68.いざ次の戦場へ! 危険だから1人ずつだぞ
野営の片づけを率先して行うボスって、この世界では標準ですか? 収納物の大半がオレの収納空間行きなので仕方ないが、この戦場で一番働いてるのはオレだな。
大きなテント2張を片付けたところで、腰が痛くなる。立ち上がって腰を叩いていると、苦笑いしたノアが頭を撫でてくれた。子供扱いのような気もするが、個人的に嫌いじゃないので素直に撫でられる。
「キヨ、年寄りみたいだぞ」
「昨夜どれだけ頑張ったんだ?」
げらげら笑いながら、ジークムンドの部下が通り抜ける。傭兵連中なんてのは、下ネタやら下世話な噂が好きな奴ばかりだ。わかる、が……オレをターゲットにするなら反撃するぞ!
「あんた相手なら熟睡できたかもね」
一緒のテントの連中を貶さないよう、お前相手ならすぐに終わって寝れたぞと嫌味交じりに返す。顔面偏差値を無視して、最高の笑顔を振りまいてやった。
まさかの下ネタ合戦参加に、顔を真っ赤にした傭兵が走って逃げ出す。にっこり笑顔で応じてやったのに、失礼な野郎だと肩を竦めて振り返ると、数人が複雑そうな顔で前屈みだった。
まあ、あれだ。戦場に女はいないからな。アレコレ溜まってたんだろう。それをオレが刺激してしまった、と。大きなため息を吐いて、山積みのベッドへ向かう。
早く片付けて次の戦場に移動しないと、シフェルに殺されるから。東の平原だっけ――記憶を辿りながら近づいたベッドをひょいっと掴んで放った。半分ほど空間の口に入ったベッドをそのままに、次のベッドを引っ張る。
ぼんやりしながら作業をこなしていたら、足音を消して近づいたレイルが興味深そうに覗き込んでいた。背中をとられても戦場じゃないから問題ないが、やっぱりコイツを敵にするのは嫌だ。
ナイフ戦も師匠だから勝てる気がしないし、前世界の情報価値を知る立場で言わせてもらえば、レイルの情報屋は優秀すぎた。今のオレがいくら天狗になろうと、レイルに勝てるわけがない。
ある意味、自分より実力のある人間が側にいるってのは幸せなんだろう。驕り高ぶる前にプライドは叩き潰されるから。ひたすら上を目指して努力あるのみ、凡才なりにチートを活用して頑張るしかない。
「変わった収納だな」
「そう? 普通じゃん」
隣に寄ってきたライアンも不思議そうな顔をした。とりあえず、折りたたみベッドの取っ手を掴んで、ぽい! を繰り返す。
「キヨの収納は特殊仕様か?」
「いやいや、何の話だよ」
『主殿は自覚がないのだ。我が説明をしてやろう』
勝手に影から出たり入ったり自由な聖獣が、のそりと出てくる。見事なくらい黒い毛皮を波打たせ、ヒジリはひとつ伸びをした。
『主殿の収納空間に大きさの概念はない。何かのイメージだろうが、物体の一部が飲み込まれれば自動的に回収されるらしいぞ』
観察の結果だと得意げなヒジリに、オレは顔をしかめた。なんか秘密をバラされた気分なんですが? そもそも、こっちの収納魔法を教えてくれた時に「こう……大きな広い場所のイメージで」と漠然とした教え方されたのが原因だと思う。
「普通は全部押し込んで、初めて収納完了だぞ」
サシャが口を挟む。
「非常識や規格外は言われ慣れて、もう気にならなくなったし……いいんじゃないか、オレだけ普通じゃなくても」
他の奴の収納魔法に影響したわけじゃあるまい。切り捨てたオレの首根っこを猫のように掴んだレイルが、真剣な顔で言い聞かせた。
「あのな、お前みたいなガキが大きな力を振り回してるのを知られると、あちこちが動き出して面倒なんだ。誘拐ならまだしも、違いを探るために解剖されたり、奴隷みたいに洗脳されるのは嫌だろうが」
「絶対お断りの案件だね」
過去の異世界人で同じようなことをやらかして、解剖されたり洗脳された奴がいたんだろうか。そんな考えを読み取ったレイルが苦笑いしながら教えてくれた。ついでに首の手も離してくれる。
「異世界人に人権はないと考えられてた数十年前に、洗脳されて酷使された挙句、戦えないくらいボロボロになったら解剖された奴がいた」
「げっ……最悪」
話をしながら手を動かしていたので、ベッドはほとんど片付いた。洗い終えた鍋やら机やら、片っ端から収納口に放り込む。収納空間の口を自由な方角に向けられるため、小さなものを仕舞う際に上向きに口を開けてから落とすという方法が有効だった。
なお、同じ方法を試して成功したのは、ジークムンドただ一人だ。彼の収納口は魔法を覚えた頃から愛用のバッグの口と同調してある。従ってバックを上向きに置いたら、落とした物体が収納できたというオチだが。
「ところで、戦場予定地の東の草原だっけ? どこ」
「東の草原じゃなくて、東の平原だぞ。ここから歩いて2時間か」
「……歩く、の?」
早朝集合って言われてたよな? 命令書らしき書面の集合時間が早朝なら、もう着いてないとマズイ時間帯じゃん。戦に間に合わなくて叱られたのは家康の息子……余計な前世界の日本史が出てくるくらい焦った。
「魔法陣で移動するぞ」
「だよね」
良かったと胸を撫で下ろしながら、レイルが取り出した魔法陣を見る。なんか、ちっさくね? 今までだと部屋のラグぐらいの大きさがあったから6人くらい乗れたけど、今回のは薄いぺらぺらの布で2人が精一杯だ。
ガタイのいい奴だと単独で転送しないと無理そう。
「これ、単独用?」
予算ケチられたとか。もしかしたら、オレの異世界人専用予算終了のお知らせだったりして。眉を寄せて不審そうな顔をするオレを、周囲が疑問の眼差しで見つめる。
「キヨの捜索隊が使ってた絨毯は、急ぎで作らせたから予算度外視の大きさだったが、普段はこの大きさが標準だぞ」
ジャックが呆れ顔で教えてくれた。
「え? じゃあこれから順番に転送してたら、時間かかるけど」
「それが普通だ」
普通と標準って……そうか。この世界で戦争当日の朝まで優雅に自宅にいるのに、どうして戦が世界中に飛び火しないのかと思ってたけど、こういう理由があったんだ。
一度に大軍を送り込むには、大金をかけて大きな魔法陣を作らなきゃならない。しかも魔法陣は両側に必要だから、西の国を攻めた時みたいに反対側に手引きする人間がいないと難しいのだ。
「反対側は用意されてるんだよね?」
魔力通したら出口が設置されてなかった、なんて間抜けな事故は嫌だから確認する。げらげら笑い出したレイルが「大丈夫だ」と請け負った。彼らの説明によれば、作る際に2点セットが厳守らしい。あとから追加で作って入り口と出口が合わないトラブルが過去にあったとか。
やっぱり、あるよな。人が作るものだから。出入口が一致しないトラブルの際は、入った人はどこへ消えたんだろうか。聞きたいような、聞いたら後悔しそうな……うん、聞くのはやめておこう。怖くて転移魔法陣使えなくなりそうだ。
「時間がないぞ、ほら」
「わかった。最初にジャック達、つづいてジークの班、最後にオレとレイル」
てきぱきと指示するが、すぐにクレームが来た。
「おれはキヨの後がいい」
ノアのオカン発言だ。子供が成功したら後を追いたいらしい。しかし時間が本当にないのだから、先に安全確保して欲しいし、何よりシフェルに遅れて怒られるのが怖かった。
「命令だぞ。危険だから一人ずつ、早くしないとオレが遅刻する!」
情けない命令でジャックから転送、続いてサシャとライアンも送れば、諦めたらしくノアも魔法陣に乗った。彼らはこういった魔法陣の使い方も慣れているのか、一人いなくなるとすぐに乗って転移する。順調に見送っていたが、残り10人ほどでトラブルが起きた。
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