89.倒したドラゴンの中身が……
「ったく、目を離すと無茶しやがる」
聞き慣れた声にうっすら目を開けると、すぐに手で目元を覆われた。じわりと手の熱が伝わって心地いい。抱き上げられた身体が触れた部分も、タオル越しの体温が伝わってきた。
「さっさと寝ろ」
ぶっきらぼうな口調の友人の、ぶすっとした顔が想像できる。赤い短髪で薄氷色の冷たい瞳の青年を思い浮かべながら、眠りに落ちていく。安心したのと疲れたので、もう起きているのが辛かった。
「あとで……話、ある……から」
「わかった」
逃げねえよと笑われ、抱き上げたまま歩き出す気配がする。そのまま意識を失ったらしい。
「知らない天井だ」
ずっと忘れていたネタを呟くと、ベッド脇で『主、余裕だね』とブラウが答えてくれた。くすくす笑いながら隣を見れば、腕を組んだまま椅子で寝ている赤毛に気づく。本当に逃げないでいてくれた。
「……起きたか」
欠伸をしながらレイルが手を伸ばし、額に乗せられていたタオルを奪う。体温と同じ温度のそれを冷やして戻したレイルが立ち上がった。反射的に腕をつかんでしまう。しかし手の感覚が遠い。
「ジャック達に知らせる約束だ」
別に帰るわけじゃない。そう言われて頬を突かれた。間違いなく子ども扱いされてる。確かに毎回自分の限界を超えて暴れては、こてんと寝るを繰り返してきたが……嫌がらせを兼ねた仕草に、頬を膨らませた。こういうところが子供扱いの原因だろう。
「ほら、おれは約束を守る奴だぞ」
別れ際の「またな」を思い出し、手を離した。ドアを開けて何やら話していたレイルが避けると、どかどかと大量の男達が踏み込んでくる。あっという間に部屋の人口密度が高くなった。ジャック、ジークムンド、ノア、ライアン……次々と現れる顔見知り達。最後の方は誰だか見えない。
「キヨ、無事か?」
「ドラゴン殺しの英雄様、だろ」
「ありがとうな」
「たすかった」
なぜか北の王太子が混じっている。お前、捕虜なのに自由に出歩いてていいのか? 起き上がろうと足掻くが手足がしびれた感じで、どこかぎこちない。まるで他人の手足を動かそうとするような、遠い感じがした。
「よし、ちょっと掴まれ」
ジャックが背中に手を回して抱き起してくれた。ノアが用意したクッションに寄り掛かりながら、前もこんなことあったと思い出す。
改めて見回した奥の方に、見知らぬ顔も紛れていた。
「あの……悪かった」
奥の方にいた男が謝る。頭を下げた彼の顔に見覚えがなくて首をかしげると、「門番だよ」とジークムンドが教えてくれた。
「いいよ、もう」
孤児を差別するのは、この国では当たり前だ。ならばその常識が変わるまで、彼らの態度の本質は変わらないということ。今謝るのは、ドラゴン退治の英雄様扱いの子供に機嫌を損ねられたくないからだろう。嫌な考え方だけど、中身まで子供じゃないから大人の部分で納得する。
「ドラゴンはどうしたの?」
『主殿、それがな……仲間が増えた』
「うん? 仲間? 増えた?」
大量の『?』を振りまきながらベッドの下を覗くと、白いトカゲ様がいた。軒下に白蛇が棲むと縁起がいいと言うが、これはトカゲでも適用される言い伝えだろうか。異世界な時点でアウトか?
輝く金瞳は聖獣の証だっけ……この眼差しは、あれだ。仲間になりたそうに云々ってパターン。
『僕を助けてくれてありがとうございました。聖獣として主様のお役に立ちます』
トカゲは妙に礼儀正しく挨拶した。影の中から出てきた黒豹ヒジリが取りなすように説明を始めた。その話を総合すると、襲ってきたドラゴンは寝ていた白トカゲを餌として飲み込んだらしい。
元は黒いドラゴンだったが、聖獣の魔力によって金瞳と白い鱗を手に入れたのだ。魔力があふれる状況に興奮したドラゴンが近くにいる魔力に惹かれて顔を見せ、足元の小動物にちょっかいを出した。そして小動物の中にいたオレにやられた……と。
おそらくドラゴンが引き寄せられた魔力は、3匹もいた聖獣だろう。同族の気配に惹かれた白トカゲの影響を受けたと思われる。つまり、オレ達が襲われた原因はコイツだ!
「いやいや、主様じゃないから」
『すまぬ、契約済みだ』
ヒジリが呟くと、証拠を見せるように白トカゲは影の中に潜って顔を見せた。いやぁ……状況がわからないんだけど。そしてデジャヴにも程がある。聖獣って強制契約機能ついてるの?
「オレは承諾してない」
『お願いします。何でもしますから』
出てきてぺこりと頭を下げるトカゲの、しょぼんと垂れた尻尾がちょっと可哀想だが……これ以上聖獣増やしたって困る。
「ここまで来たら、コンプリート目指したらどうだ?」
「そうだ、可哀そうだ」
「聖獣様だからな」
周囲の傭兵にとって、聖獣は各自の国を守護する獣だ。神様や信仰がないこの世界で、唯一宗教に近いのが聖獣の存在だった。そのため、聖獣は大切にする意識が根付いている。このままではこちらが悪者にされそうだ。
「……わかった」
『僕にも名前をください』
土下座……トカゲでもそう表現していいのか。床にぺたんと平らになってお願いされたので、少し考えこむ。一般的に白は『ブランシェ』だとか『アルブス』なんかが一般的か。ブランは青猫と被るし、アルブスも白髭の某魔法使いを髣髴とさせた。ちょっと方向性が違う。
「……シロ、読み換えてハク?」
『主ぃ、それは川の主だから』
「ああ、そうか」
周囲は「またか」と温い目で待ってくれている。傭兵連中は慣れてしまったのだ。非常識な指揮官は、きゅーと鳴く白トカゲの聖獣と契約するのだ――と、のんびり待つ。契約後は話が聞こえるようになるが、契約前は鳴き声でしかない会話を予想する遊びまで始めていた。
「やっぱり白い物……雪、スノー?」
『主って名付けセンスないよね~』
「煩い、ブラウ! 踏むぞ!!」
叱りつけて顔を上げると、白トカゲは目を輝かせていた。元から金瞳だから輝いてはいるが、嬉しそうに舌先をちろちろさせながら声を上げる。
『スノー! それがいいです』
「あ、いいんだ。じゃあスノーで」
意外と素直な真面目君みたいだ。ブラウと選手交代で! と考えたのがバレたのか。ブラウが細い目で睨んでくる。にやりと笑い返してやった。
『主様、これからよろしくお願いします』
「こっちこそ」
契約が済んだオレの頭をジャックが手荒く撫でる。よく見ると捕虜の数人はまだ鎖が付いていて、その先をジークが確保していた。
「王太子さん、なんでここに来れたの?」
「心配だったのと、部下を助けてもらった礼を言いたくて。ありがとう」
頭を下げられて、ちょっと居心地が悪い。
「助けたのって、ここにいる全員だから。傭兵は気のいい奴が多いからさ。オレはコイツらに頼まれたから動いただけだぞ」
「……相変わらずだな」
苦笑いしたレイルが差し出したお茶を口にしながら、痺れた手をグーパーしてみる。ぎこちないがさっきよりマシだ。油の切れた機械みたいな動きが、やっと滑らかになってきた。
ほんのり甘いお茶に、くんくん匂ってみる。なんだろう、懐かしい感じがするな。
「毒は入れてないぞ」
「うーん、懐かしい気がするんだよ。子供の頃飲んだような……」
「今も十分子供だ」
「確かに」
「子供のくせに騒ぎに首を突っ込みすぎです」
笑い合う傭兵連中に混じり、奥から顔を出したシフェルが拳を頭の上に落とした。ゴツンと響いた音に「うわ、痛そう」と声があがるが、正直そんなに大したこと……あるわ。マジ痛い。さらに拳をぐりぐり押し付けられて、激痛にぐったりしたところで許された。
お茶のカップを回収したレイルが、声を殺して大笑い中。この男の笑いのツボはよくわからん。
「っ、……まだ飲むか?」
ようやく笑い止んだが顔がにやけているレイルに、素直に頷いて手を伸ばした。取り出した水筒から注いでくれるお茶の色は柔らかなブラウンで……あ、思い出した。
「甘茶だ! お祭りのときに飲んだやつ」
「……こんな地方のお茶、よく知ってたな」
驚くなかれ、レイル君。これは異世界にもあるお茶だ。子供の頃にお祭りで飲んだが……なんだっけ。花が咲く木の若葉じゃなかったか?
いつもお読みいただき、ありがとうございます(o´-ω-)o)ペコッ
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