97.英雄の帰還
予想通り、一瞬で大量の人間が転送されていく。シフェルが先頭をきって騎士から送られた。順番的に騎士、兵士、傭兵(半分)、捕虜、傭兵の残りだろうか。
「英雄殿に敬礼っ!」
騎士団長のシフェルはひらりと手を振っただけで転移魔法陣に乗ったが、続く騎士は律儀な奴が多いらしい。号令と敬礼にへらりと間抜けな笑みで手を振り返した。ここで自衛隊や警察に就職したことがあれば、格好良く返せたんだろう。しかしサバゲーだと軽く右手を右耳の上あたりで振る感じだった。
途中から疲れてきたが、無視するのも失礼なのできっちり返す。右手が疲れてきた頃、ようやく騎士が終わった。ほっとしながら、ノアが差し出した冷たいお茶を飲む。
「騎士ってマジメだな〜」
「傭兵と比べたらマジメだろ」
そんな投げやりな返答するくせに、オレの後ろできっちり敬礼を返してたよな。しかもオレよりちゃんとしたやつだ。
「ジャック」
名を呼んだ直後「しまった」と唇を噛む。傭兵に過去を聞いちゃいけないんだっけ。「どこで敬礼なんて覚えたんだよ」と茶化すつもりが、命取りになりそうな嫌な予感がした。
「なんだ」
「右手揉んで」
右腕を突き出す。
「はぁ? お前、人使い荒いぞ」
「だって兵士のが騎士より人数多いけど、たぶん敬礼してくるだろ。もう右手が死にそう」
誤魔化しながら、左手のお茶を飲み干した。魔法陣まで行進している間に消えたレイルは、今頃自分の組織が所有する家に戻ったんだろうか。
右手を揉まれながらぼんやり考える。向こう側の合図なのか、魔法陣がぼんやりと光を強くした。すると兵士が次々と乗る。5人単位で転送した騎士と違い、15人も一度に送った。消えるとすぐ乗るため、宮殿近くの魔法陣の上は大騒ぎだろう。早く降りないと後陣が押し寄せてくるのだ。
「兵士もマジメだ」
「自分で敬礼してから言え」
疲れた腕を敬礼の形で支えてくれるライアンが、後ろから文句をつける。隣でサシャが馬鹿笑いしていた。
「しょうがないだろ、疲れちゃったんだもん」
兵士全員がきっちり敬礼していくので、偉くなった気分だ。あれだ、映画で観た肩書きのすごい人みたい。あの人達ってふんぞり返って感じ悪いと思ってたが、これだけの見送りに敬礼を返したなら凄いな。オレみたいに腕を後ろから支えてもらった映像はなかったが、現実にどこまで忠実だったんだろう。
シフェルに言い聞かされ、渡された衣装もいけない。じゃらじゃらとアクセサリーが大量についた上着と、真っ白なシャツ。それもドレスシャツだっけ? 外に裾を出して着るやつで、下が上着と同じ紺色の半ズボンだった。ここだけ子供仕様っぽい。
「このアクセサリーうざい、重い」
「「「はぁ?」」」
ノア、ライアン、ジャックに声を揃えて眉をひそめられた。何、このアクセサリー高額で売れるとか? もしかしてご褒美なの? じゃらじゃら飾り立てたシフェルに「罰ゲームかよ」とぼやいたけど、お給料の現物支給だったりして。
「それ、ほとんどが勲章だぞ」
「ネックレスやペンダントにしか見えない」
大量のネックレスやペンダント、大量の襟章で服が重い。これが飾りじゃなく、勲章だってのか。
「ん? オレ勲章もらった記憶ないけど」
「あれだけ活躍して勲章なしで国に帰るのはない。そもそも昨日の陛下のお越しは、勲章の授与だったんじゃないか?」
「えっ!」
そんな話聞いてない。
「勲章の授与って、あれだろ。謁見の間で大々的に貴族が並ぶ真ん中でもらうんじゃないの!?」
「「「「やっぱ異世界人だからな(か)」」」」
非常識と異世界人という単語がイコール扱いになってきた。サシャまで加わって溜め息を吐かれる。でもちゃんとジャックが説明してくれた。
「勲章は事前に授与されて、それをつけて帰還のパレードに臨むんだよ。まあ傭兵には関係ない話だけどな」
肩を竦めるが、詳しく知っているってことは……敬礼の件もあるので勘ぐってしまう。聞きたいけど、自主的に口にするまで待つのが大人だ。見た目は子供でも中身24歳だからな。そこはぐっと堪える。
ライアンに支えられた敬礼も辛くなった頃、ようやく兵士の転送が終わった。血が下がった腕をぶんぶん振って血を戻す作業を、他の連中は笑いながら揶揄ってくる。ボクシングのポーズをとって、軽くジャブ打ったりしていると、聖獣達がぞろぞろ現れた。
黒い影の中から赤い蛇、白いトカゲ、黒豹の順で飛び出してくる。少しどころか、忘れそうなくらい間を開けて青猫が転がり出た。
『真打は最後に登場するものだ』
きりっと決めてるとこ悪いが「ただの遅刻じゃね」と混ぜっ返してやった。不満そうに鼻を鳴らしたブラウが、ヒジリに引きずられていく。首根っこを咥えられての移動だが、どう見ても序列はヒジリが上だ。しかも引きずる姿が捕らえられた獲物にしか見えない。
見上げた空は青くて遠い。風が冷たくて、長袖でよかったと身を竦ませた。
『主殿は我の背に乗るであろう?』
『あたくしなら浮いて運べるわよ』
『ドラゴン形態はどうですか!』
黒豹、赤龍、白トカゲの順でプレゼンされるが、青猫はごろんと寝転がっていた。本当にやる気ない奴だ。彼らの提案をひとつずつ検討して返事した。
「ヒジリは問題ないけど、コウコの背だと空だから見えなさそう。でもパレードが派手になるから龍の姿で浮いてて欲しい!」
『わかったわ』
背に乗せるのは却下されたが役目があるので、嬉しそうに金瞳を輝かせた。自分も断られそうだと気落ちしている白トカゲに声をかける。
「ドラゴン殺しが、白ドラゴンの背に乗るのは絵的に違う気がするから、次の機会にお願い」
『しかたないですね』
イグアナくらいのトカゲでも、しょげていると愛嬌があるものだ。ひんやりした鱗を撫でてやり、代わりの提案をする。
「あのさ、小型のドラゴンになれないの? 肩に乗れるサイズで、大きめの鳥ぐらい。それならオレの肩に乗ってパレードしよう」
『可能です』
嬉しそうにサイズ変更して、イグアナ級巨大トカゲが肩乗りドラゴンに変化した。この聖獣のサイズの法則ってあるのかな。希望通りに変えられるとしたら、すごいチート能力だぞ。コイツらは何気に使ってるけど、自分の大きさが変わるって体験してみたいもん。
巨人になって「人が蟻のようだ」って言ってみたい。ゴミじゃないぞ、蟻。あと逆に小さくなって、悪戯してみたいが、踏みつぶされる予感しかないな。
『あたくしも首に絡まっていこうかしら』
「いや、コウコの赤く美しい龍体を見せつけるには、空に浮いてる巨大な姿が一番効果的だ」
褒め殺しで『首に蛇を巻くイタイ少年』扱いを回避する。ここは重要だ。戦場の連中は聖獣だと理解してるが、貴族や集まった沿道の人々から変人扱いは嫌だった。それにコウコは中央の国で初お披露目だからな……あれ、それだとスノーも一緒か。
ちらっと視線を向けた先で、小型ドラゴンになったスノーがヒジリ相手に大きさや重さの調整をしていた。本人が気づかないなら、藪蛇にならないよう指摘しないのが賢い。振り返ると青猫が寝転がっていた。くねくねと身体を左右に揺すって、触ってみろと腹を晒す。
「くっ」
これは危険だ。触ったら蹴られる予感がするのに、手が止められない。そして案の定、がしっと両手で拘束されて蹴られた。わかってたのに罠にハマるなんて――実家に猫がいたせいかも。
「ブラウはどうする?」
『僕はヒジリの上に乗るよ』
『断る』
きっぱりすっぱり断られたブラウは、大して気にした様子なく丸くなった。
『影の中に入ってる』
『許さん』
ヒジリ、厳しいな。
「隣を歩かせるか」
『え? 主は猫を理解してない。やだよ』
「よし、クビだ」
『歩きたくなっちゃった』
オレ達のいつものやり取りに傭兵がにやにやしながら、班分けをしていた。先発組と捕虜を挟んだ後発組が、きちんと2つに分かれて並ぶ。街外れにある魔法陣は、見送りに来た人々が大勢いた。騎士や兵士が終わったので、そろそろ解散かもしれない。
「英雄さまぁ!!」
突然の声に振り返ると、街の女の子がぶんぶん手を振っていた。ここにきてのモテ期到来か? でもリアムのが美人だ。しゅんとしながら肩を落とすオレに「男も手を振ってるぞ」とジークムンドが慰める。
「違うっての!!」
同性愛疑惑は、リアムの性別を公表するまで解けそうになかった。
いつもお読みいただき、ありがとうございます(o´-ω-)o)ペコッ
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