96.捕虜の覚悟と扱い方
「なあ、北の国の主食って何?」
「パンだ。あとは小麦で麺を作る」
小麦の麺というと、思いつくのは「うどん?」と口をついた。
「このくらい細い面で、黄色っぽい色だぞ」
捕虜に食事を運んできた傭兵は北の出身らしく、食事を分けながら説明を続ける。
あ、これパスタの方だ。残念……日本人だから、異世界で日本食を求めるのはやっぱ本能なんだわ。
ラノベ読んだとき、異世界で日本食に拘ることじゃないじゃん? と思った過去のオレは謝って欲しい。マジ、日本食食べたい。向こうでパスタめっちゃ食ってたけど、食べられなくなるとうどんが食べたいぞ。出汁と薄口醤油が欲しい。かまぼこ乗せたやつが恋しい。
「このくらいの太さの白い麺は? 聞いたことない?」
小指を立てて指さす仕草で太さの基準を示してみる。太いパスタっていうと、平べったいラザニア用のイメージだった。あれって、実は細く切る前の麺の素じゃね?
「知らない」
王太子殿下の仰せですからぁ? 多分間違ってないんでしょうけどぉ……非常に残念です。食べ終えた器を置いて、捕虜の皆さんが食べる姿をぼんやり見ていると、後ろから声を掛けられた。
「キヨ、残りの肉が焼けたぞ」
振り返ると幸せそうに頬張る仲間の姿がある。多めに焼いた肉の一部が捕虜にも振る舞われた。ちゃんと食べられる環境は大事だし、美味しければもっといい。あの誘拐事件で身に染みて知った教訓が、傭兵にも伝わってる証拠だろう。
にこにこしながら渡された肉にかぶりつく。すでに食べ終えたヒジリ達聖獣は日向に移動して、ごろんと休憩を開始していた。
ある意味、なかなかシュールな絵面だ。鰐サイズの白トカゲ、隣で寝ころぶ青い巨猫と黒豹。彼らの間でとぐろを巻いた赤い大蛇……日向ぼっこする時はサイズ大きいのか、みんな。足りない聖獣は馬だっけ? もういらない。
「キヨ殿だったか。我が部下に食事を与えていただいた恩は忘れない。感謝する」
隣に座ったジャックと肉を頬張っていると、王太子に頭を下げられた。驚いて咀嚼する口の動きが止まってしまう。中途半端に噛んだ肉をごくんと飲み込んで、口を空にした。
「え? なにその、今生の別れみたいな挨拶」
「このあと転移魔法陣で貴国に運ばれると、会えなくなる可能性が高いからな」
まっすぐに見つめる目に「そう、なの?」と疑問が口をついた。だって捕虜だろ? 殺されるわけじゃあるまいし、そのつもりなら捕虜にしないで現場で処分しただろう。彼らが自由に出歩けないのはともかく、オレが会いに行くのは自由じゃん。
「……本当にまっすぐな人だ」
眩しそうな顔をする王太子が呟いた声に、ジャックが複雑そうな表情を浮かべて説明してくれた。捕虜というのは見せしめに殺されることもある。そのため高位貴族や王族が捕まると、悲惨な未来が待っているのだと……。
目の前にいるのは北の国の王太子、つまり次の王様だ。生かして連れてきた理由が、見せしめで殺すためだってのか?
「くっだらない。見せしめなんて理由で殺すなら、最初から死体にして持ち帰ればいいだろ」
「キヨ?」
「だってさ、生かして連れてきたんなら、そのまま使った方がいいじゃん」
「奴隷にするのか?」
西と南の国だと奴隷制度があり、捕らえた兵士は奴隷にされるようだ。そういえば、この世界に来たばかりの頃、奴隷商みたいなおっさんに捕まったことを思い出した。手錠でつないで飯もくれずに引きずりまわして……蹴られた。あれが普通だってのか?
「そんな野蛮なことしなくても、普通に働かせりゃいいじゃん。そもそも捕虜を連れ帰る意味がわからない」
「では、キヨならばどうしますか?」
出発時間が近いのか。身なりを整え終えたシフェルが、どさっと隣に腰掛けた。ここ石畳の上だから汚いぞ、騎士様――嫌味がてら口にしようと思って、大人げないのでやめる。
傭兵達は手早く荷物を片づけ始めた。テントを畳んで積み上げ、横に折り畳みベッドや寝具を重ねている。もう少ししたら、収納係のオレの出番だな。
隣のシフェルがブラシで、オレの髪を梳かし始めた。すでに顔合わせしたが、皇帝陛下の御前に出るなら身だしなみを整えろということらしい。取り出した青いリボンは、オレが官舎に置いてきたリボンだ。
「捕虜を連れ歩けば犠牲が増えるし、こっちも監視やら飯やら大変だろ。その国の牢屋に一時的に閉じこめて、見張りだけ数十人置いていく。今回だと北の国の砦や城を使えばいいんだよ。そんで北の国から徴収した食材でご飯食べさせる。オレらの側はほぼ労力いらないじゃないか」
「逃げられる可能性が高まりますよ。王族を救おうと攻め込まれたら、敵は城の隅々まで熟知した兵士でしょうから被害甚大です」
「うん? 前から思ってたけど……この世界の人間って魔法があるのに、使い方おかしいんだよ。侵入防止の結界を張ればいいじゃないか」
眉をひそめたシフェルだが、手早く髪を結んでくれた。リアムの目の色と同じ青のリボンを丁寧に結わえ、白金の猫毛が尻尾のように背中に落ちる。
「ありがとう」
「いえ……」
答えながらも首をかしげるので、こちらも自然と疑問が顔に出る。どこが理解できなかったんだろう。互いに言葉に詰まっていると、ジークムンドが手を振って呼ぶ。
「キヨ、これをしまってくれ」
「あいよ」
立ち上がって歩き出すと、捕虜の皆さん一同で頭を下げられる。その様子に苦笑いしたシフェルが手伝いを申し出てくれた。騎士の白い手袋を一度外したシフェルが収納口まで持ち上げたベッドやらテントを、流れ作業で収納していく。
「結界は炎などを防ぐものでしょう」
「だからさ、侵入防止目的の結界を作ればいいじゃん」
「……つまり?」
「人の出入りを制限する魔法陣を作る、魔法陣を設置する、魔力を流す魔術師を置く、結界を張る。ほら、簡単だろ」
「技術的には作れそうですが、前例がありません」
役所と一緒か。前例がないとすぐ渋るのが頭が固い証拠だ。
「誰かが試さないと、前例なんて永遠に出来ない」
最後のベッドを放り込み、調理場のテーブルや鍋も放り込んだ。汚れた鍋を入れると、次に汚れて出てくるのがラノベとの大きな違いだ。しかたなくノアと手分けして魔法で洗浄した。
「魔力が尽きた場合の対策も必要ですね」
「魔力を溜める電池作ればいい。人がずっと魔力を流すなんて非効率的なこと、無駄だ。だいたい労働基準法違反だぞ」
じっと顔を見た後、シフェルは溜め息をついた。
「こんな場所で話し合う内容じゃないことは理解できました。あとで研究者を交えて話し合いましょう。先に行きますから、気を付けて無事に帰ってきてください」
白い手袋を両手にはめ、その手で整えた頭を軽く撫でた。傭兵みたく乱暴に撫でないのは、結んだ髪がぐしゃぐしゃになるからか。
気遣いじゃなく、皇帝陛下の御前に出るに相応しい髪型でいろって意味だ。まあ、オレだってね。愛しい婚約者(仮)に会う時は髪くらい梳かすけどさ。それが戦争帰りでも、小汚い恰好で会うのは間違ってると思うわけ。
「さて行こうか」
傭兵達が各々の荷物や武器を手に立ち上がる。広場の石畳の上はきちんと掃除されていた。意外とマナーのいい連中だ。感心しながら、後ろについてくる捕虜の皆さんを振り返った。
「あのさ。確約は出来ないけど、死刑にならないように話してみるからさ。あんまり落ち込むなよ」
無言で頭を下げる王太子と側近らしき騎士は頷くが、諦めの表情が浮かんでいた。ある意味覚悟は出来てるんだろう。逆に後ろの部下達は涙目になりながら「お願いします」と口々に嘆願する。その内容に自分達の命だけじゃなく、王太子の命乞いが混じってるのは、いい王子様だった証拠だ。
「安請け合いするな」
苦い表情で戒めるジャックは、そう簡単に国の方針や世界観は動かないことを知っている。理解できるが、納得できないなら抗う子供の理論で返した。
「希望を持たせるから? いいじゃん、希望を現実にすればいいんだから」
傭兵をこのままオレの配下にしてくれと願い出るつもりだったが、ドラゴン殺しの英雄なら2つ目のお願いも言ってみる価値がある。
魔法陣がある街の外れに向かいながら、オレは前世界で好きだった歌を口遊んだ。
いつもお読みいただき、ありがとうございます(o´-ω-)o)ペコッ
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