75.バター醤油味は、世界を救う……かも?
串肉は醤油ダレで焼いたものと、付けタレの2種類を用意した。大量に鍋に沸かした湯に肉と野菜をぶっこみ、お吸い物もどきの醤油スープを作る。最後に残った野菜を炒めるついでに、柔らかく揉んだ兎肉もどきを足してバター醤油で味付けた。
これで本日の昼食お料理教室は終わりである。
隣ではすでにコウコとヒジリが食事をしていた。コウコのお気に入りは醤油スープで、身体が温まると喜ぶ姿に「やっぱり変温動物?」と疑惑が浮かぶが無言で通す。
ヒジリは串肉を串ごと齧って、ぼりぼり噛み砕いていた。その様子から、串肉は硬そうだと眉をひそめる。少なめに味見程度にしよう。
「シフェルも食べてくだろ?」
ようやく起きたブラウに、兎肉と野菜のバター醤油炒めを食べさせながら尋ねる。
「ええ。そうですね」
すでに食べ終えてそうな騎士団に目をやり、シフェルがテーブル前に移動した。お行儀よく、傭兵連中が食器片手に並んでいる。ここから料理を取り分けるのは、オカンであるノアの役目だった。彼の号令できっちり3列に並んだ傭兵は、ノア、ユハ、サシャから料理をもらう。
軍隊っていうより、小学校の給食だわな。この光景って、どこかのどかだもん。必死さがないというか、まあ不足しない量を用意してるからケンカもないし。小学校給食のカレーって人気があるのに量が少ないから、いつも「誰に多くよそったか」でトラブった記憶がある。
先にテーブルについたオレの周囲は、豪華メンバーだ。向かいにシフェル、左側にレイル、右側はジークムンドだ。レイルの周辺にジャックやライアンが座っているので、配り終えたノアやサシャもこっちだろう。ジークムンドを囲む形で、彼の班の連中が並ぶ。
美形と強面しかいないのが凄い。中間的な普通の人みたいな外見の奴って……強いて言えばユハか?
「いただきます」
挨拶をして両手を合わせるオレの仕草に、少し不思議そうな顔をするが指摘してこない。異世界人だと知れ渡っているので、異世界の文化だと思ったのだろう。
バター醤油炒めを食べると、少し酸っぱい。やっぱり兎肉を解した際の黒酢を、そのままぶちこんだ男料理がいけなかったか。次は黒酢を洗い流そうと思いながら、懐かしいバター醤油味に頬が緩んだ。バター醤油味のポテチやポップコーンが好きなんだよな~。
「……バターと醤油は意外な組み合わせですね」
シフェルが驚いたように呟く。どうやら中央の国にバター醤油味は存在しなかったらしい。
ああ、それで思い出した。
「そうそう、ジークってどこの出身?」
「……キヨ、傭兵に出身地を聞くのは」
失礼だとか無礼だとか、そんな指摘が続くのだろう。しかしシフェルのそんな注意を、ジークムンド本人があっさり遮った。
「おれか? 西の国の奥地だな」
けろりと気にした様子なく口にする。だからオレもそのまま話を続けた。ここで言い淀んだり、謝ったりするのはおかしいからな。
「そっか……西の国は黒酢、中央の国は胡椒やハーブね」
メモ帳にさらさらと日本語で記していく。奇妙な記号のように見えるらしく、シフェルが真剣に眺めたあとで首を横に振った。これなら恥ずかしい日記も日本語で記せば、誰にも読まれずに済みそうだ。
汗をかいた首筋に、冷たい感触が這う。びくりと身を竦めるが、頬に触れたコウコの舌に緊張を解いた。食べ終えたらしい。彼女が残したバター醤油炒めは、ヒジリが平らげているところだった。そうか、彼女はバターが嫌いと――ついでにメモしておく。
「シフェル、そんで醤油はどこから来たの?」
「うちの部隊に南の国出身の者がいます。彼の故郷で使われる調味料だそうですよ。以前から彼が料理を担当しているので、自然と部隊の者は醤油に馴染んでいますね」
「なるほど」
東の国じゃなくて南の国か。やっぱり地球にいた時の東西南北感覚は当てにならない。唸りながらメモを追加していると、ジークムンドに肩を叩かれた。
「勉強は後にして、食える時に食え。戦場で生き残るコツだぞ」
「腹が減っては戦が出来ぬ、ってやつか」
「「「「なにそれ」」」」
ハモられて、やっぱり前世界の諺が通用しない不便さに溜め息をついた。こういう通じないのが続くと、話す言葉に気を遣う……わけはない。オレにそんな繊細さを求めるな。これからも好き勝手に諺だろうが知識だろうが披露してやるぞ。
周囲に馴染むより、周囲を馴染ませる手法を選ぶ。
バター醤油は、2カ国の調味料を合わせて使う人間がいなかったから、誰も食べてない味なのだとしたら……オレが食べたい故郷の味を再現するために、5カ国を統合したら何でも手に入るじゃないか。もしかしたら各国に異世界人が降り立って、あれこれ伝授していったのかもしれない。
食べ物を追っていくと、聖獣使いのオレは世界統一できそうじゃん。つまりバター醤油から始まる世界平和?! どこのラノベのタイトルだ。
「醤油がどこから来たか知らないのに匂いで判断したのなら、キヨがいた世界は醤油があったんですね」
「ん? 醤油は毎日使ってたぞ。刺身ってわかる?」
「おれは知らねえな」
「どんなものだ?」
口々に疑問を向けられ、端的な表現でできるだけ誤翻訳がないように伝える。首筋に伝う汗をタオルで拭うと、なぜかコウコが腕に巻き付いてきた。……リアム、蛇が平気だといいなぁ。
「生の魚を捌いて、醤油つけてワサビ乗せて食べるの」
「「「「生で!?」」」」
「キヨって蛮族だったのか……」
失礼な誤解をされた。
やっぱりね。思った通りの反応だった。しかしレイルだけが空中を睨んでから「それは南の国の海辺にある料理かもな」と呟く。さすがは情報屋だ。自分が食べたことなくても、情報として記憶していたらしい。
「同じだといいな……オレ、海鮮丼好きだもん」
「ドンとは何だ?」
「今の流れだと、食事の形態や料理名みたいですね」
ジャックとシフェルの疑問へ、頷いて説明を始めた。
「さっきの刺身を、白米を炊いたご飯の上に乗せるんだよ。炊き立てのご飯食べたい」
「キヨがそこまで切望するなら、きっと美味しいんだろう」
期待の眼差しを向けるユハへ、にやりと笑ってみせる。生魚に抵抗がなければ、きっと美味しいだろう。でも初めて口にするなら、まず最初に「生臭い」と文句を言われるのは確定だ。お約束すぎて、いっそ食べさせて反応を見るドッキリを仕掛けたいぐらいだ。
「海の生魚が手に入ったら、食べさせてやるよ」
魚を捌いたことはないが、きっと兎もどきを捌くより抵抗ないと思う。そんなに血は出ないし、おいしい海鮮丼のためなら……いや、まて。南の国で刺身を食べる習慣があるなら、板前さんがいるんじゃないか? 未経験者のオレが捌くより、絶対に美味しく切ってくれる!
テレビで見たドラマだと、刺身はよく切れる専用の包丁で一息に切らないとダメらしい。修行を10年単位で頑張った職人だと味が違うとか……。
「専門の道具や職人が必要だけどな」
付け加えられた言葉に、傭兵たちは興味津々だった。あちこち仕事で国を渡り歩く彼らだが、きっと料理はしない。食べ歩きもしないんだろう。だから戦場食しか知らない傭兵は、キヨの大雑把な男料理でも感激してくれるのだ。
これが前世界でスイーツ女子だったら、今頃ケーキの生クリームやらチョコレートで無双してるんだろうか。オレには焼き菓子が手いっぱいだが、もし手に入るならリアムを喜ばせてやれる。
うっとり考え事をして両肘をテーブルについたオレの幸せそうな表情に、傭兵たちは盛大に誤解していた。曰く「カイセンドンとやらは、よほど美味しいのだろう」という、めちゃくちゃハードルを上げる系の誤解だ。
『主殿、スープが欲しい』
『僕はバター醤油』
「ヒジリは器もってついてきて。ブラウは仕事しなかったからダメ」
満足そうに腕に絡まったコウコは何も言わないので、もしかしたら寝てるのか。爬虫類は目を閉じないんだっけ? うろ覚えの知識で鍋の前に移動した。
最初の鍋は、強面達が底をさらうようにして食べている。隣の鍋はまだ残っていたので、そちらをヒジリの器によそった。ぶんぶん尻尾を振るヒジリが食べる横を、ブラウの青い身体がすり抜けていく。反射的に尻尾を掴んだら、小さくなった猫がいた。
「なんで小さくなったの?」
『僕は別に盗み食いとかしないから』
口の周りにバターをべったりつけて、お約束の自白をいただきました。
いつもお読みいただき、ありがとうございます(o´-ω-)o)ペコッ
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