100.キスは未遂だから!
朝日が差し込む明るい部屋のベッドで、オレはめちゃくちゃカッコいい姿勢で動けずにいた。左手は彼女に腕枕しており、右手をかざして彼女の顔に朝日が届かないように調整する。間で寝ていたヒジリは黒猫姿でリアムに抱かれていた。
気持ち的に場所を変わって欲しいが、侍女もいる部屋なので我慢だ。ちなみに興奮と緊張で朝まで寝られなかった。しばしばする目を擦りたいが、いま右手を動かすと彼女が起きてしまう。じっと我慢しながら、すやすや眠る美少女を見つめた。
性別を偽っているため、自室以外で女性らしい可愛い服を着ることはない。シーツで隠れているが、薄いピンクのネグリジェ姿はすごく可愛かった。両足の間で眠る青猫ブラウ、枕元で寝転ぶチビドラゴンのスノー、蛇姿より受けのいいミニチュア龍になったコウコはまだ起きない。
侍女がもぞもぞと動いたので、どうやら起きる時間らしい。さっと身嗜みを整えた侍女は、オレが起きていることに驚いたが、すぐに口元に指を立てた。
声を立てるなと仕草で示し、そっと部屋を出る。仕事なのだろうか。どきどきしながら、顔を近づけた。ほんのりと花の香りがする。変態っぽいが匂いを胸に吸い込んで、触れるだけのキスを狙う。あと少しで頬に届く、という位置で首が締まった。
身を竦ませると、後ろにシフェルの気配を感じる。部屋の外から何らかの魔法を使ったのか。動けないまま引きずられて、ひょいっと開いた扉から外へ拐われた。
「お、おはよ……」
「おはようございます、キヨ。なにを、しようとしていました?」
「何もありません」
怖いので敬礼して姿勢を正す。間違ったことも嘘も言ってない。まだ何もなかった。これから起きるところだったんだから。廊下の絨毯にへたり込んだオレと、膝をついて壁ドンする美形――誤解する要素満載だな。早朝の廊下は侍従や侍女達が忙しく働いている。目撃者多数すぎた。
「シフェル、誤解されるから離して」
「誤解? 本当にしようとしたくせに何を言うんですかね」
ぐいっと頬をつねられて、顔を背けた。すみません、その通りです。というか、マジで周囲の視線が気になるんですけど。
顔を向けると、シフェルの整った顔に隈がくっきりと浮かんでいた。戦場から帰って巨乳奥様のクリスと盛り上がっちゃった、とか?
「……昨夜は大変だったようで」
にやりと笑えば、オレの意図を理解したくせに違う意味で返された。
「ええ、大変でしたよ。見張りのために廊下で一晩過ごしましたから」
「え? 奥さん怒るだろ」
「いえ、先ほどまでクリスもいました。化粧を直すと一度帰りました」
「……女の人って身支度に苦労してるよね」
しみじみ呟いて誤魔化そうと試みるが、そんなに簡単ではなかった。
「先ほどの行動は減点対象です。あまりマイナスが多いと、婚約に響きますよ」
にっこり笑いながら言われたオレは、慌てて顔の前で手を振った。
「何もしません。してません!」
「どうして部屋にいないのだ?」
オレがいなくなったので、顔に朝日がかかったらしい。目元を擦りながらリアムが顔を覗かせる。ネグリジェ姿がバレるとまずい! 慌ててシフェルと目配せして、オレ達は中に滑り込んだ。シフェルが壁になった隙に、リアムを部屋に押し戻す。続いてシフェルが周囲を警戒しながら中に入り、扉を閉めた。同時に2人で溜め息をつく。
「仲良しだな」
天然なのか、リアムは機嫌よく笑った。まだ少女だからなのか、作らなくても美人だからか。寝起きのすっぴんを晒しても平然としている。黒髪を撫でて額に挨拶のキスをした。
身長が少し足りなくて、背伸びするのはスマートじゃない。いつかお姫様抱っこでベッドに運ぶ日を夢見ながら、同様の挨拶を頬へ返してくれるリアムの唇の柔らかさに目を閉じた。ずっとこのままでいたい。
「そこまでです」
べりっと引きはがされ、足元にすり寄る大きな黒豹に回収される。背中にオレを受け止めたヒジリは窓際へすたすたと歩いていった。
『主殿、女性は身支度がある。その間に着替えてしまえ』
「気が利くな~、ヒジリは男前だもんな」
男女の別はない聖獣だが、嬉しそうに振られる尻尾が太ももにぱしぱしと当たる。侍女に促されたリアムが隣室へ着替えに行ったのを確認し、着替えの服を取り出す。収納魔法はこういう場面でも本当に役立つ。オレの場合は全財産を持ち歩ける容量があるから、余計に便利だった。
デニム生地の半ズボンとシャツを選んで、今着ている服を魔法で清めて放り込む。
『ぇろがきぃ』
『主人、あたくしは?』
ヒジリを褒めたため、他の聖獣が近づいてきた。にやにやする青猫を、半ズボンを履くついでに転がす。ごろんごろん2回転した青猫だが、楽しそうなのでよし。
シャツを羽織るとボタンを留めながら、ブラウに絡んで締めあげているコウコの頭を撫でた。
「コウコは艶もあって鮮やかで色気があるよ」
『そんなに褒められると、もっと締めちゃう』
『ギブッ! 締まる、しぬぅ』
締めすぎた青猫が痙攣するが、コウコはうっとりしていて聞いていない。苦笑いして解いてやった。そのままコウコが腕に巻き付く。会話に参加しないスノーを探すと、彼はまだベッドの上にいた。
「スノー、朝だぞ」
『抱っこしてください、主様』
チビドラゴンが手を伸ばすので抱き上げると、思ったより冷たい。白トカゲと自動翻訳されてたから、変温動物なのだろう。体温が下がり過ぎたらしい。コウコが絡まった右腕をそのままに、左腕で抱きかかえて振り返った。
「すごい姿だな! 聖獣の主って感じが出ている」
着替え終えたリアムは、やっぱり……というか。男装していた。彼女にとっては日常になった皇帝陛下の正装だが、女性だと知っているから複雑な思いが過る。顔に出すとリアムが気にするから、眉をひそめたりしない。
出来るだけ早く、彼女が願う女性らしいドレスやワンピースで着飾らせてあげたいと思った。
「夜は宴があるから、それまでお茶でも付き合ってもらおうか」
「うん」
頷きながら、オレは少し視線を逸らした。その仕草に気づいたリアムは、手を引っ張ってオレを奥へ連れて行く。空気を読んだ聖獣達が影に飛び込んだ。
「どうしたのだ?」
素直に聞いてくるリアムに言うべきじゃない。なのに気遣ってくれる優しい彼女に、知っていて欲しいとも思った。
「……ドレス姿のリアムを見たい」
息を飲んだリアムは何も言わず、掴んだ手を引き寄せた。俯いたオレの手に、彼女の指が絡み付く。恋人つなぎをした彼女の気持ちが読めなくて、言わなければよかったと後悔した。
「ごめんね、こんなの。言うべきじゃなかったんだけど、でも1日も早く、リアムがドレスで着飾れるように……オレ」
頑張ると締め括ろうとした唇が、彼女の手にふれた。声を押し留める手が滑って頬を撫でる。細い指が首筋や耳をなぞった。
「私も早く戻れるようにするから」
「うん。頑張るから」
子供達の小さな願いに、廊下のシフェルは溜め息をついた。戻ってきたクリスが首をかしげると、シフェルは首を振って説明を拒む。しかし部屋の奥で俯くオレ達の姿に気づいた彼女は「頃合いなのかしら」と呟いた。
もう性別を偽り続ける時期ではない。伴侶となるべき存在が見つかったのだから。そんなクリスの声に、シフェルはまったく逆の考えが浮かんでいた。
「いま認める方が危険です。きっとキヨも気づいたでしょうね」
皇帝の唯一の血筋が女だと知られたら、他国の王族から婚姻の申し出があるだろう。国内の貴族も動き出す。彼女に子を生ませれば、その子が次の皇帝となるのだ。卑怯な手を使っても子を成そうと襲う輩が出るのは、火を見るより明らかだった。
「……そうね」
クリスの掠れた声に滲んだ同情が、現状の過酷さを表していた。
いつもお読みいただき、ありがとうございます(o´-ω-)o)ペコッ
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