71.味方救出のヒーロー気取った悪役
口角が持ち上がり、笑みに似た表情を作る。窮地のときほど笑みを浮かべて気付かせるな、そう教えたのはレイルだったか。シフェルも似たようなことを口にしていた。
「ねえ、オレの言葉が聞こえないの? 離せって言ったんだけど」
子供の言葉に従う理由はない。赤い頭巾の男がそんな意味の言葉を叫んだ。珍しく聞き覚えのない響きだったから、北の国の言葉なのだろう。自動翻訳のお陰で意味は把握できた。どうやら彼がこの場の指揮官で間違いなさそう。
「離す気がないなら、切り落とせばいいよね」
高揚する気持ちが胸をじわじわ侵食する。万能感が襲ってきて、何もかも世界すべてがオレのためにある気がした。何も怖いものなんてない、誰もがオレに従う義務がある。そんな強気で傲慢な考えが身体を駆け巡って、口元の笑みが深まった。
『主殿、襲って構わぬか?』
「オレの邪魔しなきゃね」
ヒジリの問いかけに、くすくす笑いながら答える。戦場に突然おりてきて、威嚇したあげくに笑い始めたオレは狂人じみていた。外から見れば狂っている状態でしかない。怯える顔をする連中は目を合わせるだけで、悲鳴をあげて腰を抜かす有様だ。
強い風が吹いて、ブラウが後ろに降りた。追いかけてきたのだろう。ブラウは螺旋状に巻いた風の刃を操り、器用に北の正規兵を減らしていく。空中で待機するコウコは、先ほどの失敗から命令待ちに徹するらしい。
「コウコは待機、ブラウは敵を減らせ」
現状維持を彼らに命じ、赤い頭巾の男の前に進み出た。後ろにつき従う黒豹が、金の瞳で見上げてくる。命令を待つ聖獣に「援護だ、ヒジリ」と声を掛けて走り出した。
小柄な体型と素早さを活かして男の懐に入り込み、下からナイフで突く。しかし身をそらしてかわした男は、銃を構えてオレの頭を狙った。真っ直ぐに銃口を見つめて、結界を張る。頭痛が始まるが、高揚感の前に霞んだ。
引き金の指が動いて、まるでスローモーションのように銃弾が見える。コマ送りの映像は、銃弾が弾かれた音で元に戻った。映画みたいだと笑いが漏れる。
銃弾で撃たれ、弾けるはずがない結界で防御し、従えた聖獣を操りながら笑う子供――さぞかし不気味だろう。客観的な視点を想像しながら、ナイフの柄を握り直した。
この距離なら、絶対にナイフだ。銃は足元のユハや別の傭兵に当たる可能性がある。仲間を救いに来てオウンゴールするつもりはなかった。
ひとつ息を吸って吐く。身を沈めて男へ飛び掛った。タックルする要領で太ももを狙い、右手のナイフを突きたてる。引いて右手に新たなナイフを呼び出した。左手の銃を収納空間に放って、代わりにやや長い剣を引っ張りだす。
誰かからの預り物だった気がするが、この際だから借りておく。オレが持つには大きな剣を一度地面に突き立てた。ナイフを横に構えて相手の出方を待つ。足のナイフを抜くか、そのまま反撃に転じるか。
「キヨ、やられたら嫁候補から借金取り立てるぞ」
笑いながら声を掛けてくる場違いなレイルに「邪魔」と吐き捨てる。赤い悪魔の名の由来は赤い髪じゃなく、返り血塗れの戦場での姿が原因じゃないのか。真っ赤に半身を染めたレイルは、愛用のナイフ片手に高みの見物だった。
これがジャック達だったら、助太刀に入るだろう。しかしレイルにそんな義理はない。戦っているオレに気付いて見に来ただけだった。面白いから……その程度の理由で戦場を走り回る男だ。
「出世払いだろ。この守銭奴が」
レイルへの文句を口にしながら、赤い頭巾男へ距離を詰めた。抜こうとして諦めた男の足に刺さったナイフに手を触れ、梃子のように自分の身体を上に跳ね上げる。ほぼ真っ直ぐ男の上に飛び上がったオレの左手が、身を捩る男の肩に触れた。
某国の雑技団さながらの曲芸を披露し、くるりと一回転して男の首に刃を当てた。そのまま背中側に滑り落ちるオレのナイフが、キンと甲高い音で折れる。
「……ちっ」
舌打ちして折れた予備ナイフを捨てた。落ちる勢いを利用して首を落とす予定だったが、さすがに男も無抵抗で殺されない。戦場でそれなりの修羅場を生き抜いた男は、反射的に持っていた銃で首を守っていた。銃の金具に引っかかったナイフに無理な力がかかって折れたのだ。
足がつくなり転がってからバク転して距離を稼ぐ。反対側に置いてきた剣の前で、ヒジリが威嚇の唸りをあげた。
「動くな」
ヒジリに待てを命じて、新しいナイフを用意する。これで3本目だ。残りは包丁入れて2本か。
『主人、攻撃してはダメなの?』
「オレから離れた場所ならよし」
『酷い命令ね』
文句を言いながらもコウコは少し離れた集団へ、炎のブレスを放つ。無造作に行われた大虐殺に、北の兵が動揺した。本来は北の国を守護する精霊である赤龍が、敵の言葉に従っているのだ。信仰や宗教の概念がないこの世界だからこそ、聖獣の存在は大きいはず。
『薙ぎ払え!』
「ブラウ、それはオレが言いたかった」
有名アニメの名言じゃないか! 横取りした青猫に文句を言いながら、ふと和んだ自分に苦笑いする。思ったより怒りに支配されていたらしい。
「レイル、ナイフ貸して」
「やだよ、前貸したやつを先に返せ」
軽口を叩いて肩をすくめる。その間にもレイルは襲い掛かった男を一人倒した。足元に崩れ落ちた男が噴出した血に顔をしかめてタオルで拭っている。それくらいなら顔や頭には被らないようによければいいのに。
「へたくそ」
思ったままに罵って、赤い頭巾の男が腰のベルトから抜いた短刀に目を細めた。サシャが持つ半月刀に似た形状だが、もっと全体に細くて華奢な感じがする。ゴツイ大男が好んで使う武器なら、特殊な効果があったりして。
男が走りながらナイフを振るうと、避けたはずの腕に細い傷が浮いた。ステップを踏んで左に避けたオレは首をかしげる。再び突き出されたナイフを後ろへ避けて、肩に浮いた細い切り傷を確かめた。
最初はギリギリ、2回目はもっと距離を開けた。それでも追いかける形で傷がつく。特殊な形状を利用して、相手の目に錯覚を起こすらしい。間合いを見誤るよう仕掛けがされていた。
「ふーん」
面白いナイフだ、欲しいな……これ。
「強がってもお前には避けられない」
2度の手傷を負わせて勝ちを確信した男が、ナイフを大きく振りかぶった。首から肩に掛けて切り裂くつもりだろうが、オレは避けずに前に出る。
「避ける必要ないじゃん」
強がるでもなく、呟いて乾いた唇をぺろりと舐める。身体に引き付けた3本目のナイフを、がら空きの男の胴体へ突き立てた。上から襲うナイフの刃を目で追いながら結界を張る。身体の表面を覆うレインコートのようなイメージだったので、刃がつるんと滑って落ちた。
「あっ……」
足元に落ちたナイフは男の手から地面へ向かい、予想外の結果をもたらした。レインコートをイメージしたオレが悪いのか。足の甲にぷすっと突き刺さった。
「うそっ!」
直後に倒れてくる男に押し倒される形で転がり、じたばたと助けを求める。
「ヒジリ、ブラウ……コウコでもいい。何とかしてぇ!!」
死んだ男は重く、子供の身体で抜け出すのは至難の業だった。有り余る魔力があるだろうと簡単に考える奴がいたら、横っ面を張り倒してやる。魔力があっても、この状況を打破できる魔法がなければ役に立たないのだ。
『主殿、生きておるか?』
ヒジリが器用に地面をでこぼこさせて、死体ごとオレを転がしてくれた。息を切らしながら身を起こし、ぺたんと座り込む。
「戦場で男に押し倒された挙句、騎乗位とは……お前、話題の宝庫だな」
げらげら笑いながら近づいたレイルを引っ張って、死体の上に放り投げた。倒れた勢いで、顔をぶつけたレイルが両手を地面について身を起こす。
「戦場で子供を襲う変態にキスを迫った挙句、壁ドンとは……レイルも変態さんだな」
そっくりパクって現状を突きつけてやる。互いに顔を見合わせて笑いながら、死体から離れた。
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