85.街で知った現実
「キヨは本当に……レイルが好きなんですね」
しみじみと言うな、腐ってるみたいだろ。まあ、嫌いじゃないから否定もしないけどさ。
「それよりボス、肉を酢で揉むんじゃなかったか?」
「いけねっ」
ジークムンドの指摘に慌てて駆け寄ると、ビニール袋魔法で肉と酢を揉みまくる。突然ぐにゃっと柔らかくなって指が突き刺さるんだよ。この感触はちょっと癖になる。そう、あれは柔らかなクリスのお胸様を握らせていただいた記憶に通じる……。
過去の優しい記憶に顔を緩めながら、柔らかくした肉を鍋に放り込んだ。生煮えにならないよう、しっかり煮込んでいる間に、なんと! 騎士や兵士の食事が終わったらしい。
「ええ! そこは待ってくれる場面だろ!!」
「何を我が侭なこと言ってるんですか。我々は先に街へ入りますから、あとから来てください」
きっぱりシフェルに切られてしまい、しょんぼりと鍋の側に戻る。煮えた鍋の中身を分けるノアに髪をぐしゃぐしゃにされ、並んでる奴らにも乱暴に撫でられた。まあ、こいつらが気にしてないなら、オレも構わないけどさ。
「これがヒジリ、野菜多めのブラウとコウコの分」
ぶつぶつ言いながら、専用の皿によそっていく。ヒジリは食料調達に貢献しているので、肉多めにしておいた。ブラウはいつも残すので野菜多め、コウコは単純に野菜好きだ。好みをだいぶ把握できたので、今後が楽だろう。
帰ったら専用皿を用意しようかな。戦闘シーンでも魔法でも役に立ってくれてる聖獣へのお礼を考えながら立ち上がると、ノアに器を渡された。
「ありがとう」
「キヨが食べないから、みんな待ってるぞ」
ジャックに言われて、確かに食べ物が目の前にあるのに座って待ってる連中が目に入る。おかしくなって笑ってしまった。だって強面連中が、保育園児みたいに「いただきます」を待ってるんだぞ。しかも先生役がこんな子供なのに。
「いただきます!」
しっかり声をかけてから口を付ける。数回醤油味を食べた後だと、ハーブ塩も悪くない。胡椒を足して味を調整しながら、パンを浸して口に運んだ。すごい勢いで食べ進める傭兵連中が、がたっと立ち上がってお代わりをよそう。それを見て他の連中が慌てて掻っ込む。
うん、窒息しなきゃいいか。
先に正規兵が出発したせいか、オレが食べ始めてすぐに捕虜に食事を運ぶ傭兵が出た。あまり離れる前に食事を纏めて済ませる気だろう。偉いし、オレの考え方が浸透してきた証拠なんだと思う。
のんびり食べ終えたら、片付けは準備に加わらなかった連中が担当してくれた。この辺の平等に仕事をする感じが、独特で好きだ。料理が出来ない奴は片付けをする。当たり前のようだけど、前世界じゃ『亭主関白』気取って何もしない父親を見てきたから、今になると母親の苦労が察せられて切ない。
「キヨ、鍋をしまったらすぐ出るぞ」
「わかった」
収納魔法の口を大きく開けて、まとめて投げ入れる。棚に並べる形で丁寧に仕舞わなくても、ひとつずつ取り出せるから、深く考えずに放った。
ちなみに一度洗わずに収納して取り出したら、汚れた鍋がそのまま出てきたので、オレが知ってるラノベとチートと現実の間には、深いマリアナ海溝があるようだ。
『主殿』
当然のように待っているヒジリに跨った。くじいた足はさほど腫れていないが、自分で歩かないから悪化してないだけだろう。また捕まって首根っこ掴まれるのも嫌なので、素直にヒジリにしがみ付いた。欠伸をひとつするが、その間に傭兵連中は歩き出す。
相変わらず「整列? 何それ、おいしいの」状態で好き勝手に分散している。警戒もしっかりしてるし、逸れたら自己責任で処理してもらうとして、一緒に歩いている捕虜に首を傾げた。
「ねえ、捕虜の管轄って傭兵なの?」
「いや。正規兵だな」
銃の手入れをしながら歩くジャックが答えてくれる。ノアはオレの乱れた髪を櫛で梳かしながらついてくる。ライフルを磨くライアン、サシャも半月刀やナイフの状態をチェックしている最中だった。みんな、器用だな。
ちょっと真似してみたくなってナイフを出したら、横からジャックに取られた。
「キヨ、手を切ったらどうするんだ」
「え……オレだけダメなの?」
なぜかサシャとライアンも頷く。見えないが髪を梳かすノアも頷いている気がした。オレはどれだけ不器用だと思われてるんだろう……orz
「話を戻すけど、なんで今回は捕虜がうちの管理なのさ」
「うちが捕まえたからだな」
「……ルールがよくわかんない」
ぼやいたオレに強面連中が笑い出した。ジャックの説明を整理すると、基本的に捕虜は回収部隊が居て、渡して終わりらしい。回収部隊が手いっぱいな状況で、捕らえた傭兵部隊の兵力が高いので国に戻るまでの管理を請け負った、と。
「わかったけど、いつ管理任されたの?」
「……聞いてなかったのか」
「誰も言わなかったじゃん」
指揮官のオレが知らない命令で管理任されても困るんだけど? 請け負ってないし、オレ。唇を尖らせて文句を言う子供に、周囲がざわついた後で状況の確認が始まった。その間も列は前に進み、森を出て平原になる。
ひざ丈くらいの草が風に揺れる風景は、麦畑や稲穂の光景に似ていた。実際は雑草の群れだけど、視界が開けたことで気持ちが軽くなる。深呼吸したオレの膝に、ブラウが飛び出してきた。太陽を浴びるチャンスとばかり、小さな猫サイズで膝で丸くなる。
膝の上の青猫をそっと抱き上げ、ぽいっと足元へ投げ捨てた。今まで涼しい影の中で楽してたくせに、調子よく日向ぼっこなど許すものか! オレは心が狭いんだ。ヒジリも唸ってたから丁度いい。
歩くヒジリがわざわざ後ろ足でブラウを蹴飛ばした。
『主ぃ、ひどい』
「酷くない。昼飯くれただけでも感謝しろ」
オレと青猫の言い争いに慣れた傭兵は「またか」と生温い目で流すが、斜め後ろにいた北の王太子以下捕虜の皆さんはドン引きだった。仮にも聖獣である青猫に対し、オレの態度があまりに酷いと思ったのだろう。
だが安心して欲しい。猫は自分を中心に世界を回す身勝手な生き物だ。この程度の塩対応でめげるメンタルは持ち合わせていなかった。
『主、膝の上で飼い猫したい』
「飼い猫? ヒジリで足りてる。だいたい食べる以外に役立ってないじゃん」
アニメの話題も思ったほど食いついてこなかったし。とくにロボットアニメ主人公のセリフは、もうお約束で義務だと思うわけだ。殴られた頬、せっかくのチャンスをスルーした時点で、オレの聖獣ランキング最下位だからな。
『ふふん、さすがは我が主殿よ』
得意げなヒジリは、聖獣ランキング最上位だ。なにしろイケメンすぎる。黒い毛並み、乗れる大きさ、土魔法の使い勝手の良さはもちろん、彼はオレをちゃんと立ててくれるからな。噛んだり齧ったりしないともっといいが、誰しも欠点のひとつやふたつあるもんだし、治してくれるから許す。
「もふもふ枠はヒジリで決まり」
がやがやしている間に街が見えてきた。かなり大きな門があり、ぐるりと街を囲む立派な塀が立っている。それこそ巨人による進撃を防げるくらいの、立派な壁だった。
「随分高い壁だな」
「北の国とのにらみ合いが長かったせいだろう」
「奥の森にすむ魔獣や魔物の侵入を防ぐ意味もある」
へぇ~。感心しながら城門へ近づくと、そこで停止を求められた。自分勝手に座って休憩を始める傭兵達を見る門番の目が気に入らない。
「キヨ殿か? あなたは街への入場許可が出る」
「……他の奴は?」
嫌な予感がした。そして、こういう予感は的中するためにある。蔑むような眼差しがジャック達に向けられるのに、オレには嫌に丁寧に接してきた。すごく感じが悪い。傭兵は孤児が多いと聞いたレイルの話を思い出した。
中世の頃のイメージに近い世界だから、きっと孤児は『邪魔者扱い』なんだろう。街を汚い恰好でうろついて、物乞いしたりスリ行為で金を稼いだり、中には身体を売る奴だっているかも知れない。街の治安を乱す存在だって認識は否定しないが、だったらきちんと保護すべきだ。
保護されれば教育を受けられる。衣食住が保証されれば盗みもしないし、小ぎれいな恰好してたら店にも入れて、アルバイト……仕事だって探せるはずだった。好きでやる奴は別だけど、食うために身体を売るなんて可哀想な子供がいるのは、買う汚い大人がいるからだ。
何も与えないくせに、孤児を見下す権利なんて誰にもない。『こいつらはいつもそうだ』ひねたレイルの声が聞こえる気がした。そうか、いつも街の中でこんな目にあってきたのか……。
いつもお読みいただき、ありがとうございます(o´-ω-)o)ペコッ
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