82.大人の事情で
『主は、幼気という言葉を一度調べた方がいいと思……ぶぎゅぅ』
失礼な青猫をヒジリが故意に踏みつぶしていく。さすがはオレの親友! 最初の従者だ。ぎゅっと首に抱き着いて「今度ご褒美あげる」と鞭なしの飴を与えようとしたところ、黒い聖獣様はのたまった。
『褒美!? 噛ませてくれ!』
「なんで噛みたがるのさ」
呆れ半分でヒジリの首を絞めてみるが、子供の力では非力で効果が薄いようだ。平然としたヒジリの期待に満ちた尻尾の振れに負けてしまう。許可を出すとさらに尻尾が大きく振られた。
「あとどのくらい?」
荒野で戦って、乾燥した地帯を歩かされたあげく、ようやく芝がある場所に来たと思ったら、今度は森の奥深くへ入っていく。最終目的地が中央の国の首都だとしても、途中経過がさっぱりわからなかった。
「キヨ、地図」
ノアに言われるまま、現在地確認機能付きの地図を引っ張りだす。広げた地図の端にある三角のマークを押すと、ちゃんと現在地が表示された。点滅する現在地のかなり先に首都があって、宮殿はさらに向こうだ。がっかりして項垂れる。
「まだ時間かかるね」
「もう少しだ。この街に転移魔方陣が常設されてるぞ」
レイルが指さしたのは、この森を抜けた際にある小さな街だった。地図で見ると小さな街だが、実際は意外と大きいかも知れない。首都の1/4くらいだろうか。
「転移魔方陣で首都まで行けるの?」
「ああ、普段から商隊や騎士団を往復させる用途で作られた魔方陣だ。おそらく使うだろう」
ちらりとレイルが捕虜の方を確認する。後ろを大人しくついてくる捕虜達には、北の国の王太子がいた。彼がいるから使わせてくれるという意味か。まさか正規兵や騎士だけ転移で、傭兵は歩いて来いとか言わないでくれよ。フラグとかいらないから。
「なるほど」
呟いた側から疑問がわく。あれ? 捕虜が居ても構わないのか? 敵に転移魔方陣の場所がばれるぞ。そう思ったが、仕組みを考えれば何も問題はないと気づいた。
オレが認識するこの世界の転移魔方陣は、必ず対になっている。同じ模様の魔方陣同士じゃないと転移できなくて、片方を壊すと反対側も使用不可能になると聞いた。しかも魔方陣の発動に必要な魔力は、利用する本人から得ているという省エネ仕様だ。
つまり相手が攻め込んでくる情報を得たら、首都側の魔方陣を壊してしまえばいい。転移の途中でも壊せば妨害できる可能性もあった。その場合、転移中だった人がどうなるのか怖いが。
まさか首突っ込んだ状態で、半分だけ人体が転送されてきたりしないだろ。異空間に取り込まれて消えてもホラーだけど、敵襲対策には十分だ。
「今日中に戻れるかな」
リアムに会いたい。地図で距離を見たときは感じなかった本音が、じわりと胸を温める。あの艶がある黒髪、柔らかな象牙の肌や蒼い瞳、すごい美人の皇帝陛下を思い浮かべた。秘密にしてて婚約者(仮)だけど帰ったらすぐ会いたい。自然と頬が緩んだオレに、ジャックが考え込んだ。
「もしかすると……明日の朝の転移じゃないか?」
「どうして?」
夕方には到着する距離なのに、その日のうちに転移しない理由がわからない。首をかしげるオレの頭に、ノアが手を置いた。
「まず受け入れる側の準備がひとつ、こちらの身なりを整えるのがひとつ、ついでに辺境の街を潤す目的がひとつだ」
こういった説明はレイルかノアが担当する。情報屋のレイルはわかるが、いろいろ詳しいノアの生い立ちが気になった。もしかしたら貴族家の子弟だったりして。跡取りじゃなければ外に出るだろうけど、それなら騎士になるはずか。傭兵になる理由がないな。
勝手に他人の過去を推測するのは失礼だと、考えを切り上げた。
「街を潤すって、要はお金を落とす意味?」
「ああ。これだけの兵力が一泊したら食事や宿で大きな金を使うからな」
確かに無駄な気もするけど、毎回転移で街を通過してお金を落とさなかったら、地方経済が回らなくなるだろう。前世界でも似たような事例があった。電車が特急だった頃は宿泊していた観光客が、新幹線になったら日帰りになった話。宿屋が何軒も立ち行かなくなったとか。
「受け入れと身なりは?」
「戦に出た騎士や兵士が戻れば、お見送りした皇帝陛下がお迎えに立つ。主君の前に立つ騎士や兵士が身なりを整えて小奇麗にしたいと思うらしいぞ。戦に行ったんだから汚れてて当たり前なのにな」
他人事みたいに言わないでよ、ジャック。傭兵稼業が長いと国を渡り歩くから、忠誠心もへったくれもないんだろうけど、本音をぶっちゃけすぎだ。
「宿って足りるの?」
「キヨって……」
「指揮官みたいなこと考えるんだな」
「賢そうに見えるぞ」
通り過ぎながら、ライアン、サシャ、レイルに揶揄われる。そしてまた何故か髪を乱されるのだ。今日は結んでいないので、さっきからぐしゃぐしゃだった。
「もう! 一応指揮官だぞ!!」
「あ、ほんとうだ」
今更気づいたと言わんばかりのジャックの発言に、ぷんと唇を尖らせた。苦笑いしたジークムンドがポケットから飴を取り出す。
「機嫌を直せ」
「子ども扱いすんなよ!」
文句を言いながら口を開けると、ジークムンドのごつい指が飴を放り込んだ。べっこう飴みたいなシンプルな飴だ。果汁とか一切なくて、なんだかジークらしいと頬が緩んだ。
「こうやって飴ひとつで笑うあたり、子供だよな」
「これで二つ名持ちだろ?」
「「「「ないない」」」」
口を揃えた仲良し傭兵集団にベロを出して抗議する。飴を口の中で転がしながら、影から出てきたコウコが腕に絡みついた。気づけば先ほど踏まれたブラウも、巨大猫化して後ろを歩いている。いや、コイツは大きいのが標準だったかも。
「宿は騎士、兵士、傭兵の順番だから……おれらは野営だな」
けろりと言い切ったジャック達は、まったく気にした様子がない。多くの兵がすべて入れないのは物理的にしょうがないとして、順番が決まってるのも……まあ、軍隊だから当然なんだろう。でも外に出されるのがいつも傭兵だとしたら、不公平さを感じないか?
「おれは自分の拠点に帰って寝る」
ぼそっとレイルが申告する。おかげで街に拠点があるのだと知った。5つの国すべてに拠点があるんだから、大きさはともかく支店みたいな場所は持ってると思う。店じゃないから、支部と呼ぶ方が正しいかもね。
「うーん、なんで傭兵の地位ってそんなに低いのさ。しかも皆が納得してるのが理解できない」
子供の外見と異世界人の経歴を生かして、素直に疑問を口にする。『聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥』よく親に聞かされた言葉だった。今になれば、大切な格言だと思う。
知らないまま知ったフリするのは簡単だが、そんなのカッコ悪い。
「キヨが何に憤ってるかわからん」
「難しいことばっか考えてるとハゲるぞ」
「子供だから、お前はシフェルのところに泊めてもらえばいいさ」
ライアン、ジャック、レイルの言葉に首を横に振った。そうじゃなくて、自分が泊まる場所の心配してるわけじゃない。ヒジリの毛皮を撫でながら、噛み砕いて疑問を再び声にした。
「オレが不思議なのは、功績に対して褒美が合わないこと。今回で一番危険な場所で戦って、間を開けずに連戦して、一番戦績をあげたのはうちの傭兵部隊じゃん。なのにオレらが外っておかしいだろ……って意味だよ」
目を見開いたジークムンドとジャックが顔を見合わせ、ノアは驚きすぎて足を止める。サシャに肩を叩かれて慌てて駆け戻ってきた。他の傭兵連中も何やらひそひそ話している。
「何? 文句は直接言えよ」
どうせ子供の我が侭みたいな話だろ。唇を尖らせながら抗議すれば、レイルが大声で笑い出した。釣られるように数人がにやりと笑う。強面って笑うと凄みがましてヤバイ。
「お前って、本当に規格外だ」
「異世界は平和な場所だったんだな」
傭兵達が口々に呟いた言葉は、羨ましさなんて微塵もなかった。ただ事実を淡々と口にする、無味乾燥の事実確認に聞こえる。
「キヨ、傭兵は居場所がない連中の集団だ。どこの国からもはみ出した奴らなんだよ」
ノアがぼそっと呟いた。その響きには自嘲すらなくて、世界の理を語るように冷たく響く。意味も分からず苦しくなって、胸元のシャツを握りしめた。
いつもお読みいただき、ありがとうございます(o´-ω-)o)ペコッ
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