80.不名誉な二つ名
しょんぼりしながら、照り焼きソースもどきを塗ったくった。ヒジリやコウコ、ブラウの分を取り分け終えると、鍋をひとつ回収する。収納魔法で蓋のない汁物を持ち運べるかわからないので、ジャックとジークに運んでもらった。
「悪いな~」
「キヨはもっと部下を使え」
「そうだ、自分で動き回る指揮官なんて滅多にいないぞ」
ジャックもジークムンドも好き勝手に言ってくれるが、日本民族は基本的に貧乏性というか、動き回るのが標準のブラック企業体質民族なんですよ。と通じないのを承知でぼやいてみる。案の定通じなくて、苦笑いしたジークムンドに、髪を手荒に撫でられた。
「おはよう、皆さん。ご飯の時間です!!」
先日を同じように鍋を手前において、自分たちで分けてもらう。王太子はまた部下へ先に渡そうとして、首を横に振られている。近くに座り込んだオレは、首を傾げた。
「なあ、王子様だっけ?」
「王太子だ」
「どっちでもいいや。えらい人が、なんで先に食べないの?」
「「「お前が言うな」」」
あれ? 1人増えた! 振り返るとレイルが苦笑いしながら料理を運んできた。ハンバーガーは皿じゃなくて、紙に包んである。見事にハンバーガーの再来だ。
某ハンバーガーショップに並んでそうだもん。悔しくなんてないぞ? そりゃ新しい料理を広めたら異世界の料理チートじゃん! と思ったなんて、欠片もないからな。誰だよ、オレより早くハンバーガー伝えた奴……拗ねながら、もらったハンバーガーを齧る。
「お前が先に食べないと、ノア達が食べられないってさ。情報屋を運搬係に使うなんぞ」
「……今の状況で最適な配役じゃん」
勝利後の行進で情報屋が役に立つことなんて、他にないだろ。もぐもぐ食べながら答える。容赦ない拳が上から頭に叩きつけられた。じわっと目じりに涙が滲むのは、叩かれた瞬間に舌を噛んだからだ。
「くそっ…、噛んだぁ」
飲み込んだあとぼやくと、機嫌を取るようにジャックがカップを差し出す。オレが作ったスポドリもどきが入っていた。やや温いそれに氷を作って放り込む。
「お前がボスなのか?」
「うん?」
驚かれた理由が分からなくて声を上げた王太子を見つめる。よく見ると色男だ。しっかり日に焼けた逞しい体躯、黒髪で灰色の瞳……あれ? 体育会系の鍛えた外見だな……今までよく見てないから、目の色が薄いのは気づかなかった。
「これがボスだ」
言い切ったジークムンドに気づいた北兵が「あいつ、剛腕のジークだぞ」と呟いた。どうやら立派な二つ名が他国にも知れ渡っているらしい。にやにやしながら見上げると、頭をグイっと敵側に戻された。なんだよ、照れてるのか?
「こんなんでもボスだ」
レイル、めちゃくちゃ失礼だからな。むっとして振り返ると、ひょいっと肩を竦める。隣のジャックに気づいた兵が声をあげた。
「あっちは雷神ジャックだ!」
「やだ、皆有名人だなぁ」
この場にいる3人が全部二つ名持ちだから、指揮官のオレがすごい奴だと思われちゃう。へらっと笑いながら余裕をかましたオレに「死神みたいだ」と失礼な発言が聞こえてきた。
どんな時でも飯は美味い。もぐもぐした口をハンカチで拭いて、ハンバーガーの外紙を燃やして捨てた。この世界は魔法が使えれば、燃やしてポイ捨て可能らしい。
見ると料理はいきわたっているようで、ほとんどの捕虜がカップに入れたスープを飲んでいた。
「今日はこのまま歩くんだけど、悪いがオレも道は知らない……何時間後に着くかわからない」
マラソンなんかもそうだが、終わりが見えていると頑張れる。だから本当は教えてやりたい。しかし地図を見ても距離を推し量れないオレに、初めての場所から帰るまでの時間はわからないのだ。本心から悪いと思いながら告げて立ち上がった。
「なあ、キヨ」
続きを促すように視線を向けたレイルが、考え込みながら耳の通信イヤーカフを弄っている。嫌な通信でも入ったのかと思えば違うらしい。
「そろそろ二つ名がつきそうだぞ」
あんまり厨二っぽくなければ、何でもいいです。というか、本音でマジ要らないです。
「聖獣使いとか?」
「「そのままだな」」
ジャックとジークに笑われて、ぷんと頬を膨らませた。大して離れていないテントの下に入ると、畳んだベッドや寝具が大量に積んである。無言で放り込んでいくと、途中からジャックやノアも手伝ってくれた。すべて放り込んだところで、通信が終わったレイルが近づいてくる。
『主殿、乗っていくか?』
なぜか足元の影からヒジリが飛び出してきた。意味不明の提案だが、楽なので頷いて……すぐに思い直す。オレが歩かないで乗っていくと、傭兵連中から見てどうよ。校内マラソンで足を挫いて教師の車で回収された子が、そのあと仲間外れにされた事件を思い出した。
これは村八分案件だ。危険は避けよう。せっかく仲間になった(んだよな?)連中に白い目で見られるのは嫌だった。
「いや、歩く」
『だったら、私に乗ってく?』
「なんで?」
どうして聖獣が2匹揃って背に乗せようとするのか。首をかしげたオレの横に追いついたレイルが、ぐいっと肩を掴んだ。覗き込んだあと、額に手を当てる。
「おまえ、熱があるぞ」
「いや、もうそのネタ飽きたから」
笑いながら両手を振って、ないないと示す。怠くもないし、暑くもない。いい加減、魔力酔いもないと否定して手を振り払った。すたすた歩くオレの横に、ジャックやシフェルも集まってくる。
「熱がありますね」
「間違いない」
なぜか言い切られてしまった。そのうえ、無理やりヒジリに乗せようとする。彼らの強引な態度にイライラした。むっとして何か言おうと息を吸い込んだところで、目の前がぐらりと揺れる。
「あ……地震?」
足元が揺れたんじゃなく、自分が揺れたのだと気づいたときは、ジャックに抱っこされていた。縦抱っこされた子供がじたばた暴れても、大柄な男は気にしない。誘拐犯みたいな顔してるくせに、慣れた手つきでぽんぽん背中を叩かれた。
「具合が悪いときは無理するな。戦闘中じゃないんだ」
それを言われると、そうなんだけど。確かに戦闘前だからって熱があるのに無理したことはあるが、コイツ意外と気にしてたのか? 唸りながら葛藤していると、げらげら笑うレイルに髪をぐしゃぐしゃにされた。
「いいから寝ておけ、戦が終われば指揮官なんざ用なしだろ」
乱れた髪を手櫛で整えながら頷いた。すると突然、ジークが声を張り上げる。
「よし! 準備したやつ持ってこい」
「「「おう」」」
駆け寄った連中が広げた毛布の上に転がされ、あっという間に簀巻き状態にされた。両手が外に出て自由なのが、まあ救いではあるが。そのまま簀巻きのオレをヒジリの上に括り付けられる。手際の良さに、抵抗する余裕はなかった。
「なあ、これって簀巻きじゃね?」
「「「簀巻きだぞ」」」
口を揃えて返す言葉じゃないだろ。一応ボスなんだし、簀巻きは酷いと思うわけだ。で、素直に抗議してみる。
「ボスなのに簀巻きか?」
「ボスだから簀巻きなんだよ」
解せぬ。世間のボスは、勝ち戦に簀巻きで帰還したりしない。こう馬にまたがって意気揚々と、行進するものだろう。気にした様子がないヒジリはすたすた歩きだし、ちょっと不安定だが落ちそうな感じはない。揺られていると、眠くなってきた。
「キヨ、お前の二つ名が登録されたぞ」
「……何?」
にやにや笑うレイルの顔に、嫌な予感だけが募る。絶対にまともな呼び名じゃない。確信するくらいには付き合いが出来てきた。つうか、二つ名って登録されるものなんだ?
「死神だとさ」
「はあ? 誰だ、そんな不名誉な名称で登録した奴っ!」
「「「さあ?」」」
『恰好いいではないか、主殿』
『ぷっ、くくっ。オレを見た者はみんな死んじまうぞぉ……って?』
誰が三つ編みロボット操縦者だ! ブラウ、顔を見せたら絶対に殴る。
簀巻きから出た手で、自由になるための結び目を必死に探した。
いつもお読みいただき、ありがとうございます(o´-ω-)o)ペコッ
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