101.顔合わせと密談は薔薇の園で(1)
襲ってくる薔薇がいる垣根の内側で、お茶会が始まる。風が心地良い円卓の上には、豪華な軽食が並べられた。少しフリルの多いブラウスに着替えたリアムの手をとって、エスコートさせてもらう。
「どうぞ、皇帝陛下」
戯けて椅子を引くと、くすくす笑いながらリアムが腰掛けた。本来は執事や侍女達の仕事なのだが、この垣根の内側は許可がなければ立ち入れない。護衛の騎士も外側で待機が原則だった。
「セイ、この場では私で構わないか」
可愛く黒髪を揺らして首を傾げられると、いやとは言えない。外に声が聞こえなければいいかと頷いた。
「いいよ。俺が私になるんだろ。あれ、皇帝陛下の時は余だっけ?」
多くの一人称を使い分けるリアムに確認すると、苦笑いしながらお茶のポットに手を伸ばす。その手をそっと止めて、オレは紅茶をカップに注いだ。普段ならノアがしてくれる。紅茶の色を確かめながら、2つのカップを満たした。
「この場所でお茶することが多いけど、理由あるの?」
「ああ、ここは音が漏れないから秘密の話をするのに向いている。薔薇が魔法植物でな。音を食べる」
音を食べる植物だと言われても実感がない。確かに周囲の騒音が届きにくいけど、まったく聞こえないわけじゃなかった。だから余計に違和感がある。
「食べる音を指定してある。内側にいる人の話し声だ。それ以外は興味を示さないよう、魔法陣で制御しているらしい」
「へぇ。やっぱ異世界だな」
呟いた途端、リアムが目を見開いた。
「そうか。セイは異世界人だった」
「馴染み過ぎって言われるけどね」
茶化して雰囲気を軽くする。さきほど暗くしてしまった場を盛り上げようと必死だった。リアムには笑っていて欲しいのだ。それは可愛い服で愛嬌を振り撒くより大切なことで、彼女が笑うだけで気持ちが明るくなる。
「聖獣もいいかな」
「もちろんだ!」
嬉しそうなリアムの表情に微笑み返し、まずは折り畳みベッドを取り出した。ヒジリ達の椅子がわりにするのだ。それから足元の影に声をかけた。
「ヒジリ、ブラウ、コウコ、スノー」
声をかければ誰かが出てくる。その程度の感覚で全員の名を呼んだら、全員集合だった。艶のある立派な黒豹、小さめの青猫、某国のお土産みたいなミニチュア龍コウコ、最後にチビドラゴン姿のスノー。全員が折り畳みベッドに乗っかり、当然ながら重量オーバーで折れた。
がたんと大きな音がしたので、騎士が声をかける。
「陛下、英雄殿。今の音は……」
「ああ、問題ない」
端的なリアムの答えだと足りない気がして、補足してしまった。
「聖獣が椅子から落ちた音なので、お気になさらず」
「丁寧にありがとうございます」
護衛の騎士は中を覗くことなく、柔らかな声で礼を言ってくれた。どうやら対応を間違わずに済んだようだ。ほっとしたオレの顔を、リアムは不思議そうに見つめた。
「随分気を使うんだな」
「オレの世界では普通だったんだ。ほら、戦いもなかった平和な場所だったから。他者との摩擦を減らすために、挨拶や礼をまめに口にするんだ」
壊れたベッドを回収して、新しいベッドを置いた。手招きしてヒジリに「猫になって」とお願いする。不満そうに尻尾を揺すっていたが、ヒジリはやはり男前だ。小さな黒猫姿になってくれた。
お礼がわりに何度もヒジリを撫で、コウコやスノーも褒めてからベッドに乗せる。最後にブラウは自分で飛び乗った。
「少しお菓子もらうね」
リアムに確認してから、彼らの届く位置にお菓子を用意する。
『このお菓子の色が素敵』
『いただくぞ、主殿』
『僕、お菓子って初めてです』
コウコ、ヒジリ、スノーがお菓子に手を伸ばす中、ブラウはお昼寝を始めた。ゴロゴロ喉を鳴らす青猫の首回りを掻いてやってから、リアムの隣に戻った。
向かい合って座る位置に椅子が用意されているが、リアムが腰掛ける長椅子の隣に滑り込む。
「あのさ、リアムに会ったら相談したいことがあったんだ」
「なんだ?」
「リアムはこの国の孤児について、どのくらい知ってる?」
奇妙な質問に目を見開くが、すぐに考えながら答えてくれた。
「親がいない子供が孤児とよばれ、半分程は傭兵となり生活している。犯罪者になる者も多いときいた」
これがこの世界の孤児の扱いだ。一番豊かだと言われる中央がこれなら、東西南北どの国ももっとひどい扱いをしてるだろう。福祉が発達した国で育ったから「おかしいだろ」と思えるけど、「孤児は荷物、勝手に生きていけ」って考える人の方が多いはずだ。彼らが悪いと一方的に責めたり決めつけることは出来なかった。
だってオレは、一歩間違えれば孤児や奴隷の扱いをされてた。たまたまレイルやジャック達に会えたから、チートを持ってたから、リアムと仲良くなれたから、珍しい竜属性で赤瞳だったから。理由はたくさんあるけど、恵まれていただけ。
運が悪ければ、オレだって傭兵しながら差別される側だった。
「うん。孤児の大半が犯罪に手を染めるらしいけど、それって政治で解決できるんだ」
「解決?」
リアムは大きな青い瞳を瞬いて、不思議そうに繰り返した。相互扶助の考え方をどう説明したら伝わるんだろう。この世界にない概念は、四字熟語を駆使しても伝わらない。自動翻訳は万能じゃない。
オレだって聖人君子じゃないのに、こんな偽善っぽいことを口にするのは心苦しかった。
この世界で築かれてきた政を壊す発言をしようとしてる、自覚はあった。それでも差別され、苦しむ子供が減るなら口にする努力をすべきだろう。オレ以外の誰も福祉の概念を知らないんだから。
「オレがいた世界だと『福祉』って概念がある」
「フクシ?」
やはり存在しない単語は自動翻訳されない。ぎこちなく繰り返したリアムに頷いた。近くの焼き菓子をつまんで、リアムの開いた唇に押し当てる。ぱくりと食べたリアムに微笑んだのは、なんとなく満たされたから。竜属性は番に決めた相手に食べさせたり面倒見たがるって、シフェルが言ってたな。
「子供を育てるのは社会の責任なんだ。だから他人の子でも声を掛けたり、気に掛けたりする。その延長で、孤児はまとめて『孤児院』で育てていた」
「孤児の生活費はどうする?」
「税金で払うよ」
「……反対意見が出そうだが」
今までにない考え方に困惑するリアムに、もっと前世界で勉強するべきだったと後悔する。なんでもそうだけど、無駄なことなんてなかった。福祉が発達した世界にいれば勉強しようと思わないけど、こうやって異世界に来たら説明する知識が欲しい。今さら言っても仕方ないけど。
「貴族に寄付させるのは? 人の上に立つ者の義務みたいなの、ない?」
「ふむ……寄付はある。公園や街道の整備費用に使われるが」
「それの孤児版」
「犯罪者予備軍に金を払う貴族はいないだろう」
ああ、そこから説明か。と一瞬空を仰いだ。先が長い。こういう話になるなら、先に捕虜の話をするべきだったか? いや、異世界にない概念を説明するなら長くなるのは当然だ。どちらにしろ同じ結果になったはずだった。
「その辺を含めて詳細な話をするから、政を担当してる人とシフェルを呼んで?」
よく宰相とか執政みたいな肩書の人がいるだろう。その人にも理解してもらった方がいい。捕虜や傭兵の話もあるから、軍事面でシフェルも必要だ。単純にそう考えたオレの頬を、両側からリアムの手が包み込んだ。強引に彼女の方を向かされる。
「……私はお前と2人で過ごしたかった」
「なら、今夜も泊まるよ。それならたくさん話ができるだろ?」
目を見開いたリアムがにっこり笑った。嬉しそうな美人さんの笑顔を正面で見る、こちらの頬も緩んでしまう。見つめ合ってにこにこしている子供達に、聖獣達は見ないフリを決め込んだ。
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