66.男に押し倒される趣味はない
※エブリスタ 2019年7月
「特集 最強無敵の主人公~どんな逆境もイージーモード!~」に選ばれ掲載されました。
「ん?」
シーツが少し硬い。贅沢を覚え始めたオレだが、さすがに空気を読む日本人なので口に出さない。ヒジリがベッドの脇にお座りして、じっとこちらを見つめた。その足元でブラウがコウコに締め上げられている。
何故にうちの聖獣は仲が悪いのか。
『主殿が体調を崩すのは、いつも聖獣と契約したり我らの力を使った後だ』
申し訳ないとしょんぼりするヒジリの髭が、濡れたみたいに下へ垂れている。ついでに尻尾もぺたんと床に落ち着いて動かなかった。本気で反省しているらしい。
一度横になったベッドの上で身じろぎすると、気付いたノアが起こしてくれた。戦場で使う折りたたみベッドは簡易タイプで、背もたれになる場所がない。結局ノアがベッドに座り、オレを抱っこする形で椅子になってくれた。
「ありがと、ノア」
「いや」
気にするなと微笑む彼は、本当にオカンすぎて……背中に感じる温もりが優しい。熱はオレのがあるんだろうけど、じんわりと伝わる体温は心地よかった。
「あのさ、聖獣と契約したのはオレの意思だし……原因だとしてもヒジリが気にする必要はないと思うんだ。それに魔力量が多くなったことで、あれこれ魔法が使えるわけじゃん」
『主殿、忘れているようだが……我も青猫も赤龍も、みなが勝手に主殿と強制契約しておる』
「………ああっと、確かにそうだったか」
ヒジリは四方八方から魔法陣で縛って気を失ったオレと契約したし、押しかけたブラウはアニメ繋がりで契約、コウコに至っては勝手に契約が終わってた。オレも拒否しなかったから、これはある意味合意だと思うわけだ。
「オレがいいって言ったら、それでいいだろ」
強引に話を切り上げようとするが、ヒジリの髭も尻尾も項垂れたままだ。ふと、塹壕堀り前の会話を思い出した。
「そういや、ヒジリ。お前……オレの手を噛みたいんじゃなかったか?」
『噛んでも良いのか!?』
こっちが引くぐらいの食いつきようだ。なぜ、そこまでして噛みたい? ブラウはやらないし、コウコもしないな。
「ちゃんと治せばいいぞ。そういやコウコやブラウはやらないよな~」
これが最悪のフラグだと気付くのは、僅か数秒後のことだった。近づいたコウコが金色の瞳を輝かせる。
『あたくしも噛みたい』
『あ、僕もお願いしま~す』
「………は?」
青猫ブラウと赤龍ならぬ赤蛇状態のコウコは、興奮の鼻息が感じられそうな距離で喜んでいる。どうしよう、聖獣って変態ばっかりなの?
「うぎゃ!」
『主殿は大げさだ』
ぶんぶんと黒い尻尾を振る豹は、齧った手をぺろぺろ舐めまわして治癒していく。大げさも何も、肉食獣に骨が折れるほど噛まれたら、すぐに治るとしても叫ぶぞ。きっとジャックやジークムンドみたいな強面でも叫ぶ!
引っ込めた手は濡れているが、もう傷はなかった。ほっとしたオレの足に激痛が走る。
「え? 痛っ、なに!」
右足にコウコの牙が刺さった穴があるし、左足はブラウが齧ったままぶら下がっていた。苛立ち紛れにブラウを蹴飛ばすと、くるっと回って華麗に着地した。くそ、猫の運動神経ズルイ!
両足とも血が出ているので、慌てたノアが絆創膏もどきを用意する。
「すぐに貼るからな」
『我が治癒するゆえ、不要だ』
絆創膏もどきを用意している間に、ヒジリが両足とも舐めて癒してくれた。セリフも含めて、ヒジリが一番男前だ。いや、女性言葉のコウコを男前に含めないのは当然だけれど。
「どうした?!」
「今の悲鳴はなんだ!!」
飛び込んできたジャック、ジークムンド。彼らは手に銃を握っている。臨戦態勢で飛びこむ彼らの後ろから、ライアンとサシャが「無事か」と叫びながら転がり込み、他の傭兵が後に続く。
心配はすごくありがたい。仲間に大切にされてると感じるし、愛されてるのは疑わない。ボスとして認められてもいるんだろう。
だが考えてみて欲しい。これだけの大人数がテントに押しかけたら……当然傾いて倒れるはずだ。そして予想に違わず、軋んだ音を立ててテントが横倒しになった。
「キヨ!」
「ボスはどうした?!」
騒いでいる傭兵達が天幕をどけたベッドの上で、オレはノアに押し倒されていた。両手をベッドに縫い付けられる形で、仰向けになったオレの上にノアがうつ伏せる。
「あ……その、処理中だと思わなくて……すまん」
申し訳なさそうなジークムンドに叫び返した。
「処理中じゃねぇっての! ノアがオレを庇ったんだ」
「そうだ。まあ、キヨくらい美人ならそのうち襲われそうだが」
ノアの余計な言葉に、傭兵達が口笛を吹いて冷やかす。怒りで真っ赤になったオレを抱き起こしたノアは、平然とまた膝の上にオレを乗せようとした。飛び降りて、足元で待機していた黒豹の背中にしがみつく。
「早くテント直して」
いらっとした口調のまま命令したオレの髪を、くしゃっと後ろからレイルが撫でる。さっきの騒動に混じらなかった情報屋はニヤニヤしながら、とんでもないセリフを吐いた。
「毎度あり、この情報は皇帝陛下に高く売れそうだ」
「ふーん……楽に死なせないけど後悔しないでね」
八つ当たりで睨みつけると、レイルが眉をひそめる。何かおかしなこと言ったか? まだ腹立たしいので睨み付けたままでいたオレの下で、ヒジリが長い尾を床に叩きつける。ぱしんと響いた音に、誰かが大きな息を吐いた。
「おれを脅して真剣みがあるのはお前くらいだぞ」
苦笑いして首を横に振ったレイルが出て行く。よくわからないので、ヒジリの上に乗ったまま顔を上げれば困惑顔のノアやジャックと目が合った。彼らはなぜか武器に手をかけているが、ぎこちない動きで手を離す。
「なに?」
「殺気を飛ばすな。反応しそうになった」
「さすがキヨだ」
褒められたのか? 殺気なんて飛ばした記憶はないが、どうやら殺気立っていたらしい。気付くと後ろで毛を逆立てた青猫が、取り繕うように毛づくろいをはじめる。コウコは丸くとぐろを巻いて攻撃態勢だった。ヒジリも尾を叩きつけてたし。
そんなやり取りをよそに、傭兵達は倒れた天幕を淡々と直す。上層部のケンカは我関せず、混じらなければ巻き込まれないと目を合わせようともしない。そういう意味では、野生の獣の群れに近い感覚が共有されていた。
「よし!」
ジークムンドは元通りになったテントを確かめて、新たに数本の引き綱を追加する。片手で揺らしてみて、納得したらしい。
「ボス、終わったぞ。ごゆっくり」
「意味深な言い方しないでくれる? このテントで10人は寝るんだから」
「……身体がもたないぞ?」
「もう! 睡眠の意味の寝るだから!!」
揶揄られているとわかっても、反論せずにいられない。なぜBL疑惑が抜けないのか。それもこれも聖獣が噛んだのが悪い! と睨みつけるが、彼らは揃って影に逃げ込んだ。
さすがにこれ以上は本気で怒ると踏んだジークムンドが「ゆっくり休め」と声をかけて出て行く。見極めが上手な上司に従って、このテントが割り当てられた傭兵以外は撤収した。
「キヨ、熱があるんだろう。さっさと寝ろ」
ライアンが手荒な仕草でオレを抱き上げて、ベッドの上に戻してくれた。渡された上掛けにくるんと包まって目を閉じる。ぽかぽかする感覚に意識を奪われ、あっという間に眠りが忍び寄った。
うとうとするオレの髪を結ぶ紐をライアンが解いた。結んだまま寝ると、朝に痛くなるとぼやいたことがある所為かも知れない。気が利くライアンに礼を言おうと思うのだが、すでに意識は眠りの中だった。手が出せない夢のような感じで周囲の声を感じ取る。
「こいつは頑張りすぎるからな」
「しっかり見張らないと」
「ああ、まさか赤い悪魔に脅しかけるなんざ……たいしたタマだ」
ジャックとノアの会話を聞きながら、戦場初の野営の夜は過ぎていった。
いつもお読みいただき、ありがとうございます(o´-ω-)o)ペコッ
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