94.誰かが我慢は嫌だな
「キヨが断らなきゃ、おれはついてくぞ」
きっぱり宣言したのはジャックだ。
「おれもだ」
「キヨが心配だからな」
サシャとライアンが続き、当然だがノアも「決まり切ってる」と言い切った。拾ったオレを面倒見てくれたことも含めて、本当にこの4人は頭が上がらない。この世界での親や兄みたいな感じだった。
まさに家族同然の付き合いをしてると思う。風呂も一緒に入ったことあるし、食事も同じ鍋をつついて、隣で命を預けて戦った。
「うーん、おれはついていきたいが……その場合は次の隊長を決めなきゃならんな」
自分自身が大きな群れの隊長のジークムンドは、複雑そうな声を出した。きっとゴツい強面の顔で眉間に皺を寄せて、顎を擦ってるだろう。彼の癖を思い浮かべながら、まだ起きられずに唸り声をあげた。
「ん? 寝汚い奴」
寄りかかったレイルが、少し動いて位置を直してくれた。ごろんと首が後ろに折れそうな体勢が楽になる。引き寄せて肩に頭を乗せてもらえたので、再びうとうとと舟を漕ぎ始めた。
言葉や態度が悪いから誤解されるけど、レイルって気遣いができる奴で、嘘やお世辞を言わないから居心地がいい。
「みんな物好きだな。自由な立場を捨てるのかよ」
悪態をつくくせに、レイルの声はひどく優しかった。また伸びてきた髪を手で梳いた彼に、ジャックが問いかける。
「それで、お前はどっちだ?」
「おれは誰の下にも付かない。が、コイツの頼みは格安で聞いてやってもいい」
「……タダじゃないんだ?」
ぼやいた心の声が漏れていたらしい。欠伸を手で押さえながら目を開くと、レイルに叩かれた。
「いてっ」
「起きたらちゃんと座れ」
叩かれた後頭部を撫でながら、むっと唇を尖らせた。起きてたんじゃなくて、いま起きたんだけど。大体寝ているオレの前で勝手に会話を始めたくせに、聞かれて照れるんじゃねえっての。
「えへへ……味方してくれるんだって? 優しいじゃん」
「タダじゃねえぞ」
「格安だっけ?」
にやにやしながら、聞いてたぞと示せば……情報戦の師匠は意味深な笑みを浮かべた。
「ああ、おれの情報料はお前が払えないほど高いからな。払える金額で搾り取ってやる」
もう完全に師匠の手のひらだ。そもそもの基準金額を知らないのだから「安くした」と請求されたら断れない。こういうひっくり返しはレイルの得意分野なのだろう。苦笑いして肩を竦める傭兵達は口を挟まなかった。
「ところで、自由な立場を捨てるって……どういう意味?」
「二つ名持ちはある程度優遇されてる。正規兵になるなら、その権利を手放さなきゃならない」
ノアの端的な説明に、オレは昨夜の会話を思い出す。ヒジリと会話してた時も、なにかを諦めるような言い方をしていた。
この世界で生きていくにあたり、一目惚れした最愛のリアムはもちろん、シフェルやジャック達も側にいてほしいと思う。居心地のいい存在を集めて、美味しいものを食べて、色んな経験をしたい。その反面、オレの側にいるために彼らが何かを諦めたり、我慢するのは間違ってる気がした。
互いに一緒にいる利がなければ、それぞれに暮らした方が楽だろ? ときどき顔を合わせる方が互いに嫌な思いをしなくて済む。家族だと思うからこそ、絶対に隣にいなきゃいけない理由はないはずだ。
「オレといるために、みんなが我慢するのは嫌だ」
本音で呟けば、彼らは驚いた顔で目を見開いていた。
「おれらは邪魔か?」
「うーん、そうじゃないんだ。オレにとって家族だから、我慢させたくない。一緒にいることで不利益があるなら、離れてて時々顔を合わせる方がいいかもってこと」
彼らが一緒にいたいと言ってくれたのは嬉しい。そのために権利を手放す覚悟をしてくれるくらい、大切にされてるのも理解した。だからこそ、我慢させたくない。
「権利を手放さない方法はないの?」
「傭兵のままなら問題ない」
レイルが横から口を挟んだ。返答の速さに、この状況を読んでたのかと疑いたくなる。こういう問題が得意なのだろう。法律のグレーゾーンを突く詐欺師みたいな口調で、淡々と指摘した。
「傭兵ならば二つ名は有効だ。正規兵は命令に従う誓約をさせられるから、命令違反が出来なくなる」
そこで意味深に言葉を切られれば、オレにもわかった。
「なんだ、傭兵として再契約なり契約更新すればいいじゃん」
解決したとケラケラ笑い、よいしょと立ち上がった。すたすた歩きだすと、首をかしげながらガタイのいい傭兵連中がついてくる。子供の後ろを歩くゴツイおっさんという絵面は結構シュールだと思う。
「どうするんだ?」
ノアの疑問に振り返り、満面の笑みで答えた。
「まず食事作るんだよ。契約更新は褒美で願い出てみるから後でね」
問題を棚上げしたように見えても、とりあえず独断で決まる話じゃない。お偉いさんを説得するにしろ、オレの予算で払うにしろ、今は決定できなかった。
ならば目先の問題が優先だ。帰還して褒美を願い出るために必要なこと――朝の食事だった。飯を食わねば動けない。先に獲物を取りに行ったヒジリは、その意味で偉い。
見回すと、一部の料理人が包丁片手に作業をしていた。昨夜残った肉と乾燥野菜を用意して、硬い乾パンが山ほど積まれている。お湯はコウコが沸かすとして、昨夜の肉と乾燥野菜でスープは作れた。もしヒジリが肉をGETしてくれれば、それを焼いておかずにできる。
「うーん……これの調理方法が問題か」
パンが昨夜尽きたので、今朝は乾パンだ。
「保存食をここに積んで」
机の上に、自ら乾パンと干し肉を並べた。すると収納魔法を持っている数人が寄ってきて、各々に保存食を出し始める。乾燥野菜やハーブもあり、胡椒らしき粒もあった。それらを眺めながら、唸る。
乾パンをそのまま食べると疲れる。当然だが歯が痛くなる。なんとか柔らかく……前はミルクに浸けたっけ。前世界で備蓄用に食べた乾パンの比じゃない硬さを誇る乾パンを睨みつけ、ノアが並べた食材の中のミルクを手に取った。
「そのまま飲むなよ。そろそろ火を通さないと腹痛起こす」
「うん」
少し日付が古い牛乳って意味だとすれば、これをスープに入れてミルク煮込みもいいな。ふと気づいて乾パンを摘まむ。味噌汁の麩は乾燥してたけど、温かい味噌汁に入れたら汁を吸って柔らかくなった。あれと同じように乾パンをミルク煮込みに入れたら!
「よし、ミルク煮込みだ!」
きょとんとした顔の連中を放置して、ありったけの鍋を並べる。さらに別の奴が収納してた中くらいの鍋も調達した。ミルクを入れたあと水で薄める。
「コウコ!」
『出番かしら、主人』
「この鍋の中身を沸騰させて!」
ブレス(極小×2)で無事にすべての鍋が沸騰した。そこへ乾燥野菜を手分けして入れ、残っていた肉を足していく。味見の前にもう一度コウコのブレスで、沸騰の温度を維持してもらった。乾パンを投げ入れるオレに、周囲は顔をしかめる。
たぶん、こうやってふやかして食べたことないんだと思う。諦め半分のノアが手伝ってくれたので、ハーブで香り付けした。昨夜と同じ結界で包んで冷めないように維持する。半円の白いドームは意外と便利だが、結界なので長時間は疲れそうだ。
『主殿、肉だ』
「ありがとう! ヒジリ、さすがオレの聖獣様」
現金だが、やっぱり肉を確保してくれる黒豹は一番のイケメン聖獣だ! 抱き着いて頬ずりし、目の前に置かれた兎っぽいのと巨大ネズミっぽい獲物を、ノア達に渡した。
「キヨは食べ物になるとこだわるよな~」
硬いままの乾パンをひとつ齧るライアンの声に、振り返りながら返した。
「美味しいご飯は部隊の基本だぞ」
「そんなキヨだから、皆ついていきたいんだよ。多少の損してもな」
サシャはオレの頭を撫でながら、くしゃっと顔を笑み崩した。擽ったい気持ちが広がり、胸が詰まる。
「肉をばらしたぞ」
手際のいいノアの声に「こっちで焼くから貸してくれ」と手を振り回して叫んだ。
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