72.聖獣いたら、オレは必要なくね?
少し先で縛られたユハが這う。そして向かい側のオレも立てずに地面にへばり付いていた。足の甲に刺さった、あの面白いナイフを一息に抜く。どばっと溢れ出た生温かい血の感覚に、くらっとした。
貧血になりそう。
『もったいない』
なにが? 尋ねたいが怖いから答えを聞きたくない質問を飲み込み、近づいた黒豹に抱き着いた。この上によじ登って移動しようと思ったオレと、治癒すればいいと考えたヒジリのすれ違いが起きる。
抱き着いたオレを転がして押し倒したヒジリが、靴を器用に脱がせた。靴下も脱がされ、傷口から溢れる血を舐められる。これが人相手ならぬるっとしたんだろうが、ヒジリは黒豹――猫科の猛獣だ。
猫を飼った人は想像できるはずだが、彼らの舌はざらざらしていた。骨から肉をこそぎとる為の、ざらざらは……オレの肉も遠慮なく削った。
「うぎゃああああ!! 痛っ、なに! 離せぇ!! こらっ、ヒジリ!!」
全力で抗ったが、抵抗むなしく血を丁寧に舐め取られた。真っ直ぐに刃が刺さった傷口を獣に咀嚼される痛みがわかるか?! やっとヒジリがどいた時には、痛みと叫びすぎで吐きそうだった。
眦に滲んだ涙をぐいっと拭ったオレの靴下を、ブラウが持ち逃げする。もう、踏んだり蹴ったりだった。取り返す気力もなく、傷跡が治癒した足の甲を見つめる。
「……ああっと、なんていうか……」
さすがにレイルもあの拷問による激痛が想像できたらしく、気の毒そうな顔で慰めようとして失敗した。ちなみに大騒ぎしてるが、目の前の敵は倒したが、ここはまだ敵地のど真ん中だ。縛られて転がる味方ユハも早く助けないと、殺されてしまうかも。
「あ、敵……っ」
レイルの後ろに忍び寄る敵を指差した直後、レイルが銃の引き金を引いた。倒れた男を、他の兵が回収して逃げていく。やっぱり殺すより傷つけるだけの方が効率がいい。
「お前の進言らしいな。殺さずに傷つければ戦線離脱人数が増える、だっけ……自称平和な世界から来た人間の発想じゃないぞ」
貶してるようで、実は褒めているんだろう。だってレイル自ら実践してるんだから、この作戦がいかに有効かを理解してるってコト。右足の靴下をブラウに奪われたので、仕方なく片方素足で靴を履いた。中が湿っていて気持ち悪い。
「あ、無理。気持ち悪いわ」
靴を脱いで捨てる。反対も脱いで、新しい靴下と靴に履き替えた。その間無防備になるオレの警護は、ヒジリがしっかり担当してくれる。安心して靴を交換できた。
「これでOKだ。残りもやっつけよう!」
立ち上がったオレは、周囲の光景に絶句した。コウコが「薙ぎ払った」結果……北の兵達はほぼ壊滅状態だ。焼け爛れた大地と、服や髪に火がついて慌てる人々、観念して武器を捨てて投降した奴など……。もう戦いそうな敵は見当たらなかった。
「……この現場で着替えかよ、くくっ」
そんな優雅でのんびりした事している場合じゃなかった。面白いと喉の奥を震わせて笑うレイルの向こうから、駆け寄る傭兵達が手を振る。反射的に振り返しながら、オレは乾いた平原で首をかしげた。
「聖獣いたら、オレは必要なくね?」
ユハの腕を縛るロープを、奪ったばかりのナイフで切る。間合いを狂わせる錯覚機能つきの刃は、やや歪んでいた。どうやら反射を利用した錯覚らしく、ロープを切るような単純作業だと使い勝手が悪い。
『主人がいなければ、あたくしは戦わないわよ』
『我もだ』
口を揃える聖獣達に、オレが返せた言葉はひとつ。
「うーん、オレはお前らの操縦桿か」
それなら必要かも知れん。かなり情けないが、巨大戦艦コウコと有能戦車ヒジリの司令塔として頑張ろう。血塗れ靴下を盗む変態猫は除外する。
『主、さりげなく僕をディスらなかった?』
勘のいい巨大青猫を手招きして、いそいそ近づいたところを拿捕する。テレビで観たプロレス技で首を絞める。人相手には危険だが、聖獣だから死にはしないだろう。ちなみに兄弟とプロレスごっこした事がないので、どこまで絞めると危険かわからん。
「靴下返せ!」
『無理!』
即答した青猫を絞めていると、集まった傭兵連中が口々に賭けを始めた。どちらが勝つか、胴元はいつのまにかレイルが務めている。
「7:3で聖獣か。キヨ、絶対に勝てよ」
にやりと笑って、レイルがオレに賭けた。気持ち的に負けてザマァしたいが、ブラウに負けるのも腹立たしい。じたばた暴れる猫を絞め落として立ち上がった。
「今度こそ帰れるんだよな?」
近づいてきたブロンズ髪色の青年に尋ねる。整った顔で頷くシフェルに、「よしっ」とガッツポーズが出た。
これで可愛くて綺麗な嫁候補のところに帰れる!!
踊り出しそうに喜ぶオレの姿に、ジャックが苦笑いした。ノアはお茶のカップを用意し始め、サシャがユハを助け起こしている。
愛用の銃片手にライアンが捕虜らしい男を引きずってきた。
「北の王太子だ」
「は?」
じろじろ人を見たり指差すのは失礼だ。知ってるけど、指差した挙句じろじろ見てしまった。王太子がなんで戦場にいるんだ? 普通は安全な場所でふんぞり返ってる立場だろう。
ノアがお茶を差し出すので、指差していた右手で受け取った。ぐいっと飲んだら麦茶である。冷たさが足りなくて温いが、一気に飲み干した。
「ありがとう、ノア」
「お代わりしておけ」
オカン機能全開のノアにもういっぱい渡され、見守る周囲の視線を浴びながら口をつける。戦場だった平原は異常な光景が広がっていた。絞め落とされた巨大青猫が転がり、その左側に大量の捕虜……右側は駆け寄る傭兵達がいて、後ろに賭けの精算をする不届き者がいる。
「レイル、賭けに勝ったんなら何かくれ」
「がめついな」
「お前に言われたくない」
お茶のお代わりをしている間に、オレの現実逃避が始まる。だって、目の前に北の国の次の王様がいるとかおかしいでしょ。こっちの世界は偉い人が前線に立つ習慣でもあるの? いや、リアムが国に残ってるからそれはない。
自答自問しながらお茶を飲んだ。
「よう、ボス! 頼んだ分の借りは返したぞ」
にやりと強面を歪めて笑うジークムンドのご機嫌な態度に、王太子を見つけて捕まえたのは彼だと知る。頼んだ分の借りってのは、コウコが運んだ若い傭兵のことだろう。
カップをノアに返して、すたすたと近づいてジークムンドを手招きした。屈辱だが、今の小さな身体で彼の耳元に届かないのだ。身を屈めたジークムンドに「あとで魔力なしの傭兵が今までどうしてたか教えてくれ」と告げた。驚いた顔でオレを見たあと「どうしてだ?」と聞き返された。
「決まってるだろ、今後の対策用だ。ジークの部下ならオレだって大切にするさ。何がダメで何が出来るか、確認しておかないと戦場でまた困るだろうが」
オレとジークムンドのひそひそ話の最後は、普通の音量で告げた。すると聞き耳を立てていたレイルが、口笛を吹いた。温い風が吹いて、しっとりかいた汗をなでる。
「なんだよ、レイル」
「いや……捕まえた王子様放置して、うちの王子様は好き勝手に生きてるなと思ったわけだ。しかも見捨てない選択肢は、非道な作戦を実行するお前らしくない」
言われる内容は至極ごもっともだった。
しかし言わせてもらえば、オレにとって大切なのは敵国の王子様とやらじゃなく、仲間なわけだ。その仲間が大切にしている部下なら、オレも大切にしてやりたいと思う。その過程で、王太子を後回しにしただけだった。非道な作戦と仲間の保護は別の話だろう。
「オレらしくない? そんなこと言えるほど親しくないだろ」
いつもお読みいただき、ありがとうございます(o´-ω-)o)ペコッ
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