08.遊びつかれた子供(1)
目の前にいた獲物を横取りした存在に、オレは目を細める。
ブロンズ色の髪は艶があり、本当に金属のようだった。首筋を覆う長さで切り揃えた髪が熱風に煽られて揺れるのを、青年は無造作に掻き上げる。
モデルじみた顔は、荒事に縁がなさそうだった。育ちの良さそうな坊ちゃん、そんな雰囲気が似合う。
モテる奴は気に入らない。
「お前が代わり、か?」
小首を傾げ、興味半分で足を踏み出す。
炎が揺れる緑の瞳は明るい色をしていた。雪のような肌、整った顔立ち、きっとモテるだろう。華奢な印象だが、しっかり鍛えられた筋肉が覆った身体が警戒する様子も見せず、こちらへ一歩近づく。
互いが歩み寄ったことで距離は一度に縮まり、手が届きそうだった。
「ええ、私も竜ですのでお相手しましょう」
竜だと聞いて、目を見開いた。かなりの希少種と聞いていたが、どこで見つけてきたのか。
ようやく対等な遊び相手がきた。
オレを不当に扱ったモノは消した。
だが傷つけられたこの身の代償はまだ足りない。そう、足りないのだ。あの程度の輩をバラしても、引き裂いても、まったく満たされなかった。
くつくつ喉を鳴らして笑い、無邪気に手を伸ばす。
「なら、来い」
相手が同族でも関係ない。この苛立ちに似た感情をぶつける対象が欲しいだけ。
格上でも構わない。叩き伏せるほどの力があるなら、示して欲しかった……それできっと納得できるから。
無造作にナイフを取り出す青年の手で、銀の刃が光る。銃ではなくナイフを向けたのは、オレを殺さずに捕らえる意図が見えた。
シフェルの身が沈む。一瞬で距離を詰めたシフェルの右手が差し出され、延長したようにナイフが繰り出された。
捻る動きの所為で軌道が読みづらい。咄嗟に下がろうとして、ぐっと足を踏みしめた。
下がる? あり得ない、このオレが。
以前なら廚二こじらせすぎ……と一笑に付す行為だが、なぜか本気でそう思った。僅かに残った己の一部が、彼の実力を自分より下だと囁く。
持ち上げた左手をナイフへ差し出した。刃が見える――無造作にナイフの刃を摘む。
たいした力を入れたわけではない。滑って指の間から手を突き刺すかも知れない。しかし恐怖は微塵も感じなかった。
奇妙な高揚感はまだ続いている。
「……っ、やはり私より上ですか」
彼の呟きがオレの予想を肯定した。笑みを絶やさないオレに、新緑の瞳が細められる。
次の瞬間、彼はナイフを離して腰の銃を抜き放った。シフェルの周囲を青い膜が覆うのを見る。どうやら魔力が可視化されているようだ。
「大人しく倒されてください」
年下へ丁重な口調で物騒な言葉を吐いた青年が、無造作に引き金を引いた。
咄嗟に刃を掴んでいた指でナイフを投げ、くるりと回転した柄を掴み直す。以前のオレには出来なかった芸当だが、今は出来ると理解できた。
確信がある。
そう……できると知っていたのだ。
最初に戦場で戦った際も、ジャック達にテントへ連れてこられた時も、己の運動神経の良さに助けられた。一種のチートなのか、身体能力が過去のオレから考えられないレベルまで引き上げられている。
銃弾が頬を掠める。彼の腕が悪いのではなく、殺す気がないため外された。
頬にちりちりと痛みが走るのを、右手の甲で無造作に拭う。足元の溶けた煉瓦を踏んでいても痛みはないのに、銃弾は僅かながら傷を負わせた。
物理的な力は撥ね退けても、魔力による攻撃は通過するらしい。
竜としての力関係や魔力量は、明らかにオレが格上だ。だが戦闘時の駆け引きや技量は負けていた。短期決戦しないと負ける……どこかで警鐘が鳴る。
手にしたナイフを見つめ、自分より明らかに大きな青年に視線を移した。
改めて弾を装填した青年の銃口は、オレの胸に向けられる。頬の傷に怯まなかったオレを捕らえる手段として、傷つけても動きを止める気だろう。
いい判断だ。
だが……これならどうする?
そこでナイフをわざと落とす。
怯える子供の仕草で顔を覆い、煉瓦だった熱い流れの上に膝をついた。力尽きて崩れた風を装い、涙を零す。
子供と女の涙は武器になる、だろ?
ぺたりと地面に座り込んだ子供に戦意がないと判断し、シフェルは銃をおろした。
――甘い。
座った真横のナイフを掴み取り、手首の返しで青年へ投げる。顔を覆った両手の間からしっかり定めていた標的だが、彼は本能的に首を傾げて避けた。
ただ、完全には無理で……整った顔に傷が刻まれる。
右頬を無残に切り裂いた傷から、かなり多くの血が流れ出た。
「銃口を下げるのが早すぎる、まだ降参って言ってないぜ?」
頬にまだ涙の跡を残しながら、にっこり笑ってみせる。
「卑怯だ」
「こら、キヨ! いい加減捕まれ」
ノアやジャックの叫びに振り返れば、ライアン、外出したサシャまで駆けつけていた。彼らが何か騒いでいる。眉を顰めたオレが口を開こうとした瞬間……『反動』が来た。
まさしく、反動と呼ぶしかない。
使った魔力が底をついたか、未熟な身体が無理やり引き出した戦闘能力に耐えかねたのか。力を解放した精神が限界を迎えた可能性もある。
何にしろ、指一本動かせなくなった。
激しい吐き気と頭痛、そして全身の倦怠感が一度に全身を支配する。ガンガン殴られる激痛が頭を襲い、咄嗟に右手で顳を押さえた。
倒れそうな身体を左手で支えても、持ち堪えられない。
ぐらり……身体が傾いだ。
掠れる意識の中……思ったのはふたつ。
この世界に来てから気絶ばっかり。
あと、遊んでた子供が電池切れて寝るみたいで格好悪い……という、なんとも言えない後味の悪さ。
そこで完全に意識は奪われた。