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07.本性あらわる(2)

 ダーン!!


 盛大な爆破音に、最初に反応したのはレイルだった。一番距離の近かった彼が走り出し、音の源へ向かう。これほど大きな音は敵襲でなければ、竜が原因としか考えられなかった。


 探している子供が原因だったなら、すぐに保護する必要がある。


 もちろん、押さえ込めるなら……という条件つきだが。



 砂利で均しただけの舗装路と呼べぬ道を走った先で、大きな建物が崩れていく。


 燃えない煉瓦造りの壁が下から崩れ、燃えて……いや、溶けていた。どれだけの高温に曝されたのか、黒いタールのような姿になりながら固体が液体に変わる。


 二階部分をそのままに、地に触れた先から溶けてどろりと大地を汚した。沈む様に似ているが、溶けた煉瓦は徐々に足元に迫って来る。



 焦げ臭さに顔を顰めたレイルの前に、子供は立っていた。


 むせ返るような灼熱の真ん中で、陽炎ごしに子供が嫣然と微笑み小首を傾げる。中性っぽい端正な顔立ちが、妖艶な美女のように見えた。


 なまじ整った顔の方が迫力がある。


「あんたも……オレを傷つけるか?」


 くすくす笑う無邪気な姿と、物騒な言葉。


 痣だらけの手足を見せ付けたまま、子供は誘いの手を伸ばした。この手を取ったら、間違いなく殺される。確信できるほど子供の目は狂気に満ちていた。



「……報酬外、じゃね?」


 レイルは首を横に振って眉を寄せる。ここまで狂ってる状態から戻すのは時間と手間がかかるだろう。対価が『板』20枚で見合うか、微妙なところだった。


 引き受けたことを後悔しても遅い。


 マグマのような高温で流れる土の上に、子供は素足で立つ。まるで痛みを感じていない様子から、魔力で己の身体を包んでいるのだろう。だが、目を凝らしても制御された魔力の欠片も見えなかった。


 高すぎる制御レベルに天を仰ぐ。


 『竜』と聞いているが、ここまで『純粋』な奴は初めて見た。



 この煉瓦を溶かす熱を生み出したのは、目の前の小柄な子供だ。


 使う術も魔力量も知らず、暴走させた結果だろう。炎を使うなら、これほど高熱である必要はなかった。


 血に濡れた彼の足元に転がる手枷と、元人間らしき残骸を見れば状況は推測できる。



 きっと『竜』を本気で怒らせ、殺された――。



「ねえ……」


 誘うように揺れる手に、レイルが苦笑いして一歩踏み出す。


 逆らえば殺される、だが従っても殺されるのだ。ジャック達が駆けつけるまで時間を稼ぐ必要があった。


 近づいた分だけ熱が肌を焼く。痛いほどの高熱を踏みしめ、子供は平然と笑う。


「おれはおまえを傷つけない」


 落ち着かせるために告げた言葉に、赤瞳の子供は笑みを深めた。


 特徴を聞いた時は白金の髪と濃紫の瞳だったが、竜の特徴のひとつで『狂うと赤い瞳になる』者がいる。もちろん全員が対象ではなく、確率は半分程度だ。しかし、この赤い瞳が厄介だった。



 『竜の赤い瞳』は高すぎる能力を開放した際に現れる印だ。


 基本的に属性は『犬、猫、兎、馬、魚、虫、鳥、熊、牙、竜』の順で表記されてきた。なぜならば、左から右に行くにつれ希少性が上がる。


 この順番が示すのは『魔力量』『気性の荒さ』『精神状態』『魔法への適正』『繁殖力の低さ』を示していた。すべては基本的に右へ行くほど強くなる。


 だが一番重視された並び順は『希少性』だ。



 竜が一番希少とされるのは、彼らの性質にあった。


 理性を手放したが最後、周囲を破壊し尽くすまで止まらない。殺し尽くし、満足するまで蹂躙し尽くしてやっと『戻る』のだ。


 火山や台風の天災に似て、勢いが収まるまで手が付けられないほど、凶暴になる。


 赤い瞳を持たない竜にその特性は現れないが、それが世間に浸透するまでの間に竜はほぼ殺されてしまった。他の属性を持つ者にしてみれば、竜はもっとも魔法に適して魔力量の多い『脅威』でしかなかったのだ。


 いくら竜が他の属性より強くとも、多数に囲まれて襲撃されれば敵わない。赤瞳を持たない竜は大人しい者達だが、知らない他の属性に虐殺されて極端に数を減らしていった。



 世界に排除された竜は、繁殖力が低い。


 他の属性との間にほぼ子供が出来ることはなく、純血が守られてきた種族だった。それ故に大量に狩られた竜の絶対数が急激に増えることはない。ようやく国々が動き出し、竜の絶滅を防ぐ対策は取られているが、今もっとも滅びに近い属性だった。


 異世界人であり血筋など関係ない『キヨヒト』――彼は現存するどの竜より原種に近い、純粋な力を宿していた。その鮮やかな赤瞳がすべてを物語る。




「さて……どうしたものか」


 唸るレイルへ、伸ばしたままの手が再び揺れる。誘う動きに、また一歩だけ距離を詰めた。


 これ以上近づくと危険だと本能が告げる。自分より格上だと報せる本能に従い、レイルはゆっくり目を伏せた。


「どうした?」


 笑う声は子供らしさのない、ひどく乾いた音だった。



 カフスに触れて繋いだ通信から、状況はジャック達に伝わっているだろう。あと少し持ち堪えれば、彼らが駆けつけてくれる。そこで、レイルの仕事は終わりだった。


 だから危険を承知で、この場に留まるのだ。



 あとすこし…。


 早く、早く来い!



「……っ、待たせた」


 飛び込んだジャックが息を切らせて座り込む。よほど急いできたのだろう、その額から汗が滴っていた。普段は涼しい顔で戦場を駆ける男らしからぬ、焦った様子は珍しい。


「赤瞳の竜、なるほど……ジャックさんが私を呼ぶわけですね」


 厭味なほど丁寧な口調で、子供を見つめる青年は笑みを浮かべた。目の前で煉瓦を溶かしながら狂う竜を前に、平然と歩き出す。


「レイルさん、お待たせしました。交代します」


「任せた!」




 珍しいブロンズ色の髪が熱風に揺れる。新緑の瞳をまっすぐに子供とあわせ、レイルの隣に並んだ。ほぼ同時に叫んだレイルが後ろへ退く。


 正直、熱も恐怖も限界だった。


「……シフェルか、よく見つかったな」


 一息ついて手を差し出せば、息を切らせていたジャックが水筒を渡す。汗に湿った髪が乾いていくのを感じながらジャックが髪を掻き上げた。


 飄々とした姿ばかり見せる『赤い悪魔』が、飲み干した水筒を放って地面に崩れるように座る。


「あとは、アイツに任せよう」

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