65.捕虜にメシ抜きはないわ~
「お代わり自由だから、勝手に食べてね」
傭兵達が一斉に鍋に群がる。まあケンカしなけりゃいいよ、もう。生温い目で見守るオレは、ふと塹壕の縁から顔を覗かせる兵隊さんに気付いた。
あれ? そういや……回収部隊は来てないんだよな?
「あのさ。回収部隊っていつ来るの」
レイルを振り返ると、しっかり最後の一滴まで飲み干した情報屋はきょとんとした顔で答えた。
「言わなかったか? 夜中だ」
「……夜中」
繰り返して、もう一度北の兵隊を見る。戦場にしては豪華な温かい肉入りスープと柔らかい白パンを、目の前で貪り食べるオレらって、鬼畜じゃね? 当然奴らだって腹が減ってるだろう。捕虜の目の前で食事って……しかも何も与えてない。
「……指揮官というより、人としてどうかと思うんだけど」
北の兵隊さんを指差す。
「あいつらに何かメシ食わせるべきだよな?」
「「「なんで(だ)?!」」」
一斉に疑問が返ってきた。え、こういう場合って食べさせないのが普通なのか? 逆に驚いて目を瞠れば、笑い出したレイルが教えてくれた。
「捕虜は基本的に収容所へ送るが、戦場での扱いは取り決めがない。1日くらいメシ抜きでも平気だ」
「うーん……取り決めがないなら、食べさせてもいいよね?」
ほぼ1日メシ抜きは逃げてる時に経験してるが、意外と辛い。動かず寝ていたニートなら問題ないだろうが、全力で戦って身体を動かした後は腹が減る。これってどこの国の兵士でも傭兵でも共通だと思うわけだ。
取り決めがないなら、裏を返せば「食べさせちゃダメ」というルールも存在しない。ならば食事くらい与えてもいいじゃないか。
「キヨ、下手な情けをかけるな。奴らに食事を与えれば、逃げる気力や体力を与える結果になる」
淡々と説教するジャックの言い分は正しい。
「でもさ、オレが逆の立場なら暴れてでもメシを奪うぞ。睡眠と食事は生存本能だもん」
「……確かに一理ある」
渋い顔ながら納得してしまったノアが、大きくため息を吐いた。呆れてるのは、また常識がない異世界人だからだろう。それでも続けて提案するのは、自分が逆の立場になった時を思い出すからだ。
「個人的には、捕虜の扱いは統一した方がいいと思うな。相手を最低限、人扱いする必要がある」
「どうしてだ?」
興味深そうに食いついたのは、レイルだった。基本的にこういった議論めいたやり取りが好きらしい。特にオレが提案する、この世界の常識から外れた考え方が興味を引くのだろう。何だかんだと、いつもオレの話を聞いてくれる。叶えるかは別として。
「オレがいた世界だと『自分がされて嫌なことは(相手に)するな』って考え方があるわけ。戦って疲れてる状態で囚われてメシ抜きは、皆だって嫌だろ? だったらメシ食わせてやろうよ。この考えが戦場で統一されれば、自分が捕まったときもご飯もらえるじゃん」
甘いのだと、自覚はあった。所詮は戦争がない平和な国から来た人間の考えだ。命がけで生き抜いてきた彼らにとって、砂糖菓子のような幸せな頭をしてると思われるレベルかも。
じっと反応を待てば、苦笑いしたライアンが立ち上がって肩を叩く。サシャはオレの髪をくしゃりと乱してから、頭をなでた。どちらも無言で行うから、子供を宥める行為みたいだ。
「……子供扱いして」
ぷくっと頬を膨らませて不満を表明すると、ジャックが首を横に振った。
「違うな。逆だ。お前の考え方に納得した証拠だぞ」
「キヨがおれたちのボスだ。キヨが決めたなら従うさ」
ノアが格好いいセリフで締めくくる。
やだ、涙腺緩くなりそう……うちの傭兵さんは皆イケメンすぎるぞ。
「おいおい。そんなんでいいのかよ」
恐れられる二つ名持ちだろうと指摘するレイルだが、止めようとはしない。試すような言い方はレイルの特徴だが、お代わりを手に後ろで話を聞いていたジークムンドが事も無げに返した。
「構わんさ。2連戦してほぼ損傷なしで切り抜けたのはボスの手柄、もし捕虜に甘い態度をとって逃げられたとしてもボスの手落ち。どっちもボスが責任とるんだからな」
無責任な言い方だが、捕虜に食事を持っていくよう手配してくれる。ちょっと不満そうな顔をしながらも、従ってくれる傭兵に感謝だ。自分達のお代わりを確保した残りを、手際よく分配し始めた。
「毒殺する気か!?」
叫んだ捕虜の声に、肉入り白パンを咥えて近づいた。歩きながら食べちゃいけません、って習ったけど戦場だから大目に見て欲しい。騒いでいるのは降参の判断を下した男だった。
「食事を与える義務はないけど、与えるのは指揮官であるオレの自由。もらうのはそっちの自由なわけ。食べたくなければ、食べなければいいさ」
博愛精神に溢れた人間じゃないんだわ、オレ。そう突きつけて、パンの残りを放り込む。もぐもぐしながら眺めていると、北の兵隊の中でも若い連中は恐る恐る手を伸ばして、まだ湯気のたつスープを口にした。白パンが入った袋を手渡すと、塹壕の中できちんと分けている。
意外と礼儀正しい。さすがは正規兵の皆さんだ。一部の兵隊さんからは、お礼の言葉まで頂戴してしまった。焼肉は食べ終わってるので、スープとパンだけだ。
訓練してた頃は、テーブルマナーの先生の目を掻い潜って白パンを集めてたなんて……今となっては懐かしい話だった。
「……何もしゃべらんぞ」
懐柔策の一環と考えたのか、一番階級が高そうな男がまた噛み付いてきた。いらっとしたジャックが銃を抜きかけるが、彼の手をオレが掴む。
「いいんじゃない? 喋らせるのはオレの仕事じゃないもん」
言い放って、ひとつ欠伸をした。過保護なオカン……ノアが小さめの毛布を肩にかけて連れて行こうとする。食事後に眠くなる幼児じゃないんだからと思うが、やたら眠かった。
大柄な傭兵連中の中で余計小さく見えるオレを抱き上げて、ノアは背中をとんとん叩きながら歩く。完全子供扱い確定だった。でも気持ちいいから許す。
『主殿、魔力を使いすぎたのではないか』
ヒジリの指摘に、首に絡まっていたコウコが腕に下りてきた。
『微熱だけれど体温が高いわ』
コウコの指摘に、ヒジリが唸る。なにやら懸念材料でもあるのか、心当たりがあるのか。後ろを歩きながら大きく尻尾を振っていた黒豹は、ベッドに寝かされたオレに近づいてきた。
「あ、ベッド出さないと……」
残る寝具やベッドを収納魔法に取り込んだままだ。テントや調理関係の道具と食料品しか出していないのを思い出し、ベッドの上に座った。すこし視界が揺れる気がする。
「足元に出せ。引っ張ってやる」
ノアの声に従い、足元に敷かれた敷き物の上に折りたたみベッドの足を出す。ノアが引っ張っていくと、今度はジャックが待っていた。また足だけ出して引っ張ってもらう。
何これ、すごい楽。次からテントの取り出しも手伝ってもらおう。収納口からオレが最初に引っ張れば、後は他の人でも出せるなんて知らなかった。無知ゆえに毎回自分で出し入れしなくてはならないと、頑なに信じていた自分がバカみたいだ。
ライアンやサシャも手伝ってくれたので、シフェルに無理やり押し付けられた40台前後のベッドをすべて出し終えた。寝具も少し出せば、後は傭兵達が自ら受け取りに来てくれる。呆れ顔のレイルも最後は手伝ってくれた。
「にしても、驚く魔力量だ」
大量に収納して空間を維持するには、大量の魔力が必要らしい。シフェルの簡単な説明でわかったのはその程度で、どこからが非常識な収納量か知らない。沢山持ち歩けるのは便利だし、聖獣と契約すると魔力量が増える話があったから、きっと聖獣のおかげだろう。
「……終わりぃ」
ぱたんとベッドに倒れこむ。やっぱり怠い。ずっと倦怠感が抜けないから、動くのが面倒だった。ぐったりしているオレの様子を見ていたヒジリは、複雑そうに切り出した。
『主殿の体調不良は、我らの所為かも知れぬ』
いつもお読みいただき、ありがとうございます(o´-ω-)o)ペコッ
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