101.顔合わせと密談は薔薇の園で(2)
ここしばらく料理が出来なかったので、並ぶ焼き菓子は宮殿の料理人のものだ。戦に出る前に大量に作った菓子は、聖獣や仲間と消費してしまった。わずかに残った紅茶の葉を使ったクッキーを取り出し、手前の取り分け用の小皿に乗せる。
「リアム、あ~ん」
ぱくりと抵抗なく食べるリアムが口元を緩める。このクッキーが彼女の好物なのは知っていた。いつも本当に幸せそうな顔で食べてくれるのだ。作り手冥利に尽きる。
「もう一枚食べる? あ~ん」
番う相手に食べ物を与えるのは給餌行為と呼ばれ、竜、熊、鳥の属性が好むと聞いた。オレもリアムも竜属性同士だから、互いに違和感はない。与えると、リアムの白い指が摘まんだ焼き菓子が返される。嬉しくてまた与える、その繰り返しに終止符を打ったのはシフェルだった。
「キヨ、少し離れなさい」
溜め息をつく仕草のあと、一人の美人さんを連れて入ってくる。リアムが護衛に命じて呼びつけたのは、シフェルと宰相のローゼンダール侯爵だった。ダークブラウンの髪を持つ美人さんは、シフェルの秘書かも知れない。そう考えたオレの前で、美女は名乗った。
「皇帝陛下、お呼びと伺い参上いたしました。ドラゴン殺しの英雄殿、宰相のローゼンダール女侯爵ウルスラと申します」
「あ、異世界人のキヨヒトです。よろしくお願いいたします」
面接のようにお互いにぺこりとお辞儀をかわす。どうやら握手の習慣はないらしい。リアムに促されて全員が着座した。聖獣達はマイペースで、昼寝続行のブラウの脇で黒猫ヒジリもうとうとしている。コウコは興味津々で身を起こし、スノーは鼻先に止まった蝶に夢中だった。
「こちらは聖獣殿でいらっしゃいますか?」
疲れる程丁寧な話し方をするウルスラに「タメ口がいいです」と要望を伝えるが、「皇帝陛下の御前ですから」と却下された。堅苦しい雰囲気は地味に疲れる。
「黒豹のヒジリ、青猫のブラウ、赤龍のコウコ、白トカゲのスノーです。全員小さくなってもらっています」
相手が敬語だと反射的に敬語で返すのは、日本人なら当然だ。しかしシフェルやリアムは顔を見合わせた後「普段通りでいい」と言われてしまった。さらにウルスラにも同じ言葉を向けられる。
「似合わないぞ、セイ」
くすくす笑いながら指摘するリアムの口に、最後の1枚であるクッキーを入れて黙らせた。おかしいな、そんなに敬語が似合わないか? 確かに使い慣れてないけど、それなりに話せてると思ってた。
「キヨ、今回は何をやらかしたんです?」
やらかした前提で尋ねるシフェルに頬を膨らませ、オレは説明を再開した。
「やらかすのは、これからだよ。さっきリアムに説明してたんだけど、オレがいた世界に『福祉』という考え方がある。この世界だと自分のことは自己責任、親がない子は勝手に育て! だろう?」
顔を見合わせたシフェルとウルスラが頷いた。何を言いたいか最後まで聞いてくれるつもりらしく、口を挟んでこない。その話が切れたタイミングで、侍女がお茶のポットと茶菓子の入った皿を交換した。彼女が消えるのを待って、身を乗り出す。
「まずはオレの知る福祉を説明するから、この世界に合うように変更して欲しいんだ」
そこから簡単に孤児を養う方法を説明し始めた。貴族のように特権階級の者は『ノブリス・オブリージュ』という義務を負っている。権力を持たせる代わりに稼いだ金で民に貢献しろという意味だと説明したら、あっさり納得された。この世界でも通用する考え方らしい。
貴族から集めた寄付と税金を使って、孤児に衣食住を与える『孤児院』を作る。親のない子供を孤児院で預かり、成人まで教育して育てるのだ。その後彼らは国民として国に貢献してくれる。子供は国の共有財産という説を、身振り手振り交えて説明した。
「孤児の犯罪者になる率が高いのは、教育がされないからだよ。孤児は大人になっても、傭兵や兵士になるしかないだろ? 他のちゃんとした職に就けるとなれば、真面目に勉強して頑張る子も出てくるはずだ」
「……納得させるのは難しいでしょう」
シフェルが唸る。孤児=犯罪者予備軍という考え方は、貴族だけでなく国民に広く浸透していた。彼らが収めた税金を、犯罪者につぎ込むのかという批判は想定される。
うまい説得なんて出来ないから、知る限りの知識を並べた。
「犯罪者を牢に収監したら、ご飯代は税金から出てるでしょ? そのお金を彼らが子供のうちに使うだけ。満たされてれば犯罪をする必要がないんだ。だって、彼らはご飯をお腹いっぱい食べたいだけだもん」
子供の口調になってしまったが、逆に説得力が増したのは不思議だ。ウルスラが「確かにそうです」と相槌を打った。ご飯が満足に食べられない状況だから、食べ物を盗む。でも食べ物がちゃんともらえる環境にいる子は盗んだりしない。そんな必要がないからだ。簡単な理論だが、彼らにとって盲点だった。
「ご飯や服、住む場所があれば盗む必要はないでしょ? さらにその場所を失いたくないから、いい子で勉強もすると思う。子供が盗まなきゃ生きていけない環境を、周囲が作ってるんだよ」
すべてが環境のせいじゃないけど、この場では言い切った。実際にオレが知る孤児上がりの傭兵達は、気のいい奴が多い。もちろん荒くれ者に分類されるガサツな奴が多いけど、根っこの部分はきちんとしていた。
「たとえば、オレだってそうじゃん。運がよかっただけで、異世界人だってバレないまま奴隷にされてたら? 赤瞳の竜属性だって知らずに暴走して、街ひとつ滅ぼす犯罪者だったと思うよ。奴隷商人みたいな奴に騙されかけたんだから」
あのまま捕まってたら、絶対に暴走してやらかしてる。あの時はシフェルが止めてくれた。それすらレイルやジャック達が動いてくれた結果だ。彼らは一度懐に入れた子供を大切に保護してくれたんだ。今のオレ自身に何とかしてやる権力がなくても、権力者を動かす力があるなら使う。
恋人の権力だろうと、使えるなら使い倒してやる。
「検討してみる価値はありますね。孤児院という施設の概要を文官と纏めますので、確認をお願いしても構いませんか?」
法案として提出する前に確認すると言われ、オレは嬉しくて顔が緩んだ。隣のリアムがそっと手を掴んでくれる。振り返ると、差し出された焼き菓子が待っていた。
「あ~ん」
「ん」
素直にぱくりと食べる。微笑ましい子供同士の仲良し映像なのだが、シフェルはジト目になるし、ウルスラは驚いて絶句した。過去のリアムの性格からして、ありえない光景なのだろう。
「あなたがいた世界は、いろいろと考え方が進んでいたのですね」
シフェルがさりげなく話題を逸らしにかかった。そこに便乗する形で申し訳ないが、もう一つ複雑な問題が残っている。
「あと、シフェルも同席してもらったのは軍事が絡む事案がひとつあるんだ」
「軍事、作戦に絡む事項ですか?」
「うーん。少し違ってて。捕虜の人権とその後の取り扱いについて」
また奇妙なことを言い出した。そんなシフェルの溜め息が、如実に彼の心境を示していた。まあいつもの反応なので、今さらオレも傷ついたりしないけどね。
紅茶が冷めたか確認して、そっと口を付けるリアムが可愛い。隣のリアムの仕草に気づいて、ほんわかしてしまった。こんなに可愛いのに、よく性別を誤魔化してこられたな。惚れた欲目という言葉もあるけど、絶対誰が見ても可愛いと思う。
愛情駄々洩れの眼差しに、シフェルが焦って口を挟んだ。ウルスラは皇帝陛下が女性だと知らないのだ。こんなところでバレるわけにいかない。
「キヨ、捕虜の人権とはどういった考え方ですか?」
「ああ、ごめん」
慌てて再び口を開いた。この世界でも捕虜の交換があるのは知っている。そこから先の話は、傭兵の反応を見る限り初耳だろう。
「捕虜に食事や休息をさせる義務はないって聞いたんだよ」
まずは自分が聞いた条件を確認するところから、再び難しい話が始まった。
いつもお読みいただき、ありがとうございます(o´-ω-)o)ペコッ
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