74.柔らかいお肉様とお醤油万歳!
収納から取り出した包丁を手渡して捌いてもらう間、怖いので距離を置いてかまどの用意をする。もちろん土魔法が得意なヒジリの出番だ。
「ヒジリ、ここにかまど。鍋4つと網焼き用2つ分ね」
『以前から言っておるが、我より主殿がイメージした方が使い勝手が良かろうに』
前回使った鍋を見せながら頼むと、影の中から半分だけ身を乗り出して作ってくれた。そのまま今度は首だけ残して影に沈んでいる。理由は涼しいからだそうだ。見た目がグロいし、躓く危険性はあるが、色的に黒い影の中は涼しそうな感じがする。
「ヒジリ、オレも影に入れないかな? 涼しいんだろ」
羨ましいと呟けば、呆れ顔でヒジリが説明を始めた。
『これは契約した主殿の影だ。これは契約獣の特権であり、主殿は自分の影に入れない』
「ぐぅ……」
変な声が出た。そうか、自分が影には入れたとしても影を作る存在がいなくなるから、つまり二律背反みたいな状態で入れない……あれ? わからなくなってきた。
「キヨ、遊んでないでご飯!」
「っ! だからぁ、なんで指揮官のオレが飯炊き係なんだよ」
ライアンの声に「がうっ」と噛み付いて、鍋をかまどに並べる。水を作って溜める間に、大量の野菜と肉をテーブルに積んだ。醤油味の野菜炒め用に野菜と肉を用意するが、串焼きでもいい。砂糖まぜて甘塩っぱいタレを掛けた焼き鳥……じゃなかった焼き兎もどき!
「タレつけて食べるのと、つけて焼いたの。どっちがいい?」
「「「タレつける」」」
「「「「味付きで焼いた方」」」」
意見が分かれたが、微妙にタレをつけて焼いた方が希望者が多かった気がする。手を上げてもらって多数決をとってもいいけど、数えるのが嫌だ。面倒だから両方用意するか。
手伝いを買って出た連中が串に野菜と肉を交互に刺していく。手際がいいのは、昨夜も手伝わせたからだろう。ただ、耳が短い兎の肉は硬そうだ。
「この肉、硬いの?」
「串が刺さらない」
いつの間にか調理メンバーに加わったジャックが、お手上げだとぼやく。硬い肉なら煮てしまえ! 最悪出汁が出てれば十分役目を果たしてくれるだろう。
「ん? この肉は……酢で揉んでみろ」
覗きこんだレイルが助言した。絶対に料理を手伝わないくせに、食べるのだけはしっかり加わる。まあ、その分戦場で働いてくれればいい。
「酢か。ジーク! 黒酢くれ」
この世界にビニール袋はないが、透明の袋状結界を作って中に兎肉を入れる。上から黒酢を注いで、結界を外から手で揉んだ。鍋や皿の上でやるより揉みやすい。その程度の感覚で作った結界だが、周囲は「ああ……またアイツ非常識なことしてるぜ」という生温い目を向けてきた。
異世界の魔法はイメージだ! 知っている物を模して作る分には、イメージがしやすい。だが料理自体をしたことがなかったので、ビニール袋で揉む知識は料理好きテレビタレントから得ていた。衛生的にも手より袋の上から揉む方がいいと思う。
「キヨ、醤油です……え? 何を……して」
誰も手が空いている奴がいなかったのか。騎士団長で指揮官のシフェルが醤油の瓶を片手に戻ってきた。驚きすぎて言葉が飛んでるが、オレは気にせず手を差し出す。
どうせ「非常識」とか「規格外」って言われるのはわかってる。
「醤油、ありがと」
礼を言っても瓶が手に触れない。揉んでる途中だから早く渡して欲しい。そう思って顔を上げると、固まっていたシフェルが動き出した。ぎこちなく瓶を渡すと、近くにあった椅子を引き寄せて座ってしまう。
じっと見つめる先は、オレのビニール袋魔法だった。
受け取った醤油を机の上に置いて、さらに揉むと……突然肉の手ごたえが変わった。硬いグミが、突然スポンジになった感じだ。ぐにゃっと握った分だけ中に指がめり込む。
「げっ、本当に柔らかくなった」
「信じてないくせに実行したのかよ」
呆れたとレイルがぼやく。赤い短髪をくしゃりと握ったレイルを振り返り、正直に疑問をぶつけた。
「なんでこんな知識あるんだ。もしかして……めっちゃ料理好き?」
「その肉、食うものがなかった頃によく捕まえてた。おれの故郷に沢山いたからな」
珍しく過去の話をしてくれたレイルだが、シフェルは複雑そうな顔をした。そういえば、レイルって北の国出身だって言ってたな。だからこの辺で取れる動物? に詳しいんだろう。
「地元の人が知ってるツウな食べ方ってやつか」
食材の肉を並べていた大皿の上で結界を解除する。どさっと落ちた肉はとろとろだった。すでに串を刺した肉も、大皿の上に溜まった黒酢に塗しておく。揉むより時間がかかっても、美味しく柔らかく食べられるはずだ。
リストのメモを見ていると、バターを発見した。昨夜は暗い中で読んだから気付かなかったが、塩とハーブだけじゃなく、バターも収納していたようだ。バター醤油炒めとか……ご飯が欲しい。
「キヨ君、僕も手伝う」
ユハが近づいてきて、手際よく野菜を切っていく。まだ手首に縛られた痕が残ってるが、まあ治癒魔法を使うほどの傷でもなさそう。安心したが、ユハが使っているナイフを二度見した。
「それ……さっき、戦闘で使ってなかった?」
敵のおっさんにオレが突き刺したナイフじゃなかろうか。
「そうだが?」
それが何かと首をかしげるユハ。よくみれば、魔法を使わないで調理に加わった連中の手には、愛用のナイフや剣が握られていた。ご飯作る包丁代わりに、人殺しに使ったナイフを流用する神経がわからない。この世界では常識なのか? オレが繊細すぎるだけ?
「ああ……調理が終わったら返すね」
違う、問題点が次元レベルでズレてる。オレのナイフを使ってることじゃなくて……人殺しナイフで野菜を切ることが嫌なのに、え……もしかしてオレだけ? レイルもシフェルも気にしてないし、ノアも平然としてる。
顔を上げて見回すが、誰もユハを咎めなかった。唸ったオレに、周囲は顔を見合わせる。明るい日差しの中、似合わない重い溜め息を吐いた。
「他のナイフも回収しておいたから」
にっこり笑って続けるユハに悪気はない。だから叱っちゃダメだ。短くした白金の髪に、ジャックが手を乗せた。屈んで視線を合わせる黒い瞳に、情けなく笑い返す。
「どうした、キヨ」
「なんでもない……たぶん」
すでに野菜は切られちゃってるし、どの野菜が人殺しナイフで切られたか区別できない。一応洗ってから使ったと信じたいので、精神衛生上、もう聞かないことにした。
そうだ、オレは何も知らなかった。自己暗示をかけながら、野菜を4つの鍋に均等に放り込んでいく。柔らかくなった肉も一緒に入れて、机の上にある醤油を手に取った。
「オレの記憶だと、醤油は最後に入れないと香りが飛ぶ!」
味噌も同じ……あ、味噌炒めも食べたい。リアムの宮殿に戻ったら、絶対に塩と醤油以外の味がする食べ物を強請ろう。ごくりと喉を鳴らしながら、首をかしげた。
あれ? 前に宮殿内で醤油味は食べた記憶がない。
「シフェル」
まだ戻っていないはずの赤銅色の髪を探すと、しゃがみこんでブラウを撫で回していた。やつは猫好きか! まだ意識不明の聖獣は、背中より白っぽい腹を晒して転がる。野生の本能は微塵も感じられない。
「どうしてシフェルの部隊に、醤油があったんだ?」
中央の宮殿で食べたのは、ヨーロッパ風の料理ばかり。バターや酢はあったが、醤油や味噌などの和風調味料はなかった。醤油の匂いに反応して求めたが、騎士の誰かの私物だったんだろうか。
「……今頃、何を言っているんですか」
醤油を知っているから求めたんでしょう? そんな声にならない副音声つきのシフェルに凝視され、オレは「やらかしたか」と項垂れた。
いつもお読みいただき、ありがとうございます(o´-ω-)o)ペコッ
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