99.宴会じゃなくお泊まり会
戦勝パレードが終わって、その場で解散になる。よくあるラノベだとお祝いの宴があるのに? と首をかしげ、素直にリアムに聞いてみた。
「戦から帰ったら、まず家族と過ごす。長く離れた家族を安心させて、それから翌日に改めて祝いをすればいい。何より疲れた状態で酒を飲ませると、後が大変だ」
答えは至ってシンプルで、現実の世界なら当然の理由だった。家族のもとに無事帰る為、国にいる親族を守る為に彼らは戦ったのだ。帰ってきたら、真っ先に家族と抱き合いたいだろう。
こんなに当たり前のことなのに、どうして前世界で思い至らなかったのか。不思議な気持ちになった。
「セイのいた世界では、違うのか?」
質問されて、答えに詰まってしまった。
「オレのいた世界では、周囲に戦争がなかったから。おじいちゃんの世代より下は戦争を直接知らない」
歩きながら答える内容は、真実味がなかった。それだけオレがいい加減な引きこもり生活をしてた証拠だ。
「平和な世界か。想像がつかない」
苦笑いするリアムは、平和とは程遠い場所で生きてきた。父が母を殺し、その父を兄が殺した。さらに兄も毒殺され、次は自分の番だと怯えながら生きてきたはずだ。24年生きても、外見は12歳で……侮られて、守られて、悔しい思いをしてきた。
こうして笑っていられる今が奇跡に思える。オレだったら耐えきれない。
「戦が終わって、西の国と北の国を併合したんだろう? このまま戦わないで皆が平和に暮らすことは出来ないのかな」
庭を通り抜けて、リアムの私室へ向かう。廊下に人はほとんどいないが、たまにすれ違うと頭を下げられた。これがリアムの日常で、敬われる立場であっても対等に接する人がいない。
人目がないのをいいことに、手を繋いだまま歩いた。リアムの手は白くて、ここ数日で日に焼けたオレの肌と明かに色が違う。くすくす笑いながら指を絡めてくるから、その手の指に口付けてみた。
ちゅっと音を立ててキスすると、わかりやすく動揺する。可愛い彼女は強引に手を振りながら、キスを避けて歩いた。
「キヨ、くれぐれも……くれぐれも 失礼のないように」
言聞かせるシフェルを振り返り、にやりと意味ありげに笑う。口角を持ち上げた笑みに、わかりやすく眉をひそめられた。
「失礼って何が該当するの?」
今夜はリアムの希望で、彼女の部屋に泊まる。もちろん嫁入り前のお嬢様なので、監視役として侍女が同室で休むらしい。手を繋いで寝たいとリアムが駄々をこねたので、間に聖獣を寝かせることを条件に許可が降りた。
なぜか父親のようにシフェルが事細かに口出しするが、第二皇位継承者なので後見役なのかも知れない。この辺の皇室のルールはまだ勉強してないので、わからなかった。
「間違っても抱き合ったり、軽いキス以上の挨拶もいけません。あとは……」
「わかってます。清い交際ならいいんだろ? ヒジリ達や侍女も一緒なのに」
ぷっと頬を膨らませて抗議した。彼女達がベッドを運び込んで同じ部屋で寝ずの番をするらしいし、ヒジリは真ん中で仕切り役をする。ブラウやコウコ、スノーもわざわざ影から出て部屋の中で寝るのだ。ここまで人口が多い部屋で何か間違いなどあろうはずがない。
「一緒でも心配なのです」
「子供同士で一緒のベッドでお泊りするのって、そんなに危険なの」
「いえ、あの……」
この世界の常識を疑いながら尋ねると、さすがに言い過ぎたシフェルが口ごもった。私室の扉を開けて、ちょっと足が止まる。
以前に来たときは高そうな絨毯の上で寝たが、ラグみたいに部屋の一部に敷かれていた。それが床を全面覆いつくしているのだ。まるで柔らかな芝が敷き詰められた庭のような変化に、驚いてきょろきょろと見回してしまった。
「どうだろう、模様替えをしたんだ」
言われた通り、家具も違う。前は濃い木目だったから重厚さや高級感重視だったが、今は白く優しい色合い中心だ。絨毯がオフホワイトなので、全体に部屋が白くなっていた。
「うん、可愛いと思う。リアムの雰囲気に白は似合うね」
にっこり笑って返せた自分を褒めてやりたい。本当に嬉しそうに頬を赤く染めて笑う彼女が可愛くて、彼女いない歴=人生だったオレには目の毒だった。いや、これこそご褒美なのか!
「あ、ありがとう」
部屋に入ると、後ろから小さな黒猫が飛びついてきた。よく見ると金色の瞳をしているので、ヒジリだったらしい。まあ青猫が小さくなれるなら、黒豹のヒジリも小さくなるはずだ。
「ヒジリか」
『よくわかったな、主殿』
小さくなっても性格も口調も変わらないヒジリを、隣のリアムの腕に乗せてやった。せっかく繋いだ手を離すのは惜しいが、彼女は嬉しそうにヒジリの毛皮に頬をすり寄せる。
黒髪美人と黒猫――眼福の一言に尽きた。
「リアム」
「ん?」
振り返ったところに頬へキス。途端に後ろからシフェルに摘ままれた。首根っこを掴むのは、まるで猫扱いだ。じたばたと暴れると、リアムが笑い出した。
「離してやれ、シフェル」
「このケダモノは注意しても、理解する頭が足りないようですから」
いっそ私も一緒に泊まり込む。そんなニュアンスの近衛騎士団長に、べっと舌を出してやった。
「これでも英雄様だぞ!」
「では英雄として名だけを残してもいいのですよ?」
ぴたっと手足の足掻きを止めた。お前、今「死体でも英雄ですよ」って言わなかったか? 名前だけ残して消えろと聞こえた。
「やだ」
即答したオレにリアムが手を伸ばし、諦めた様子でシフェルが下してくれる。一応「ごめんなさい」といい子の謝罪をしておく。今日のお泊りが中止になるとリアムを泣かせてしまうからだ。
「思惑が透けていますが、許しましょう」
公爵閣下になった途端、すごく上から目線になったシフェルだが、リアムを守る鎧みたいなものだろうと思う。後ろ盾になる家族や親がいないし、性別すら偽った彼女を守るのに手段を選んでいられなかっただけ。
「ありがと」
だから礼は本心から零れた。リアムを守る側に回ってくれて、オレと出会うまで守ってくれて、出会ってからも大切にしてくれることに感謝が口をつく。目を見開いたシフェルがくしゃりと髪を撫でて、小さく「いいえ」と返した。
「お風呂に入るか?」
突然の爆弾発言をする皇帝陛下に、ぎょっとしたのはオレだけじゃなくシフェルもだ。顔を見合わせて、同時にリアムを振り返った。
「お前ら、気が合うな」
くすくす笑う彼女は自分の発言のヤバさに気づいていないらしい。
「あの……お風呂に入るの? これから、一緒に?」
だから発言の意図を確かめるように区切って言葉にした。きょとんとした後、リアムの顔が真っ赤になる。首や耳も赤くなり、それから黒猫を強く抱きしめて背を向けた。
「リアム、ごめん。オレは風呂行ってくるね」
意地悪が過ぎたかと思ったが、シフェルに引きずられて部屋を出た。待っていたクリスは笑っているが、シフェルは洒落にならない強張った顔で迫る。
「絶対に、絶対に手出し禁止ですよ。破ったら……」
声にしない「切り落とします」という宣告に、ひきつった顔で頷いた。男としてこれ以上ない恐怖の脅しだ。ある意味効果的過ぎて、逃げるように風呂へ駆け込んだ。
魔法で綺麗にしていても、やはり湯船に浸かるとほっとする。これは日本人だった影響だろう。異世界人でも、ヨーロッパ出身ならシャワーで満足するのかな。宮殿がヨーロッパ風なのに、湯船がある風呂に感謝する。
少し長めに浸かってから部屋に戻ると、リアムはまだ黒猫ヒジリを抱っこしていた。
いつもお読みいただき、ありがとうございます(o´-ω-)o)ペコッ
感想やコメント、評価をいただけると飛び上がって喜びます!
☆・゜:*(人´ω`*)。。☆




