93.そもそもお湯が沸かせたじゃん
ベッドに横たわると、普段より多めに毛布を掛けてもらった。この街出身の傭兵が数人家に帰ったらしく、毛布を2枚ずつ支給できる。余った分をオレの上に掛けてくれたのは、湯たんぽ役のヒジリにも必要だと考えたためらしい。
「ヒジリは毛皮があるから要らないよ」
そう告げて自分の毛布に包まった。うとうとする頭の片隅で「毛布が余るなら、捕虜に……」とか呟いたのは覚えている。あっという間に眠りに落ちた。
「キヨって変な奴だよな」
サシャの呟きに、ライアンが小声で同意する。
「コイツはいつも他人のことばかりだ。捕虜の話だってさ、普通は飢え死にしようが凍えようが放置だぞ」
「キヨらしいが、いつか足を引っ張られそうで心配だ」
ジャックが溜め息を吐いた。この世界に来て間もないキヨヒトを心配するのは、傭兵ばかりではない。皇帝陛下のお気に入りで、近衛騎士筆頭のシフェルや情報屋のレイルとも親しい存在だった。短期間で他人の懐に入り込む才能は凄いが、本人の危機感のなさが際立つ。
危なっかしくて見ていられない――本音を漏らしたジャックの隣で、ノアがキヨの肩に毛布を掛け直した。
「おれらが見ててやればいい」
そこに含まれた願望に気づいて、3人は目を見開いた。ずっと一緒にいればいい。いられる地位を得れば、側にいられる。その考えは『自由な傭兵』という立場を捨てるのと同意語だった。
キヨが今後も皇帝の手足として働くならば、兵士としてついていくしかない。足りない手足として求められた傭兵は、今回で解雇されるかも知れないのだ。もちろん命令で他の奴の部隊につけられる可能性もあるため、必ずキヨの下で働ける保証はなかった。
「そうだな……そうなればいい」
二つ名もちの傭兵には、戦場である程度の権限や自由度が与えらえている。実力を認められた上での二つ名だから、部下を生かし局面を動かすための命令違反も多少は許された。しかし正規兵となってしまえば、二つ名がもつ権限は凍結される。
『主殿は慕う者を見捨てたりせぬ』
寝ていると思った聖獣が金色の瞳を輝かせて、獣の口で予言めいた言葉を告げる。主君であるキヨにしがみ付かれた体勢のまま、聞き耳を立てていたヒジリは尻尾を振った。
『我は主殿の従者なら、人形のような兵士より傭兵が相応しいと思うぞ』
自らの個人的な見解まで添えた大盤振る舞いの聖獣へ、「ありがとう」と口々に礼が返った。聞いていないフリで尻尾を振ったヒジリは目を閉じる。しかしぴくぴく動く耳は、彼が眠っていないことを示していた。
「俺らも寝るか」
キヨと聖獣達のおかげで温かい食事を摂れた傭兵達は、よく眠る子供の顔を確認して目を閉じた。
朝日が昇るとすぐに目が覚める。ここのところ屋外で寝起きするため、テントが光を遮っても目が覚めるのだ。一度起きてから楽しむ、短時間の二度寝がオレのお気に入りだ。しかも今朝はもふもふの黒い毛皮様を抱きしめる特典付きだった。
「ヒジリがいると、ダメ人間になりそう……」
『主殿、起きたなら我は影に戻るぞ』
「え、冷たくない?」
『他の聖獣が朝食を確保できると思うか?』
「あ、無理だね」
仕方なく手を離すと足元の影に吸い込まれるように消える。手持ち無沙汰になったので、欠伸をしてからベッドに座った。コウコもスノーも見当たらない。全員影の中なんだろうかと想像しながら、靴に足を突っ込んで驚いた。
びくりと揺れた足を宙に浮かせ、なにかが占領している靴をそっと摘まみあげる。目の高さから逆さにして振ると、蛇が腕に絡みついた。ひぃ……声にならない悲鳴は、爬虫類の冷たい感触に凍り付く。
「コウコ、脅かすな」
ぼやいて腕から首へ移動するコウコを撫でた。気持ちよさそうに目を細める仕草を見せるものの、爬虫類特有の瞬きがない金瞳はくるんと大きなままだ。
「コウコが右の靴にいたなら、左は……」
今度はさっさと逆さにして振る。低い位置で振った左の靴から小さなトカゲが転がり出た。落ちまいと靴紐にしがみ付いている。
『主様、落ちるっ、落ちます』
「後ろの尻尾がもう地面についてるから」
指摘されて安心したスノーが手を離して、無事着地した。チロチロと舌を見せるトカゲは照れ隠しなのか、ベッドの下に入っていく。
「朝から疲れた」
前世界なら爬虫類はテレビ越しでしか縁がなくて、おそらく直接触ることもなく生涯を過ごしただろう。都会育ちなので子供の頃に触った記憶もない。魚の鱗とも違うすべすべして冷たい感触は、生理的な嫌悪感もなく受け入れられた。
「おはよう、キヨ。体調はどうだ?」
ノアが心配そうに声をかける。昨夜は別に熱が出たわけじゃなし、心配される状況だったかと記憶を辿ってしまう。まあ、オカン属性なノアらしいけど。
「ありがと。問題ないよ」
大きく伸びてからテントを出る。大きめのテントは20人ほど入るが、その一角をわざわざ布で区切って部屋にしてくれたのは、傭兵達の気遣いだ。壁代わりの布をすり抜けると、外側の方がかなり寒い。
「うーん。テントの改良って必要だよな」
魔法がある世界なんだから、もう少し魔法の使い方を真剣に検討した方がいいと思う。前世界で観た魔法映画なんか、生活が1から10まで魔法漬けだった。この世界は魔力も魔法もあるくせに、物理で戦ったりする。
魔法がある世界に転生できますよ……と言ったカミサマが最後に言葉を濁したのは、絶対にこの世界が物理優先だったからだ。つまり詐欺行為だと知っててオレを送り込んだわけで。
「もっとチートが欲しかった」
料理の知識も含め、オレが知ってる知識は意外と役立たずだった。似た味を再現することができたとして、電子レンジは作れないし、火を使わないと飯一つ作れな……あれ?
「キヨか」
自分は暖かいアジトとやらで寝たのだろう。早朝の広場で噴水の縁に腰掛けたレイルが、ひらひらと手を振る。近づいて隣に腰掛けながら、昨夜片づけなかった鍋を覗き込んだ。
「なあ……オレ、昨日蒸し料理作ったよな?」
綺麗に食べ尽くされているのは問題ないんだが、ひとつ重要なことに気づいた。
「ああ、赤い龍のブレスを応用してお湯沸かしてたな」
「だよな? 火が使えないから苦肉の策だったんだけどさ。考えてみたらコウコがブレス(極小)でお湯沸かせるなら、蒸し料理じゃなくて鍋も出来たんじゃない? 沸騰したところに火の通りがいい乾燥野菜ぶちこんだらスープ飲めたじゃん」
そう、昨夜お湯を沸かしたのだ。ならば温かいお湯をそのまま活用すればよかったのに、考えが電子レンジに固執していて蒸す方向へ行ってしまった。
「ん? 蒸したもの旨かったぞ」
そういう問題じゃないが、まあ美味しかったのは認める。頷いたオレはそれ以上話さずに、欠伸をして隣の男に寄り掛かった。
「なんだ、子供はまだ眠いのか?」
揶揄うレイルの声も遠くて、ぼんやりしながら頷いた。いつもはすっきり目が覚めるんだけど、どうしてか眠くて……前もこんな経験したと思いながら目を閉じる。
「キヨはまた寝たのか」
ジャックの声が聞こえると、がやがやと人が集まる気配がする。意識がまるで剥離したみたいに、ぼんやりした意識は起きてるのに身体は完全に眠っている状態だった。耳に飛び込む話を聞くともなしに流していく。
「前も起きられなかったな。魔力が乱れてるんじゃないか?」
「新しい聖獣と契約すると、しばらく怠そうだけどな」
「魔力量が増え続けてるから、疲れるんだろ」
それぞれに見解を述べる彼らの声に、起きなくちゃと思う。もうすぐヒジリが何か食べ物を持ってくるから、肉を入れたスープを作って……まずコウコに頼んでお湯を沸かす。乾燥野菜と肉を入れて温かいスープを――半分眠った意識で料理の手順を思い返していた。
そのため傭兵達の話が別方向へずれていたことに気づくのに遅れる。
「キヨについていく奴は、どのくらいいる?」
いつもお読みいただき、ありがとうございます(o´-ω-)o)ペコッ
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