』と言ったのは、オレが彼らを人扱いしたからじゃん」
「あの……王太子が、キヨに礼を?」
すごく驚いた顔をされた。アイツ、意外といい奴だぞ。礼儀正しいし、部下のこと思いやれる男だ。
「キヨヒト殿は外交官向きかも知れませんね」
ため息交じりのウルスラの言葉に「絶対に嫌だ」と拒否した。胃が痛くなりそうな職業フラグは要らないし、オレはリアムの婿さんで平和に暮らしたい。
いつもお読みいただき、ありがとうございます(o´-ω-)o)ペコッ
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