98.盛大なお出迎え
オレは異世界の戦勝パレードを舐めていた。中世の映画みたいに国民が出てきて、せいぜい紙吹雪程度の歓迎だろうと。ドラゴン殺しは英雄らしいので、花束くらいもらえるかもね。なんて甘くみていた。
傭兵の先頭をきってジャック達の班を従え、聖獣に乗って登場したオレの上で、空砲が鳴った。まず驚いたのは音だ。割れんばかりの歓声と火薬の音で、一瞬耳が聞こえなくなる。気圧の変化で耳が遠くなった時みたいに、人の声がこもって聞こえた。
「キヨ、次がくるぞ」
ジャックの促しで、ヒジリが先に動いた。黒豹がゆったり尻尾を振りながら歩くと、怠そうなブラウが続く。ちゃんと大きい猫サイズなので、ただのペットには見えないだろう。
ヒジリの背中で手を振ると、余計に歓声が大きくなった。魔法陣は街の外壁近くにあるのに、たくさんの人が集まっている。外壁の下側は一般開放されたらしく、あちこちの窓から顔や手を覗かせる人々。街道沿いの建物は鈴なりの人がいて、なんと屋根の上にまで見物客がいた。
あまり上を見上げていると御上りさんぽくて恥ずかしいので、適当に左右に愛想を振りまく。ぽんと上に影が生まれ、長大な龍が身をくねらせた。影から飛び出したコウコが、祝砲のように炎を吐くと住民達は盛り上がる。
肩乗りスノーが「すごい歓迎ですね」と感心したように呟いた。
「オレもびっくりした」
花形の騎士や家族の出迎えがある兵士が終われば、人はいないと考えていたのだ。だから多少残った人が手を振ってくれる程度だと思った。予想外で嬉しい反面、すごく恥ずかしい。
「あれ……、リアム?」
兵士が歩いた後の街道の上は、住民達がいない。通行の邪魔にならないよう、建物の中にいる決まりがあるかもしれない。誰もいない石畳の街道の先に、白い馬に乗った黒髪の美人がいた。勲章らしきアクセサリーを大量に付けたリアムは、後ろに暗赤のマントをかけている。
その後ろに控えるのはクリスとシフェルだ。2人とも正装のようで、騎士服にやはり勲章やアクセサリーが大量についていた。
「なんで?」
大きなクエスチョンを頭の上に浮かべるオレの表情に、数歩下がったノアが口を開く。
「英雄の凱旋に、皇帝が動くのは慣わしだ」
これは慣習としての行為だと言われても、リアムが迎えてくれたのが嬉しい。大きな黒豹に乗ったまま近づけば、手前でヒジリが一度足をとめた。
「我が国の英雄、ドラゴン殺しの栄誉をもつ少年よ。余の手から杯を受けるか」
問う響きに考えるより早く頷いた。
「光栄です」
わああぁ!! 周囲の歓声が大きくなり、リアムの声も先を促すジャック達の声も聞こえない。反射的に両耳を押さえると、歩き出したヒジリがリアムの白馬に並んだ。こうしてみると、馬とほぼ同じ大きさのヒジリはかなり大きい。聖獣や魔獣という存在の定義はよくわからないが、前世界の動物より明らかに巨大だった。
「ただいま、リアム」
「おかえり」
叫ばないと聞こえないような歓声の中で、小さく挨拶を交わした。おそらく後ろにいるジャック達にも聞こえない会話は、2人の秘密として胸に染み込む。
皇帝陛下として正装で騎乗した姿は凛々しくて、思わず見惚れてしまった。これで本来の女の子の恰好をすると可愛いんだぞ。反則だろ、こんなカッコいい子をお嫁さんにもらえるなんて幸せすぎる。
自然と頬が緩んで笑顔になる。すっと手を伸ばされ、反射的に握り返した。その手を見せつけるように上に掲げたリアムの行動に、観衆はさらに盛り上がった。ちらりと後ろをみると、転送されてきた傭兵達が驚きの顔を見合わせている。そうだろ、驚くよな〜こんなに歓迎されるなんて。
街道を進むオレ達の後ろに、傭兵達がお行儀良く続いた。きちんと2列で行進するのは、先頭で指示を出すジークムンドのお陰だろう。後ろに伝達され、次々と転移した連中が慌てて整列していた。
帰りの道は自由に歩いていた奴らだから、慌てふためいている。普段のパレードで傭兵に手を振る沿道の人がいなかった事実が透けてみえた。続いて捕虜が転送されて、すぐに先行した傭兵の一部が両側を固める。こっちの作業は慣れていた。
王太子と側近は慣れているのか。人の多さに気圧されることもなく、毅然と顔を上げて歩いてくる。彼らは「殺される」覚悟が出来ているから、最後に見苦しい足掻きをするつもりはないんだろう。北の国の名を汚さぬよう、彼らは胸を張って歩く。その後ろに続く騎士や兵士も俯いているが、取り乱したりしなかった。
立派だと思う。オレだったら泣き喚いて引きずられる事案だぞ。
「リアム、後でお願いがあるんだけど」
手を繋いだまま進む間に、そっと顔を近づける。囁くような小声は聞こえないが、口の動きを読んで繰り返してから頷いた。
『主殿、コウコが……』
コウコ? 空を見上げると、調子に乗ったコウコが炎を吐きまくっている。このままだと街の一部を焼いたりしそうな勢いだ。
「コウコ、すごくカッコいい。もっと威厳たっぷりのもったいぶった感じも見たい」
コウコは褒めて伸ばすタイプだ。下手に叱ると気に病んでしまうから、褒めてから方向性を示した。
『こうかしら?』
口を閉じてひらひら踊るように空中を泳ぐ。長い身体が青い空に美しく映える。これなら聖獣らしい威厳が広まるだろう。
「すっごくいい。その調子でお願い」
にっこり笑って、空いている左手を振った。コウコは嬉しそうに尻尾を大きく振って、また空を泳ぎ始めた。足元でぶつくさ文句を言う青猫と違い、絶好調だ。
「しっかり歩け、ブラウ。餌やらんぞ」
『僕が餌で言うこと聞くと思ったら……』
「間違いか? じゃあ今夜から飯抜きな」
『やだな、主ぃ。僕は主の僕だよ? 言うこと聞くに決まってるじゃない』
猫はどこまで行っても猫だ。現金なやつで、物欲強くて、我が侭で……でも憎めないのが不思議。
ようやくちゃんと歩き出したブラウが尻尾を立てて歩く。コイツは罰をチラつかせて言うこと聞かせる方が向いてるよな。スノーはまだよくわからないけど、ヒジリは言わなくても察してくれる優秀な片腕だった。
個性が強すぎる聖獣が増えていることは、すでに報告が上がっているのだろう。リアムは興味深そうに肩に乗った白いチビドラゴンを見つめる。
「リアム、スノーじゃなくてオレを見て」
途端に顔を赤くしたリアムが俯く。シフェルとクリスがくすくす笑うので、自分のセリフを反芻してみた。無意識に出た言葉だけど、だからこそ本心だったのか。イケメン以外禁止の口説き文句じゃん?! 恥ずかしくなって赤くなった耳朶を指先で弄る。
「えっと……あの、その……」
前世界でイケメンじゃなかったから、続くカッコいい台詞が見つからない。パニックになった挙句、手を繋いだまま2人で赤い顔をして先を急ぐ。微笑ましいと笑うジャックやノアの声が、擽ったくて恥ずかしくて、さらに首や手まで赤くなった。
『主殿はまた熱か?』
あまりに赤いので心配したヒジリが声をかける。金色の優しい光に、悪いことをしてないのに疾しい気持ちになった。首に頬擦りするスノーが『熱いけど熱とは違う気がします』と余計な実況を入れた。
『(だがイケメンに限る)をやってみたかった、とか』
「お前はアニメの見過ぎ!」
照れを誤魔化す意味も込めて、ブラウの背中を遠慮無く蹴飛ばした。身体を捻ったついでに振り返ると、傭兵達がきちんとついてくる。当たり前なのに、なぜか嬉しくて口元が緩んだ。
レイルに教えてもらった2人の犠牲者以外、欠けた奴はいない。これはオレの功績じゃなくて、2人を喪ったオレのミスだ。予定変更著しい戦場で、なんとか戻ってこられた。彼らを連れ帰ることが出来たのが嬉しい。指揮官としての自覚や責任感なんてわからないけど、こうして彼らの無事な姿を見ると思う。
次は誰も失わないで帰ってこよう。子供だろうがバカにしないで従ってくれた彼らに対して、オレができる唯一の恩返しだから。
噛み締めるように決意を胸に刻んだ。




