76.熱中症対策で革命を起こせ!(1)
「もう疲れた~ぁ」
だらけた声を上げながら、ひたすら荒野を歩かされる。西の国殲滅作戦だっけ? あれから休みなく戦場を行き来させられてるんだが、いい加減オレだってキレるぞ。
今頃リアムは何してるんだろう。
『主殿、大丈夫か?』
「だめぇ……しぬぅ」
影の中から声をかける聖獣と会話する姿は、事情を知らない一部の騎士や兵士から見ると「おかしくなった」ように見えるらしい。ひそひそ何か言われてるが、反論も説明も暑くて面倒だからしない。きっちり騎士服の襟元を閉じたシフェルが眉をひそめた。
「指揮官でしょう。しっかりしなさい」
「指揮官だけど、子供だもん」
外見年齢を理由に文句をたれる。だって12歳を指揮官にして戦場へ放り込むなんて、どっかの国の少年兵じゃないか。テロリストだって休みあるだろうよ。オレが休みたい、疲れたとぼやくのも当たり前だった。
ちなみに現在歩いているのは、北の国から中央の国に帰る途中の街道である。転移魔方陣があるのに歩く理由がわからなくて尋ねたら「あれは非常手段です」と切り捨てられた。意味わからんぞ。今までさんざん使ってきたくせに、行きはよいよい帰りは怖い~って歌が脳裏でリフレインしてる。
かんかん照りの荒野は、木がない。見渡す限り砂漠一歩手前の風景が広がっていた。オレのイメージ分類だとアフリカなんだが、ここは北の国だ。幸いにしてサバンナとは違うらしく、獣に襲われる心配はなかった。裏を返せば、動物すらうろついてない地域だということか。
これだけ暑いならしかたない。風景も変わり映えしないから、歩いていても進んでいる感覚が薄い。足踏みしてても気づけなさそう。風は吹くが生温いので、真夏に暖房をつけた気分だった。
北の国は気候が極端で、半分は洪水に襲われてるのに、反対側は晴天で日照りになることもあるらしい。これは北の国出身のジークムンドの説明なので信ぴょう性が高かった。
こういうのって、日本の夏に似てる。九州に台風来て洪水騒ぎしてるのに、関東より上は日照りの極端な異常気象だ。まさか異世界に来てまで経験すると思わなかった。
「暑い」
「水でも飲めばいいでしょう」
呆れ半分で返すシフェルも、さすがに額や頬に汗が伝っていた。そうだよな、いくら涼しそうな顔してても暑いものは暑いんだよ。オレは間違ってない。
「ヒジリ、乗せてって」
『ブラウに頼んではどうか』
遠回しに断られた。そういやヒジリは暑いの嫌いみたいだから、仕方ないと溜め息をついてブラウを呼ぶ。
「ブラウ~」
『……本日の営業は終了しました』
「終了するんじゃねえ」
イラっとして即答してしまった。変な知識ばっかり異世界から仕入れやがって。こうなったら空を飛べばいいんじゃないか? 変温動物の蛇……じゃなかった、龍なら暑さも平気なはず! 首筋や腕を確かめてもコウコがいない。
「あれ? ヒジリ、コウコ知らない?」
『さきほど、水浴びにいったぞ』
なんて羨ましい。じゃなくて、どうしてオレを誘わなかった? 誘ってくれたら絶対に一緒に行くのに。行進するだけなら、シフェルかジャックに任せて……そこまで考えたところで、足元がぐらっとして足をひねった。
「いてっ!!」
段差を踏んだ時に「ぐきっ」と足が横に折れる感じ。すごく痛い。しかも捻った瞬間に転んだので、汗ばんだ肌に土がつくし最悪の状況だった。
「……キヨ?」
「痛い、暑い、もう無理、歩けない、つうか歩かない」
並べていた文句が途中から決意表明になる。斜め前を歩いていたシフェルが指示を出すと、いったん止まった騎士達は前進する。その向こう側の兵士と捕虜も足を止めることはない。しかしオレの後ろにいた傭兵達は、ちょうどいいと休憩を始めた。
「水作れるやつ~」
「はーい」
手を挙げて水を作ってやる。西の自治領に誘拐されたときは、魔法を使えることを失念してて苦労したのだ。取り出した鍋に満タンの水を作って、ついでに氷も浮かべてやった。
「みんな、ボスに礼を忘れるな!」
ジークの号令で、一斉に傭兵連中が頭を下げた。その中にふらついてる数人を見つけ、前世界の知識を絞り出す。たしか熱中症ってあっただろ。あれの対処方法は脇の下や首を氷で冷やす、水をぶっかける? いや、倒れてからは冷やしてたけど……違うな。
唸りながらテレビの映像を思い出す。ニュースのお姉さんが炎天下で笑顔を作って、必死にコメントしてる姿しか出てこなかった。これは使えない。
夏にしてたことといえば、まず昼夜問わずクーラーを切らない。冷たいアイスやお茶を飲む……水分補給液とかいう甘酸っぱい液体を飲む。あの補給液とやらの味はうっすいスポーツドリンクだった。でもしょっぱかった。つまり塩多めの砂糖少な目。個人的にグレフルより檸檬味が好き!
「もう少し待って」
「「「は?」」」
水を汲もうとした連中を一時停止させて、砂糖と塩を適当に放り込む。この辺はカン頼みだが、薄くしといたから後で調整すればいいだろ。なんか料理チート系ラノベみたくなってきた。
自分でおかしくなって、くすくす笑いながら鍋をかき混ぜる。ちょっと味見して、檸檬を輪切りにしてぶち込んだ。これも味見して……もう少しだけ塩を入れる。
「よし、飲め!!」
好きだった薬品会社のスポドリ系の味に、自分比でかなり近づけたと思う。しっかり氷も足したので、さらに飲みやすいはずだった。
「……ボスが壊れた」
「キヨ、大丈夫か?」
「暑かったんだな……」
「キヨが壊れたと陛下に報告するのは……ちょっと」
ジークムンドから始まり、ノア、ライアン、最後のシフェルに至るまで全員が失礼だぞ。まあ暑さでみんなが壊れかけてる時に、にやにや思い出し笑いしながら調味料入れた水を混ぜて振る舞うなんて――ほかの奴がやってたら、オレだって引く事案だけどな。
「飲んでみろって」
取り出したカップで掬って、隣のノアに渡す。渋い顔をしているが、諦めた様子で口をつけた。
「勇者だ」
「ありえねえ」
「いい加減失礼だからな、これで倒れにくくなるんだよ。水分補給に最適な……っ」
文句を並べる傭兵連中に、前世界の曖昧知識を披露するオレの腕を、ぐいっとノアが掴んだ。カップの中は飲み干されている。
「おかわり」
「ご……ご自由にどうぞ」
鍋を指させば、ノアは自分の収納から取り出した水筒の中身を捨てて、氷ごとカップで掬って入れ始めた。無言で行われる行動に、数人の勇者が手を伸ばす。カップを入れて掬い、そっと口をつけた。そして彼らもノアの行動に倣った。しかも無言で。
「中毒を引き起こす何かが入ってるのか?」
麻薬扱いしながら、レイルがほんの少し掬って飲む。もう一度掬ったが、今度はカップに満タンだった。勢いよく飲み干し、彼も無言で水筒を取り出した。
「だから、なんで無言になるんだよ」
ぶつぶつ文句言いながら、カップで掬った水分補給液をスープ皿に入れて影の前に置く。ひょいっと首を出したヒジリが飲み始めた。のっそりブラウが出てきて、めちゃくちゃ匂ってカッと目を見開く。
猫のフレーメン反応だっけ? この世界でもあるんだな~としゃがんで見ていると「主ぃ、僕の分がない」と青い尻尾が床を叩く。ヒジリがすでに飲み干した皿は空っぽだった。
「お前がのんびり匂ってるからだろ」
行動が遅いんだよな、猫だけに。
カップで掬おうと鍋を見ると、すでに水も氷もなかった。というより、立ち上がったオレの目に見えたのは鍋の裏側だ。つまり誰かが鍋を傾けて最後の1滴まで回収中という状況らしい。
「……キヨ、これは……」
傭兵達のあまりの食いつきっぷりに、文句を言ったシフェルも口をつけていた。オレの金属カップより品のいい陶器のカップなんぞ使いおって、これだからお貴族様は嫌だ。意味不明のやっかみを込めた「やれやれ」を内心で繰り広げてから、鍋のふちに手をかけた。
いつもお読みいただき、ありがとうございます(o´-ω-)o)ペコッ
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