88.竜口に入らずんば勝利を得ず!
「このままじゃジリ貧だ、ボス」
ジークに言われるまでもなく、剣を振り回す連中の体力が落ちているのは見て取れる。なんとかドラゴンを撃退する方法を考えなくちゃマズい。やっとオレらに追いついた兵隊は指揮官不在らしく、おたおたしているだけで個々に応戦し始めた。
「正規兵の役立たず、金食い虫」
思わず本音が漏れた。傭兵と違って、本当に使えない。
舌打ちしてドラゴンの動きを目で追う。圧倒的な力を誇る相手を倒す急所……弁慶の泣き所? いやいや、ないわ。思いついた場所があまりにも定番すぎて、首を横に振った。
そもそもドラゴンは空飛べるから、スネを打たれても飛べばいいわけだし。つま先も同じ理由でアウト……ん? 飛ぶ?
「ヒジリ、翼への攻撃は?」
『魔力で浮いているから意味がない』
これもダメか。唸りながらドラゴンを睨みつける。大体が鎧みたいな鱗を全身に着込んだ、飛ぶほどの魔力を持つ怪獣なんて卑怯だろ。こっちは生身の人間だぞ。あの大きな口にぱくっとされたら終わりじゃねえか!
「……すごく嫌な方法を思いついた」
『聞きたくない』
「そんなこと言わないで」
『嫌な予感がする』
ヒジリったら、すごくカンがいいんだな。そう、異世界人はこれを『フラグ』と呼ぶのだ。そして『嫌な予感程よく当たる』とはまさに名言だろう。
「オレが知る知識だと、外が頑丈な奴は中身が脆い……つまり!」
『あ……主が食われちゃうぅ~。尊い犠牲だった』
勝手にオレを殺すな。
『主人、早まらないで!』
だから殺すなっての。
「ブラウは夕食抜き! コウコは絡みつくのを1日禁止!」
『『ええ~!(ひどいわ)』』
誰が食われてやるか。なんでオレが自分を犠牲に他人を助ける設定になってるんだ。嫌なフラグ立てるなじゃねえよ、不吉すぎる。第一そんな偽善精神持ち合わせてないから。
手にした銃をベルトに戻し、ナイフを収納に放り込むついでに、物騒な物を引っ張り出した。爆弾魔であるヴィリから預けられた信頼の証こと、大量のダイナマイトだ。1箱あるのを確認して、収納し直した。
「よし」
多分効果があると思う。確か怪獣映画でも口の中に連射してやっつけたシーンがあった、気がするし。問題は食べさせる方法だが……やっぱり餌になるしかない?
「ヒジリ、あの滑り台に下して」
『断る』
きりっといい顔で主人の命令を拒否するとはいい度胸だ。跨った黒豹に抱き着いて耳元で「お、ね、が、い」と某アニメキャラみたいに囁いてみる。ぶるっと身を震わせたヒジリの毛が逆立っていた。なにこの反応、めちゃくちゃ失礼すぎる。
『主殿、我にその趣味はない』
「オレだってねえよ」
素で口調が冷たくなる。空に浮いている状態で、下にある滑り台の頂点までそこそこ距離があった。高所恐怖症じゃないが、足がすくむ感じはある。しかも飛び降りたあとで滑ってしまったら、格好悪く一番下まで落ちてしまう。
ごくりと緊張で喉が鳴った。
「ヒジリが協力しないなら、(やだけど)飛び降りる」
『……いたし方あるまい』
いろいろ葛藤があるようだが、ヒジリは嫌そうに空中を駆け下りてくれる。その喉元を撫でながら、無事に土の滑り台に立った。思ったより先端部分の平らな部分が小さくて、足元が恐い。反対側は切り立ってたんだ……落ちたら死にそう。
「キヨ、何をする気だ!」
「危ないぞ」
叫ぶ傭兵に大声で命令を伝えた。
「全員退却! 100mくらい後ろへ下がれ!」
「しかし…っ」
「そこ! 命令違反だぞ~」
反論しようとしたノアを指さすと、苦笑いしたジャックがノアを引きずって離れる。その姿に不思議そうにしながらも傭兵達は従った。しかし兵隊がそのままだ。正規兵なのでオレの指揮下にないから、もちろんオレの命令なんて聞かないだろう。
「ブラウ! 残り全員吹き飛ばせ」
兵士の皆さんは強制退去ということで。ブラウの風で吹き飛ばしてもらうことにした。ぶわっと風が動いた気配と、大量の悲鳴が後ろから背中を叩く。合図したコウコが小さくなって地面に下りると、獲物を見失ったドラゴンは周囲を見回した。
「よう!」
目の前にいるのは、小さな人間一人。正確には後ろで唸るヒジリもいるが、飲み込む獲物としてはちょうどいいサイズだと思うわけだ。ドラゴンは金色の目を輝かせ、ぱくりとオレを丸呑みした。
「……キヨが…食われた、ですって!?」
転移魔方陣を使って街まで迎えに来たクリスが、前線からの報告に息をのんだ。すでに旦那のシフェルは城門から外へ飛び出している。咄嗟に愛馬に跨って門へ急いだ。
門をくぐった瞬間、咆哮をあげるドラゴンが見える。この世界では稀に魔物との戦いが起き、人同士の戦と違い、圧倒的な力を行使するドラゴンは追い払う対象だった。
浮き上がって空から攻撃されれば兵はひとたまりもないし、硬い鱗は魔法を弾く。剣もほとんど効果がなく、銃に至っては銃弾が跳ね返される有様だ。とてもではないが討伐など考えられない魔物だった。そのドラゴンが口から火を吐いて苦しんでいる。
「何が起きたの?」
クリスの質問に答えられる者は誰もいなかった。
それは前線でも同じで――キヨが黒豹ごとドラゴンに飲まれたのを見たシフェルは、衝撃に剣を取り落とす。あの少年がわずかな期間で、中央の国にとって大切な存在になっていた事実が突き刺さる。異世界の考え方を持ち込み、この世界を改革していく人間だ。
誰より誇り高く高貴な皇帝陛下の伴侶になるべき者。彼が見せた圧倒的な強さを過信して戦場に置いたのがマズかったのか。今さら失われたからと報告できるような、軽い子供ではない。
ドンと衝撃音が地響きとなって伝わってきた。
「キヨ……」
茫然としながら名を呼んだシフェルは、目の奥が熱くなる感覚に襲われていた。これは涙がこぼれる予兆ではなく、まるで赤瞳の竜が暴走した際に引きずられるような……畏怖や恐怖が混在した感覚だ。この場で赤瞳を持つ竜属性の心当たりは、キヨだけだった。
まだ、生きているのか?
裏切られるかもしれない希望を抱いたとき、ドラゴンは空へ向けて炎を放った。そしてゆっくり身を伏せて、横倒しに倒れる。
「げろっ……無理ゲーすぎ……っ」
緊張感の欠片もない声を上げて、ドラゴンの喉が裂けた。こういうアニメのシーンってあったよね。死んだと思って皆が泣いた頃、死体の腹を中から裂いて出てくるやつ。そのくせ爽やかな笑顔だったりする主人公が、すごく嘘くさいと思ってた。
そして今のオレは、ゲロ臭い。これは知りたくなかった現実だ。嗅いだことないけど、ゴミ屋敷レベルの悪臭が全身を覆っていた。
「う゛ぅ゛……臭くて死ねる」
『主殿、次は付き合わぬぞ』
「……次はないから安心して……うっ」
嘔吐き、ぼやきながら出てきたオレらに駆け寄ったブラウが、途中で鼻を押さえて悶絶した。フレーメン反応すらなくのたうち回り、コウコは最初から近づかずに遠巻きにしている。爬虫類は臭いに敏感らしい。そういやチロチロ出てる舌の先で匂いを確かめると、公営放送の番組で観たかも……。
ドラゴンは雑食らしく、半端ない量の食べ物が胃に溜まっていた。捕虜を食べずに爪先で遊んでいたのは、単に腹が空いてなかっただけらしい。
ねちょっとした手で地面に手をついた瞬間、ぬるりと滑って地面に倒れた。気分は妖怪である。ヒジリはさっさと影の中に逃げ込んだので、水浴びにでも行ったんだろう。ずるい。
「ドラゴン殺しだ!」
「英雄の誕生だぞ」
「「すげぇ」」
興奮した傭兵や兵士が駆け寄り、一定の距離でぴたりと止まる。それ以上近づく勇者はいない。生臭いのと腐敗した何かが髪に絡んで顔に貼りつき、前がよく見えなかった。よろよろ数歩這って力尽きたところに、オカンが駆け寄る。
臭いだろうに収納から取りだした水で湿らせたタオルを……投げつけた。くそ、そこは感動的に手渡しだろう!! 目の前に落ちたタオルを拾いながら嘆く。
ここは無事を喜んで抱き着いて、オレに「汚れるぜ」と苦笑いさせて、涙ぐみながら「無事でよかった」と返す感動のシーンだと思うわけ。現実は冷たいな……あ、ゲロの一部が凍ってる。もしかしてドラゴンが氷吐くタイプだったからか?
「ノア、ひどい」
「悪いが臭すぎる」
オカンにも見捨てられたが、とりあえず濡れタオルで顔をよく拭いた。このタオルは廃棄して、新しいのを返却した方がよさそうだ。洗っても受け取ってもらえる気がしなかった。
髪の毛が臭うと、結局顔を拭いても臭いのだ。バケツをイメージして上から水を掛けてみる。首がぐきっとなったので、今度はシャワーのイメージで柔らかく降らせてみた。きらきらと光が水を弾くので、虹が見える。
全身を洗い流したところで水をとめ、大きめのタオルを収納から引っ張り出して包まった。
寒気がする、やばい。これって風邪ひいたかも。氷竜の胃で冷えたかな……ぼんやり見回したところで足が縺れる。転ぶと足元はゲロが残ってるかも、そんなオレを誰かが抱き上げる感じがした。
いつもお読みいただき、ありがとうございます(o´-ω-)o)ペコッ
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