73.獲物の処理は任せるわ
肩をすくめて賛否をかわしたレイルが、腰のベルトに差していたナイフを引き抜いた。鞘から抜いた途端、ノアとジャックが前に立つ。オレとレイルの間を遮るつもりらしい。少し離れた場所に立つシフェルも剣に手をかけていた。
……ホント信用されてないな、レイル。
「結界あるからいいよ」
2人に下がるように伝えると、彼らはそれでも渋い顔をしていた。オレが自分を大事にしないと思ってるんだろう。背をぽんと叩いてどくように伝えると、呆れ顔で左右にずれた。
「賭けの分け前だ」
刃の状態を確かめたナイフを鞘に戻し、レイルが差し出した。武器を預ける傭兵の習慣とは違うが、彼が愛用の武器を手放すことは珍しい。驚きにざわめく傭兵達と目を見開いたシフェルの前で、オレは歩み寄って受けた。
「サンキュ」
飾りのない黒い柄が地味だが、握るとしっくりくる。かなり計算して作られたナイフなのだろう。抜いた刃の金属が銀ではなく、少し金色がかっていた。オレの髪色に似てる。
汗で湿った髪を掻き上げ、ふと気付く。結んでいた紐を解いて確認すると、髪の一部が切れていた。戦闘中だろうが、いつ切れたのか覚えがない。それより魔力を大量に使った記憶がないのに、肩甲骨の下を覆う位置まで伸びた髪が邪魔だった。
2本のナイフを敵に刺したままだが、手元のナイフは錯覚機能つきで使いづらい。収納口を開いて戦利品の錯覚機能つき歪んだナイフを放り込み、もらったばかりのレイルのナイフを抜いた。無造作に白金の髪を掴んで、白金の刃を当てる。
「あっ!」
「キヨ!」
注意する声と同時に、さくっと髪を切り落としていた。よく研がれた刃は当てるだけで髪を切っていく。彼らの声に振り返る動きで、首筋で切れた髪が地面に落ちた。
光を弾いて銀色に見える髪が風で散らばる前に、ヒジリが髪の毛を回収する。影を作った黒豹が地面に落ちた髪をすべて影の中に取り込んで、誇らしげに尻尾を揺らした。
「ヒジリ、何してるの?」
「いや、キヨがおかしい」
「そうだ、髪を切るなら手順を踏まないと」
「何かあったらどうするんだ」
「本当に非常識な人ですね」
畳み込むように叱られたオレの眉がひそめられる。シフェルまで一緒になってバカ呼ばわりされる非常識な行動が、どこにあった? やたら伸びるのに『髪切るな』はない。
「何がおかしいんだよ」
頬を膨らませて子供っぽいが抗議を態度と表情で示す。腰に当てた手はナイフを握ったままで、さすがに身内相手に刃を向ける気はないため、鞘に戻した。
お昼を過ぎたばかりの太陽がじりじり暑い。ばっさり切ったおかげで、温い風が首丈の髪を揺らした。結んでたときより、少し涼しい気がする。やっぱり短いほうが圧倒的に楽だ。
「魔力がこもった髪は、切った後の処理が重要なんだぞ」
「そうだ。魔力を解析して利用されたらどうする!」
うん? 魔力って解析できるの? 解析したらどうなるんだろう。パターンを解析して赤くなるあれか。いや、使徒とかじゃないんで……。うーん、この話題はブラウと分かち合いたかった。元世界のアニメネタはブラウしか共有できないのが悩ましい。
まあ、奴は今オレに絞め落とされて転がってるんだが。
「解析してどうするの」
首をかしげるオレに、レイルが腹を抱えて笑い出した。こいつの笑いのツボは本当にわからない。変な場面で笑い出すが、なぜか大半がオレ絡みなんだよな。本当に失礼な奴なんだが、役に立つし意外と親切なんで個人的に嫌いじゃない。
シフェルが溜め息をついて、ひらりと手を振った。
「あとで説明しますから、とりあえず食事にしましょうか。捕虜はそちらで管理してくださいね。食後に回収部隊を回しますから」
北の王太子とやらも、その他の捕虜も、ほとんどが傭兵部隊による捕獲らしい。確かに上空から見た戦況も、傭兵が戦力の中心だった。
一番危険な場所を担当した彼らは、オレの昨日の「ケガ人量産作戦」を忠実に実行したのだ。そのためケガ人とその介助人を大量捕獲し縛り上げていた。回収部隊が来るまで、捕らえた部隊が管理するのが通例だという。
抗議してシフェル達騎士に引き取ってもらいたいが、ジャック達が納得したんじゃ仕方ない。
「……確かに、捕虜がいる場所でする話じゃないか。よし、休憩用の天幕を張れ」
ジャックも同意したことで、傭兵達が一斉に動き出した。中央の国の騎士や兵は少し離れた場所で、すでに調理を始めている。漂ってきた匂いをくんくん嗅いで、戻ろうとするシフェルの腕を掴んだ。びっくりした顔の美形に、勢いよく頼む。
「醤油貸して!!」
「は……?」
「シフェルのとこの部隊から醤油の匂いがする! 後で返すから!」
お願いと両手を重ねて頼むと、苦笑いしたシフェルが「持ってこさせます」と約束を残して戻っていく。醤油という調味料をGETしたオレの機嫌は上昇した。
「やった! 今日のお昼は醤油味だ!!」
昨夜から塩味オンリーだった。悪くはないが、やはり味噌や醤油が欲しい。それに醤油があれば、ジークムンドの故郷の味『黒酢』だって活きるじゃないか! 黒酢炒めもどきを作ったが、あれはやはり醤油が足りなかったと思う。
かつてのオレは別にグルメじゃなかった。しかしこの世界の奴らより多少は味にうるさい方だ。たぶん……日本人だったからだろう。他民族だったら、塩だけで満足した可能性もあるけど。周囲に美味しいご飯が溢れていた日本人の繊細な舌を舐めるなよ! 味には煩いのだ。
「キヨ、踊ってないでテント!」
浮かれているオレの頭をぐしゃっと乱して、テントを出せとジャックが地面を指差した。宿泊時に使うテントの横幕をかけずに使うと、学校のイベント用テントみたいに使える。四方が開けた状態なので、戦場で警戒しながら使えるし、収納も簡単だった。
「おう、悪い」
急いで収納口を地面すれすれに設定し、テントの骨組みを取り出す。半分ほど出すと、後は手馴れたジャックとライアンが引っ張ってくれた。次に天幕を出せば、待っていたサシャが引き受ける。
収納口からもう1張分テントを出すと、組み立てを任せて大量の食器と大きな鍋を並べた。机はすでにノアが用意してくれている。ノアは猫属性で左から2番目だから、そんなに魔力量が多くないはずだが……彼の収納もかなり大きかった。
「キヨ、さっきはありがとう」
近づいたユハに頭を下げられ、擽ったい気持ちで頷く。オレが助けたというより、割って入っただけ。本当はもっと格好良く行きたかったが、ヒジリやレイルの言動で霞んでしまった。
「気にするなって」
以前ジャック達がしてくれたみたいに、ぽんと背を叩いて通り過ぎた。ユハの腕に残った縄の跡が痛そうだ。そういやオレの傷はヒジリが治した――拷問でという注釈つきだが――ため、軽い貧血くらいで済んでいる。礼を言おうと見回すが、ヒジリの姿がなかった。
「ヒジリ、どこ? 影の中?」
足元を覗き込むと、いきなり黒豹が湧いて出る。
『主殿、材料の肉だ』
まだ復活しないブラウをよそに、ヒジリは髪の毛収納後に影にもぐっていた。どうやら別の場所で狩りをしてきたらしい。兎らしき獣を5匹……いや、6匹持ち込んだ。
白に茶色のブチがある毛皮の兎? は耳がやや小さい。オレが知る兎の半分ほどしか耳がなく、だが猫や犬より明らかに長かった。耳を持って持ち上げると、やはり後ろ足が兎系だ。バネが強そうなモモ肉はおいしそうだが……。
「ヒジリ、オレ……肉を捌いたことないけど」
死体をどうしたら食肉にチェンジ出来るのか。収納して「肉」って認識したら皮を置いてきてくれないかな? 前に読んだラノベはそんな設定があったけど、試してみようと兎を収納する。肉だけを思い浮かべながら引き出したら、本当に肉が出た。
「わぉ!」
喜びかけてよく見たら、先日リアムから分けてもらった食料の方の肉だった。そうか……確かに肉だわな。肉を出せと命じたから、最初に加工済みの肉が出た。収納魔法は何も間違ってない。間違ってたのは、オレの頭のほうだ。
苦笑いして「兎の肉だけ」を念じて引っ張ると、今度は兎が毛皮ごと出た。うん、やっぱりラノベはラノベ。ここは異世界だけど、あのラノベと別世界だったわけで。そんな都合のいいスキルじゃなかった。
「ノア、これお願い」
困った時のオカン! ノアに兎の耳を掴んで見せると、すぐに近づいてきて頷いた。
「ああ、キヨは捌けないのか? 教えるから一緒に……」
「ゴメン、やだ。なんか怖い」
即答で首を横に振った。肉は食べるが、獲物の処理は得意な奴に丸投げしよう――指揮官特権で!
いつもお読みいただき、ありがとうございます(o´-ω-)o)ペコッ
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