77.オレの冷奴様に謝れ!!
途中で休憩をはさむこと2回、ようやく国境付近の森までたどり着いた。捕虜はもちろん、兵や騎士もすっかりへたばっている。元気なのは傭兵達だった。
これは体力の問題もあるが、装備の違いが大きい。兵士や騎士は重い鎧だし、捕虜も正規兵だから基本は同じだ。その点、傭兵達は革鎧や胸当て程度の軽装だった。規律の厳しい正規兵が、国を守る戦いに赴く際に軽装なのもどうかと思うが……北の国が暑いと知ってるなら、もう少し考えればいいのに。
ようやく森のある国境付近までたどり着いたので、ここで野営の準備を始める。今夜はここで一泊、明日は愛しのリアムがいる中央の国に戻れるのだ。
「キヨ、今日の飯は?」
「またオレに作らせる気か!? お前らも作れよ」
ボスが食事係なんて普通におかしいだろ。この世界の軍隊じゃ、上官が飯作って食わせる文化でもあるのかよ。絶対におかしい。昼食の時のシフェルは上官なのに作ってなかったからな。
芝の上に陣取ったオレは、文句を言いながらも準備を始めた。早くしないと日が暮れる。つうか、もう半分暮れかけていた。最初はテントだ。
「テント組み立て、よろしく!」
テント3張を順番に引っ張ってもらう。ライアン、サシャ、ノアが来た。ノアは料理が出来るので、ジャックと交代してもらう。骨組みと天幕を出して、壁に使うシートも一緒に渡した。
「ノアは手伝って。あと料理得意な奴は手を洗う!」
「キヨも立派な指揮官だな」
ノアが感慨深そうに呟くのを聞きながら「あのさ、戦場で言われたいセリフだよね」と溜め息を吐く。指揮官が一番活躍してそれらしく振舞ってるのが、調理場って変じゃね? しかも周囲の集まってきた面々はノアの言葉に頷く始末。
「キヨ、ベッドも用意しちゃうぞ!」
「少し待って」
先に時間がかかる鍋ものの準備だ。取り出したテーブルに、包丁を持った連中が集まってきた。自前包丁持参で戦場参加って、傭兵には当たり前らしい。雑談の中で得た知識で納得しながら、テーブル横に食材を並べ始めた。
芋、人参色で蕪味の野菜、豚肉、鶏肉、玉ねぎ形の長ネギ、豆腐に似た何か、今度こそ人参、ピンクのキャベツを置いて考えこむ。明らかに前世界にあった食材は問題ない。蕪とネギもまあ……形や色は違うが食べ方はわかる。ピンクのキャベツも紫キャベツだと思えば、さしたる違いじゃなかった。
この豆腐に似た何かが問題なのだ。豆腐にすごく似ているし、匂いも同じっぽい。しかし味が……とにかく甘い。杏仁豆腐かと思ったら、それも違うらしい。デザートに使うのだと考えていたが、リアムとの食事では砂糖代わりにスープに使われていた。
「ノア、これって……」
「ん? 豆腐か。煮物にしたらどうだ」
やっぱりスープや煮物に使うんだ。ならば砂糖を控えて、味付けすればいいか。煮ると甘いのが外にでて、ただの豆腐に戻るんだよな~。あれ? もしかして煮てから冷やせば、冷奴が食べられるんじゃないか?
ごそごそと調味料が入った箱を収納口から取り出す。醤油が発見されたんだから、冷奴食いてぇ。せめてオレの分だけでも!
「野菜と肉は切るぞ」
包丁片手に作業が始まっていた。豆腐を一部自分用に取り分けて、残してくれるように言いつける。怪訝そうな顔をされたが「好物だ」と言えば、料理人たちは頷いた。
「キヨ、ベッド!!」
「今行く!」
ヒジリにかまどを作るようお願いして、鍋を足元に置く。そのままこの場を離れて、テントへ向かったオレの行動は間違っていなかった。少なくとも、この時点までは……。
大量のベッドを引き出して「非常識な収納力」と揶揄されながら戻った調理場テントで、オレは膝から崩れ落ちた。出しておいた豆腐がすべて煮てある。いや、煮るのはいい。どうせ煮て甘みを抜く予定だったから、そこは構わないんだが。
なぜ潰したぁああああ!!!
鍋の中にあった甘い豆腐もどきが、すべてすり潰されていた。確かに残してあるし、誰も食べてない。オレの分だけ別の鍋に入れてくれてあるさ。いっそ触るなと命令していけばよかったのか? リストを見るまでもなく、持ちこんだ最後の豆腐もどきなのに……。
「……どうした? キヨ」
戻ってくるなり膝をついて苦悩しているオレの様子に、ノアが調理場を代表して声をかける。ぽんと叩く手を払い、唸るように声を絞りだした。
「どうして……なぜ潰した?」
危険を察知したヒジリは影から覗いていた顔を引っ込め、腕から逃げたコウコも影に飛び込んだ。ブラウはそっと様子を見て「あちゃー」と顔をしかめて、見ないフリ。
いや、聖獣の反応なんてどうでもいい。
「潰した……豆腐か? 潰さないと食べられないだろう」
これが中央の国の常識らしいが、オレは常識なしだからな! どうせ常識ないからな!! 二度言うくらい傷ついてるんだぞ。どん、と地面を叩いて立ち上がった。
「オレは豆腐を残すように言ったのに」
「好物だというから、準備しておいたが」
ノアはまだオレの怒りの理由と方向に気づいていない。しかし欠伸しながら様子を窺っていたレイルは、ピンときたようだ。
「つまり、触るなって意味だったのか?」
こくんと頷いたオレの目がじわりと涙で滲む。前世界で好きだった冷奴を食べられると思ったのに。醤油があって、甘みを除けばそっくりの豆腐があって、玉ねぎ形のネギを切れば薬味もあった。完璧な冷奴が食べられるハズだった。
くそ、オレの期待を返せ! そして冷奴様になれるハズだった豆腐に謝れ!!
「泣くほど悔しいなら、絞って固めたら同じに……ならねえか」
苦笑いしながら呟いたレイルの手をがしっと掴み、潤んだ目で見上げる。そうだ、その手があった。おぼろ豆腐とか、そういう感じなら食べられるかもしれない!
まだ希望は残されていた。
「絞ってみる」
突然男の手を握って目を輝かせたオレの姿に、ジークムンドが顔をしかめながら忠告した。
「男がダメだとは言わねえが、赤魔だけはやめとけ」
「最初から対象外だよ」
しっかり言い返して、鍋一杯に潰されたお豆腐様の成れの果てを見つめる。ぎゅっと絞って甘い汁を絞った残りは、きっと豆腐のはず!
魔法はイメージ勝負だ! 大きな布をイメージした半透明の白っぽいシートを作る。その上で鍋をひっくり返し……甘い汁は近くの鍋に放り込んだ。半透明のシートを絞って開くと!
「……オカラだ」
なんだろう、力加減を誤ったのか? ぱっさぱさのオカラが大量に出来た。汁をかけてもオカラは豆腐になれない。前世界の知識を総動員しても、豆腐に戻れないだろう。
「失敗、した……オレの冷奴様がぁ」
再び膝をついて失敗を悔やむオレをよそに、傭兵達は手慣れた様子で料理を続けていた。ここ数回のオレの料理をそっくり真似て、無難に醤油味の鍋ものを作る。食材の横に置いたパンを浸み込ませて食べる連中がようやくオレに目を向けた。
「ボス、そんなにしょげるなよ」
「まだ鍋も残ってるからさ」
慰められながら椅子に座らされ、目の前に温かい鍋料理が置かれた。硬い黒パンだがスープに浸して食べれば、それなりにうまい。
嘆きすぎて赤い目元が痛いが、鼻をすすりながら具材を噛みしめ、ほんのり甘い味に豆腐を思い起こしてまた涙する。食べ終えたオレが振り返った先に、絞ったオカラが大量に鎮座していた。
「うっ……冷奴じゃ、ない」
「ボス、これ加工したら食えるか?」
「家畜の餌みたいだぞ、無理だろ」
決めつける傭兵連中の声を背に受けて、オカラの前に移動した。オレが知ってるオカラ料理は、出汁で煮たおばあちゃんの手料理くらいだ。作れなくはないだろうが、出汁がない。
オカラの処理という現実逃避にすがるオレは、近くに残っていた鶏肉を手に取った。どうやら焼き鳥にしようとしたが、オレが嘆いていて砂糖を出さなかったので、照り焼きは無理だったらしい。塩焼きにして多少は食べたが、まだ残されていた。
ネギを足して風味を出せば、なんとか……ナツメグはないが、シナモンはお茶の時に使ったから多分ある。スティックだが、要は粉砕すればいいわけで。八つ当たりの対象として最適だった。
そうだ、全部砕いたらすっきりするかもしれない! この悔しさをバネにせず、叩きつけてやる!! ぐっと拳を握ったオレが出した結論はひとつ。
「ハンバーグ、かな」
本当にチート料理ラノベになってきた。リアムのとこに戻ったら、ぜったいに冷奴を食べよう。固い決意をしながら、オレはオカラの加工に取り掛かった。
いつもお読みいただき、ありがとうございます(o´-ω-)o)ペコッ
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